28.田中 有紀6
「ところで、その布はなに?」
張り詰めた空気に耐えきれず、私は勇気君が大事そうに抱え込んでいる白い布の塊を指差した。
「ああ、これは……」
勇気君が口を開きかけたその時、背後から無遠慮な笑い声が聞こえてきた。
振り返ると、派手なシャツを着た若い男の三人組が、何やら楽しそうにふざけ合いながらこちらへ歩いてくる。
彼らが私たちの前を通り過ぎようとした瞬間、男たちの一人がギョッとしたように目を丸くした。
三人とも不自然に押し黙り、気味の悪いものでも見るような視線をこちらに向けながら、そそくさと足早に通り過ぎていく。
どうしたのだろうと私が視線を戻すと、そこには異様な光景があった。
コンクリートの壁に張り付くようにして、長方形の白い布がべったりとへばりついていたのだ。
まるで、出来の悪い忍者の隠れ身の術だった。
「ふー、いったか」
男たちの足音が遠ざかると、白い布がバサリと下ろされ、中から汗だくの勇気君が顔を出した。
「……何してるの?」
「見ての通り、写真対策だよ」
勇気君は、大真面目な顔でシワだらけの布を広げて見せた。
「ほら、ここ見て」
差し出された布の四隅には、古いカバンの取っ手のようなものが、太い糸で乱雑に縫い付けられていた。
「ここを持って、こう」
勇気君が内側から取っ手を掴んでさっと布を持ち上げると、彼の姿が完全に布の後ろに隠れた。
「これなら、布を持ってる指が写真に写る心配もないだろ」
布の裏側から、少し得意げな声が響く。
「それ、意味あるの?」
呆れを通り越して、私は少し引いていた。
「街中で急にそんなことしたら、逆に面白がって写真撮られそうだけど」
「写真は増えてない」
布を下ろした勇気君の目は血走り、異常なほどの執念が宿っていた。
滑稽な姿とは裏腹に、彼がいかに死を恐れ、精神をすり減らしながら毎日を生きているかが痛いほど伝わってきて、胸が苦しくなった。
「それで、どんな連絡きたの?」
布を丁寧に丸め直しながら、勇気君が問いかけてくる。
「えっと、その子は写真が二枚。それから、友達と連絡が取れなくなったから、どうしたらいいかって」
「あと四枚か」
「友達の枚数はわからない?」
「うん、わからない。……ちょっと待って、なんであと四枚なの?」
私は首を傾げた。
「その子は二枚だって言ってたよ。写真は全部で八枚だから、あと六枚だよね?」
「うん。でもあの日、顔のない男の写真が出てきて、俺のスマホの写真は六枚から四枚になってたんだ」
勇気君の顔から、スッと表情が抜け落ちた。
「顔のない写真が二枚。自分の写真が二枚。あと二枚増えたら終わり」
じわりと、背筋に冷たい汗が滲んだ。
「なんで、そんなことに?」
「さすがにそれは分かんない。それに……いや」
勇気君は何かを言いかけて、言葉を飲み込んだ。
「それで、その人達の名前は?」
「名前は聞きそびれちゃって。電話番号ならわかるよ」
「その番号教えて」
「さすがに、勝手に教えるのは……」
「有紀ちゃん、そんな場合じゃないんだけど」
焦燥感に駆られた強い口調で遮られ、私はハッと息を呑んだ。
「まあ……そうだよね」
命がかかっているのだ。
私はスマホを開き、着信履歴に残っていたあの電話番号を彼に見せた。
勇気君はすぐに自分の携帯を取り出し、勢いよく番号を打ち込んで発信ボタンを押した。
「でも、かけても出ないと思うよ」
勇気君が、なんで? という顔で私を見る。
「知らない番号からかかってきても、普通は出ないでしょ」
「いや、でるけど」
「普通は出ないの」
耳に携帯を当てたまま、勇気君はしばらくジリジリと待ち続けていたが、やがて舌打ちをして画面を下ろした。
「……そういうもんか。じゃ、有紀ちゃんがかけてよ」
「うん……わかった」
私は自分のスマホから発信したが、やはり何度コールが鳴っても彼女が出ることはなかった。
親友が死んだ悲しみで塞ぎ込んでいるのか、それとも彼女の身にも何かが起きているのか。
「それなら、メッセージでも送っておいてもらえないかな。俺の番号からの電話に出るように」
「うん、いいけど」
私は画面を操作しながら、彼をジロリと睨みつけた。
「私の着信拒否は、外しててね」
「う……わかった」
勇気君はバツの悪そうな顔をして、携帯の画面から目を逸らした。




