23.田中 有紀3
お盆休みに入り、前半は母方の祖父母の家に行き、今は父方の祖父母の家で過ごしていた。
「有紀、そろそろ帰りましょうか」
縁側から差し込む西日を避けるように座っていた母が、カバンを引き寄せながら言った。
「あら、晩御飯も食べていったらいいのに」
麦茶のグラスを片付けていた祖母が、名残惜しそうに引き止める。
「お義母さん、ありがとうございます。でも、有紀は明日から学校なんです。ねえ、有紀」
「思い出したくなかったけど、朝から学校だよ」
ため息まじりに答えると、祖母は目を細めて笑った。
「夏休みなのに大変ねぇ」
「どら、それなら送ってやろう」
畳の上であぐらをかいていた祖父が、よっこらしょと腰を上げた。
「いえ、いいんですよ」
母は遠慮がちに手を振ったが、頑なに車の運転をしない母と出かけるには、徒歩とバスが基本的な交通手段になる。
窓の外の、陽炎が揺れる炎天下。
あの熱気の中をバス停まで歩くのは、絶対に嫌だ。
「おじいちゃん、ありがとう」
「もう、有紀は……」
苦笑いする母をよそに、私は逃げるように玄関へ向かった。
エアコンの効いた車内は快適だった。
窓ガラス一枚隔てた外の世界では、強烈な日差しがアスファルトをじりじりと焦がしている。
静かに流れる景色をぼんやりと眺めていると、車内に流れていたラジオから、アナウンサーの無機質な声が聞こえてきた。
『――本日早朝、〇〇町の一軒家が火災により全焼しました』
『当時家には五人の家族がいたらしく、現在身元の確認が急がれており……』
痛ましいニュースの言葉が、涼しい車内に重く響く。
「この時期に……悲しいわね」
助手席の母が、小さく呟いた。
火災。五人家族。
無関係なはずのその言葉が、私の心臓の奥を冷たく撫でた。
命の危険があった日の記憶が生々しく蘇ってくる。
私はゆっくりと視線を上げ、運転席でハンドルを握る祖父の後ろ姿を見つめた。
私が呪いに殺されそうになった時、命を差し出してでも守ろうとしてくれた。
深いシワの刻まれた横顔を見るだけで、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
すべてが解決してから、家の中で呪いの話を口にする者は誰もいなかった。
もう、思い出したくもない恐ろしい出来事だ。
それでも、みんなが私のためにしてくれたことは、一生忘れることはないだろう。
そういえば、あのメールの人はどうなったのだろうか。
そして、勇気君も。
すっかり日が落ちた頃に帰宅し、自分の部屋で一人になった。
シャワーを浴びて、ようやく一息つく。
薄暗い部屋の中で、机の上のパソコンの電源を入れた。
モーターの低い駆動音とともに、青白い光が部屋の空気を冷たく染める。
画面の端に新着メールの通知があった。
『呪いにかかった友人と連絡が取れなくなりました。どうしたらいいでしょうか』
画面に浮かび上がった無機質な黒い文字の羅列。
そのたった一行のメッセージが、終わったはずの悪夢を再び私の前に引きずり出してきた。
息が止まりそうになる。
呪い。
連絡が取れない友人。
最悪の事態が、頭の中でどろどろと形作られていく。
ただの電子データでしかないのに、画面から放たれる嫌な気配が肌に張り付くようだった。
関わってはいけない。
心が、本能的に激しい拒絶反応を示している。
あの逃げ場のない恐怖を、二度と味わいたくはないと。
それでも。
このまま見殺しにはできない。
私はゆっくりと強張る手を伸ばし、冷たいキーボードに指を乗せた。




