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拾ったスマホ ―写真が八枚になったらもう終わり―  作者:
第二部

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19.石川 碧3

 八月十五日。


 部屋の隅で首振り扇風機が、ぬるい風を一定のリズムで送り出してくる。


 昨夜から何も食べる気がしない。


 手元のスマホが短く震え、画面に玲奈からのメッセージが表示された。


 お盆明けのサッカー部の練習のこと。


 他愛のない内容が、まるで遠い異国の出来事のように感じられた。


 とても返信する気力は湧かない。


 画面を見つめながら、私は薄暗い考えを巡らせていた。


 いっそ、家族のスマホからあの呪いを、私に全部戻せないだろうか。


 そうすれば、このひどい罪悪感から解放される。


 でも。


 また五枚になる?


 あと一枚で死ぬ状態に、自分から戻る?


 それは、いや。


 絶対にいやだ。


 やっぱり、どうすればいいのかわからない。


 せめて、写真を撮らないように注意しないといけないのに。


 わかっているのに、重い鉛を飲み込んだように体が動かず、布団から出られなかった。


 階下の居間では、朝食を済ませた家族がのんびりとくつろいでいた。


「碧は、どんな感じだ?」


 新聞から顔を上げた父が、台所を片付けている母に声をかける。


「食欲ないって。大丈夫かしら」


「昨日からちょっとおかしかったな。少し落ち着いたら話してみるか」


「そうしてちょうだい」


「若いんだから、ゆっくりさせておけばいい」


 縁側で庭を眺めていた祖父が、静かに口を挟む。


 なんとも言えない重い空気が、居間を漂っていた。


「昨日の夜、写真を撮ってからだったね」


 テーブルの上に置かれた真新しいスマホを見つめながら、祖母がポツリとこぼした。


「何か、私が嫌なことでもしたのかねえ」


「お義母さん、気にしないでください」


 母がエプロンで手を拭きながら、祖母の隣に座る。


「多分、お化粧してないから撮られたくなかったとか、そんな理由かもしれませんよ」


「そうかい。……ところで、撮った写真を見るのはどうするんだったかね」


 祖母が、分厚い手帳型のケースを開いて不慣れな手つきで画面を突いた。


「あ、ここです」


 母が横から指を伸ばす。


「あ、そこじゃなくて」


 カシャシャシャシャシャシャシャ。


 不意に、無機質なシャッター音が小刻みに連続して響き渡った。


「どうやりました? 連写になりましたね」


 母が苦笑いしながら画面を覗き込む。


「写真はここです。あ、お義母さんの手でほとんど写ってないですね」


「すごいねえ。今の一瞬で、こんなに枚数を撮ったのかい」


 祖母は目を丸くして、スマホの画面と母の顔を交互に見た。


 祖母はすっかり気を良くしたのか、楽しそうにスマホを弄り始めた。


 カシャシャシャシャシャシャ。


 再び、暴力的なまでの連写音が居間に響く。


「ほら、これを見てごらん。あの人の変な顔が、こんなにたくさん」


「本当ですね」


 祖母と母が、画面を見つめてクスクスと笑い合う。


「なんだ、まったく」


 祖父がムスッとした顔で立ち上がった。


「親父、少し親戚のとこにでも顔を出そうか」


 見かねた父が、祖父を外へ連れ出す。


「私たちも、後から何か持っていくからね」


 母が玄関に向かって声をかけた。


 カシャシャシャシャシャシャシャ。


 開け放たれた窓から入り込むセミの鳴き声を切り裂くように、またしても軽快な電子音が鳴った。


 一瞬で何枚もの瞬間を切り取るその無邪気な音が、のどかな夏の午前中の空気に溶け込んでいく。


 二階の薄暗い部屋で丸まっていた私の耳にも、その楽しそうな連写音は、微かに、けれどはっきりと届いていた。


 冷や汗が全身から噴き出し、心臓が嫌な音を立てて早鐘を打つ。


 何枚撮ったの。


 ねえ、今、何枚撮ったの。


 まだ、シャッター音は聞こえていた。




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