24.北島 玲奈7
「ただの携帯の故障かもしれないだろう」
取り乱して泣きそうになる私を、父が宥めるように言った。
「少し落ち着きなさい」
確かに、ただ故障して電源が落ちているだけという可能性もある。
でも、あのメッセージはどう説明すればいいの。
遺言のような二行の言葉が、私の頭の中に黒い染みのように広がって離れない。
様子がおかしい私を見て、父は仕方がないとため息をつき、少し予定を早めて自宅へ帰ることになった。
急いで荷物をまとめて、車に乗り込む。
帰りの車中、私は後部座席で何度も碧の番号に発信し続けた。
繋がらない。
何度かけても、無機質なアナウンスが繰り返されるだけだ。
「そんな険しい顔して。心配しすぎても良いことはないわよ」
助手席から振り返った母が、励ますように言った。
そのいつもより不自然なほど明るい声が、ひどく腹立たしく感じられた。
何にもわかっていないくせに。
夜になり、自室で明日の部活の準備をしていると、不意にベッドに放り投げていたスマホが震えた。
ハッとして飛びつき、画面を確認する。
違った。
碧からの返信ではない。
昼間、あのサイトの管理者に宛てて送ったメールへの返事だった。
『辛いと思うけど、まず落ち着いてください』
画面に並ぶ文字を、すがるように目で追う。
『大切なのは事実確認と写真に撮られないことです』
『あなたの状況が分からないので言えることは少ないですが、家から出ないことを強くお勧めします』
これはパソコンからのメールだからと、最後に携帯のメールアドレスと電話番号が記載されていた。
田中有紀。
それが、メールの送り主の名前だった。
返信してくれても、今の私には何の役にも立たないアドバイスだった。
明日、部活に行けばいつもの笑顔でグラウンドにいるかもしれない。
寝坊しちゃってさ、なんて笑いながら走ってくるかもしれない。
そんなわずかな希望にすがりつくようにして、私は早々とベッドに潜り込んだ。
しかし、目を閉じても碧の顔ばかりが浮かんで、結局朝までろくに寝付けなかった。
翌朝。
少し眠たい目をこすりながらグラウンドに出ると、すでに息苦しいほどの熱気が立ち込めていた。
ウォームアップや基礎練習が終わっても、監督が来ない。
来ない時は前もって知らされるし、普段から遅刻をするような人ではないので珍しいことだった。
部員たちが顔を見合わせ、ざわざわとし始めた頃。
校舎の方から、監督が重い足取りで歩いてくるのが見えた。
すぐに集合がかかり、私たちはグラウンドの中央に集まる。
空気が、不自然なほどに張り詰めていた。
「先ほど、連絡があり……石川碧が亡くなったと」
ドクンと、心臓が大きく跳ねた。
「今日は練習は、休みとする。明日以降も無理に来なくていい」
「葬儀は内々に済ませるので、参列は控えてほしいとのことだ。今日は帰りなさい」
監督の太い声は、微かに震えていた。
セミの鳴き声だけが、無遠慮にグラウンドに響き渡っている。
頭の芯が真っ白になった。
私は列を飛び出し、監督に詰め寄った。
「監督、なんで碧は!」
「北島……火事、だったそうだ」
監督の顔は、ひどく苦しそうに歪んでいた。
「お前は仲が良かったな。辛いだろう。しばらく休め。無理はしなくていい」
監督は私の肩に重い手を置き、それ以上は何も言わずに立ち去った。
火事。
死んだ。
碧が、死んだ。
溢れ出す涙を止めることができず、私はグラウンドの真ん中で立ち尽くした。
こんなことがあっていいはずがない。
周りの友達が駆け寄り、背中をさすりながら慰めの言葉をかけてくれる。
だが、誰の声も私の耳には届かなかった。
絶望に打ちひしがれたまま、どうやって帰ってきたのかも覚えていない。
玄関のドアを開けると、冷房の効いた涼しい空気が私を包んだ。
「あら、早かったのね」
奥から出てきた母が、私の顔を見て動きを止めた。
「お母さん、大丈夫って言ったじゃない!」
バッグを床に叩きつける。
「碧が、碧が、死んじゃったよー!」
私の絶叫とぼろぼろとこぼれ落ちる涙に、母は目を見開いて息を呑んだ。
「嘘でしょ……なんでそんなこと……」
「知らない、知らないよー!」
膝の力が抜け、私はその場にへたり込んだ。
「碧ーーっ!」
母が慌ててしゃがみ込み、震える私を力強く抱きしめる。
私は母の胸に顔を押し付け、声が枯れるまでいつまでも泣き続けた。




