20.石川 碧4
その夜、私が恐れていたことは何も起きなかった。
夕食をすませて、すぐに自分の部屋に逃げ込んだ。
みんなの携帯を確認したかった。
でも、もしあの写真が増えていたらと思うと、怖くてたまらなかった。
でも結局、何も起きていないじゃないか。
やっぱり呪いなんて嘘だったんだ。
また家に帰って、みんなとサッカーをやって、元の生活に戻れる。
そうだ、心配しすぎただけ。
そんなこと、あるわけないもん。
良かった。
スマホの画面を見ると、玲奈からのメッセージが何件か増えていた。
私はゆっくりと文字を打ち込む。
「ちょっとスマホ見てなかった。また、部活でね」
送信ボタンを押す。
大丈夫、大丈夫。
呪文のように自分に言い聞かせながら、私は眠りについた。
昼間ずっと部屋にこもっていたせいか、ふと目が覚めた。
暗闇の中で光る時計の針は、まだ午前一時を指している。
喉がカラカラに乾いていた。
お水でも飲もうかな。
ベッドから抜け出し、薄暗い階段をゆっくりと降りて台所へ向かう。
階段を一番下まで降りたところで、つま先に柔らかくて重い何かがコツンと当たった。
目を凝らすと、暗闇の中にうずくまるような黒い人影がある。
手探りで壁のスイッチを探し当て、階段下の小さな電球をつける。
黄色い光の下に、ありえない角度に首が曲がった母が倒れていた。
白目を剥いた顔は土気色で、どう見ても生きている人間の姿ではない。
「きゃあああああああっ!」
自分の喉から出たとは思えないような悲鳴を上げ、私は来た階段を狂ったように駆け上がった。
両親が寝ている和室の襖を乱暴に開け放ち、部屋の明かりをつける。
布団の中で背中を向けて寝ている父の肩を、必死に揺り動かした。
「お父さん! お父さん、起きて!」
大きく揺さぶられて仰向けになった父の体は、ただの重たい肉の塊だった。
頬に触れた私の手に、氷のような不自然な冷たさが張り付く。
私は部屋を飛び出し、階段下の母を跨いで、一階の奥にある祖父母の部屋へ向かった。
畳の上に並んで敷かれた布団の中で、二人ともすっかり冷たくなっていた。
愕然とした。
呆然と立ち尽くす。
カエルの鳴き声さえ聞こえない、耳鳴りがするほどの静寂の中で、私はしばらくそうしていた。
ふらふらと歩き、母のそばに座り込む。
階段下に倒れる母の傍らに、見慣れたスマホが落ちているのが見えた。
震える指で拾い上げ、画面を点灯させる。
写真のフォルダをタップした。
一枚、二枚、三枚。
次々とスクロールしていく。
五枚、六枚。
息が止まりそうになった。
最後の六枚目の写真には、首を不自然に曲げて倒れる、たった今の母の姿がはっきりと写し出されていた。
嘘だ。
私はスマホを握りしめたまま、二階の父の部屋へ駆け戻った。
枕元に置かれた父のスマホを掴み取る。
画面を開き、フォルダを見る。
やはり六枚あった。
最後の一枚は、布団の中で冷たくなっている青ざめた父の顔だった。
嫌な汗が全身から噴き出す。
這うようにして、一階の祖父母の部屋へ向かう。
畳の上に置かれた、真新しいスマホ。
一つ目を開く。
六枚。
二つ目を手に取る。
六枚。
そこには、口をぽっかりと開けて死んでいる祖父母の顔が写っていた。
全部、六枚。
全員の今の死んだ姿が、はっきりとそこにあった。
ああ、私のせいだ。
私のせいで、こんなことに。
いやだ、嫌だ。
お母さん、お父さん、おじいちゃん、おばあちゃん。
私、嫌だー。
床に並べた四台のスマホを操作し、着信音の再生ボタンを次々と押す。
不気味な不協和音が、家の中に響き渡る。
私に戻って。
お願いだから、私に呪いを戻して。
いくら音を鳴らし続けても、六枚目の写真は消えてくれなかった。
違う、違うの。
こんなの、こんなの。
私が殺した?
私が?
あ、そうだ。
玲奈が言ったんだもん。
玲奈が、移していいって言ったんだ。
なんで、なんで。
どうしたらいいの。
もう、どうやって生きていったら。
ああ、でもそうだ。
もう無理だ。
玲奈にはわかる。
呪いのことを知っている玲奈なら、私が家族を殺したって絶対に気づく。
そうだ、そうだよ。
もう生きていけない。
こんなの、絶対に無理。
私は自分のスマホを取り出し、インカメラを起動して自分に向けた。
カシャ、カシャ。
暗闇の中で、白いフラッシュが自分の顔を容赦なく照らし出す。
そうだ玲奈、私は玲奈にメッセージを書く。
『玲奈のせいで』
そこまで打ち込んで、画面の上の指がピタリと止まった。
いや、違う。
違うの。
でも。
打ち込んだ文字を全て消す。
『ごめん、でも玲奈はいいよね』
これも違う。
あ、指が震えて……送ってしまった。
違うの玲奈、違うの。
急いでメッセージをもう一度打ち込む。
『玲奈、ごめん。今までありがとう』
送信。
うん、これでいい。
私は焦点の合わない目で、自分に向けてシャッターを押し続けた。
カシャ、カシャ。




