25.北島 玲奈8
母の胸に顔を埋めて、どれくらい泣き続けただろうか。
すっかり涙が枯れ果てると、今度は腹の底から黒くドロドロとした強い怒りが湧き上がってきた。
なんで、碧が死なないといけないの。
呪いって。
ふざけるな。
あんなに元気で、負けず嫌いで、明日も一緒にグラウンドを走るはずだったのに。
私は荒い息を吐きながら自室に戻り、ベッドの上のスマホを乱暴に掴み取った。
昨日送られてきたメールを開き、記載されていた電話番号を強くタップする。
コール音が数回鳴り、ガチャリと電話が繋がった。
『……もしもし』
スピーカーの向こうから聞こえてきたのは、少し警戒するような、探るような若い女性の声だった。
「田中有紀さんですか?」
自分の声が、怒りで低く震えているのがわかる。
「何なんですか! 呪いって……なんで、碧が死なないといけないの!」
『え、ちょっと待って。あなたは? メールを送ってくれた人?』
「そうです。どういうことか説明してください。親友が……死んだんです」
電話の向こうで、微かに息を呑む気配がした。
『そう、亡くなっていたの。残念ね』
「残念ですむ問題じゃない!」
声が裏返り、枯れたはずの涙が再び頬を伝って落ちた。
怒りと悲しみで、自分の感情がぐちゃぐちゃに混ざり合っている。
『わかるよ』
「わかるわけないっ!」
私はスマホを強く握りしめ、相手の言葉を怒鳴り声で遮った。
『私も、親友が死んでるの』
静かな、けれどひどく重たいその言葉に、私の喉の奥で次の言葉が完全に詰まった。
『橘梨花って言う、私の親友』
有紀と名乗る女性の声は、淡々としているようで、深い痛みを孕んでいた。
『本当に悲しかった。苦しかった。今でもね』
『でも、それ以上に……怖かった』
有紀はそこで言葉を区切り、しばらくの間、重苦しい沈黙が流れた。
『まず教えて。あなたの写真は今、何枚なの? 今、確認してみて』
促されるまま、私はスマホを耳に当てた状態で画面を操作し、写真のフォルダを開いた。
全身の産毛が逆立った。
いつの間にか、写真が二枚に増えている。
一枚目は、顔のない写真。
そして新しい二枚目の写真は、炎の中で赤黒く燃やされている顔のない人の姿だった。
火事。
碧の死因が、写真に重なって見えた。
「……二枚、あります」
かすれた声で答える。
『二枚ね。それなら、あと六枚』
「碧は、六枚で死ぬって言ってましたけど……」
『六枚? いいえ、八枚のはずよ』
八枚。
碧の言っていたことと違う。
『それよりも、あなたはこれから外に出ないほうがいいわ』
「そんなの、生活できないじゃないですか」
『私もそうだったの。ずっと部屋に閉じこもっていた』
有紀の声には、暗く狭い部屋で恐怖に震え続けた者の実感がこもっていた。
「なんで、今は大丈夫なんですか?」
『ある人が……勇気君って人なんだけ
ど。その人が助けてくれたの』
勇気。
その名前に、心の奥底で何かが引っかかった。
どこかで聞いたことがあるような、ないような。
しかし、混乱した頭では記憶の糸を手繰り寄せることはできなかった。
「じゃあ、その人にお願いできないですか?」
『連絡できなくなったの。もう関わらないでくれって。彼は今も、呪いを解決するために動いているはずだから』
「じゃあ、どうすればいいんですか……」
膝から崩れ落ちるように、私はベッドの端に座り込んだ。
「碧は、死んでしまったんです。碧は……碧は」
『しばらく、家から出ないでいて。私もできることをやってみるから』
「……わかりました」
『大丈夫? いつでも電話をしてくれていいからね。いい?』
「はい」
通話が切れ、画面が暗くなる。
部屋の中は、エアコンの微かな駆動音が鳴っているだけで、ひどく静かだ。
つい先日まで、この部屋で碧と一緒に笑い合っていたことが嘘のように思える。
碧が死んだ事実が、どうしても現実として信じられなくて。
ただただ、悲しかった。




