17.石川 碧1
八月十四日。
車の窓の外を流れていく景色は、見渡す限りの畑と田んぼばかりだった。
部活は十六日まで休み。
本来なら父方のの祖父母の家でゆっくり羽を伸ばせるはずなのに、私の頭の中はどろどろとした恐怖で埋め尽くされていた。
死ぬって、本当に?
手の中にあるスマホの画面を、ただひたすらに見つめる。
そこには、不気味な写真が三枚。
あと三枚増えたら、呪いが完成する?
でも呪いを移すなんて、まさかそんなことできるわけがない。
「着いたぞ」
運転席からの父の言葉に、私はビクッと肩を震わせて顔を上げた。
車を降りると、むわっとした草の匂いと、まとわりつくような熱気が全身を包み込んだ。
家では祖父母に温かく迎えられ、縁側にはのんびりとした時間が流れている。
ちょうど夕食の後だった。
「え、スマホにしたのか?」
居間で麦茶を飲んでいた父が、驚いたような声を上げた。
「なんか、これにしないとだめだって言われたのよ」
祖母が、分厚いケースに入った真新しいスマホをテーブルに置く。
「ガラケーもなくなるんだな」
「よくわからないから使いにくいのよ」
「そのうち慣れるさ」
「でも、写真が綺麗に撮れるのよ」
祖母が、ぎこちない手つきで黒いレンズをこちらに向けた。
「碧ちゃん、撮ってあげる」
ぼんやりとテレビを眺めていた私の脳が、その言葉の意味を理解するまでに一瞬の遅れが生じた。
写真。
撮られる。
シャッター音が鳴る瞬間、私は反射的に両手で自分の顔を激しく覆い隠した。
「あらー、手が入ってしまった」
祖母の無邪気な声が、鼓膜をひっかく。
「ほら、もう一枚」
「やめてー!」
カシャ。
私の切り裂くような悲鳴に紛れて、二度目の無機質な電子音が響いた。
「どうしたの大声出して」
驚いて振り返る母の声を背中に浴びながら、私は勢いよく立ち上がった。
「いやーっ!」
叫びながら網戸を乱暴に開け放ち、暗い夜の外へ飛び出す。
裸足の裏に庭の砂利が食い込み、鋭い痛みが走るが、立ち止まることはできなかった。
周囲は完全な暗闇。
無数のカエルの鳴き声に包まれながら、私は震える手で自分のスマホを開いた。
「なにこれ、なにこれ、なにこれ……」
息が詰まった。
写真のフォルダ。
服を脱がされたような裸の自分と、全身に赤黒いアザが浮き出た自分の写真が、新しく二枚増えていた。
五枚。
もう五枚だ。
あと一枚で。
どうしよう、どうしよう。
もうだめだ。
誰かに呪いを移さないと。
玲奈もそうしろって言ってた。
言ってたんだ。
顔を上げて周りを見渡しても、闇に沈む林と畑が広がっているだけだ。
誰もいない。
明日まで待つ?
無理。
絶対無理だ。
今夜のうちに六枚目が撮られたら、私は死ぬ。
ガチガチと歯の鳴る音が止まらない。
私は狂ったようにスマホの画面をタップし、着信音の設定画面を引っ張り出した。
画面が涙と汗で滲んで、うまく操作できない。
静かに家に戻る。
玄関の土間には、心配そうに外を覗き込む祖父母と、父と母の四人が集まっていた。
暗闇の中から現れた私を見て、四人が一斉に息を呑む。
私は、着信音の再生ボタンを押した。
不快な電子音が、狭い玄関に響き渡る。
「大丈夫か?」
「どうしたの、碧ちゃん……」
駆け寄ってこようとする家族の声を、私は完全に無視した。
うつむいたまま、食い入るように画面を見つめる。
フォルダを更新する。
三枚。
写真は三枚になっていた。
減った、減った。
でも、なんで二枚しか減らないの?
ここにいるのは四人。
全員が音を聞いたはずなのに。
どうして。
誰が聞いていないの。
私は狂ったように、何度も着信音の再生ボタンを連打した。
不気味な音が、鳴り続ける。
家族が怯えたような声で私を呼んでいるが、何も耳に入らない。
画面を更新する。
減れ。
減って。
写真を確認する。
一枚。
写真は一枚だけになっていた。
良かった、一枚になってる。
これで私は大丈夫。
大きく荒い息を吐き出しながら、私はふと顔を上げた。
でも、
あと一枚は……。




