16.駒田 紬3
言葉が途切れ、静まり返った店内に私たちのすすり泣く声だけが響いていた。
穂香ちゃんも私もハンカチで顔を覆ったまま、どうしても顔を上げることができない。
『他になければ、十分です』
スピーカーから、静かな声が降ってきた。
『駒田さん、穂香さん。辛いことまで話してもらって、ありがとうございます』
その声には先ほどまでの軽さは消え、深い静寂が混じっていた。
『西本君が懇願したのは、奏ちゃんを次の標的にすると言われたからです』
ビクッと、私の肩が大きく揺れた。
『これは花音のメールにありました。このことは、奏ちゃんには内密に』
「そ、そうだったのね……」
私は、血の気の引いた顔で呟いた。
西本君は、自分のプライドをすべて捨てて奏ちゃんを守ったのだ。
『はい。それで思うんですが』
電話の向こうで、小さく息を吸う音がした。
『悪いのは、橋田ですよ。二人が悩むことはないです』
「そんな……簡単に割り切れないのよ」
私は、テーブルに落ちた自分の涙の痕を見つめる。
「私のせいで、二人が……」
穂香ちゃんも、震える両手をきつく握り合わせていた。
『どのみち、橋田がいる限りみんな不幸になる状態だったんです』
保科君の言葉は淡々としているが、不思議とまっすぐに届いてくる。
『二人は、悪くありませんよ。駒田さんの万引きは、まあ時効として。その他は、中学生には無理じゃないですか』
『西本君みたいな人でも無理だったんですから』
「……そうよね」
私は鼻をすすりながら、穂香ちゃんを見た。
「穂香ちゃんは、仕方ないことだった」
「紬ちゃん……」
『ということで、今度合コンしましょう』
え。
「は?」
私と穂香ちゃんの声が、完全にハモった。
「あなた本当に、バカね」
呆れ果てた声を出すと、自分でも少しだけ生気が戻っているのがわかった。
「私、結婚してるので……」
『そうなんですかー? その声なら可愛いと思ったのに』
あまりにも唐突な話題の転換に、さっきまでの重苦しい空気が嘘のように霧散していく。
「穂香ちゃんは可愛いわよ」
『ですよねー、残念』
「だって、穂香ちゃん」
「……変わった人」
顔を見合わせた私たちは、自然と小さく吹き出していた。
涙でぐちゃぐちゃになった顔で笑い合うなんて、あの中学時代でもなかった。
『すみません、翔太まだいないですか?』
「出ていったきりね」
『携帯置いたままどこに行ったんだか』
私は立ち上がり、ブラインドの隙間から外の様子を覗き込んだ。
うだるような熱気の中、喫茶店の重い扉のすぐ外に、細山君が立っていた。
様子がおかしい。
強烈な日差しを浴びているのにピクリとも動かず、ただぼんやりと虚空を見つめている。
まるで、そこにいない何かの気配を探っているかのように。
私は恐る恐る扉を開け、テーブルから持ってきた携帯を彼に差し出した。
「あ、あんがと……」
受け取った細山君の声はひどく掠れていた。
『翔太、一泊したら帰って来てくれ。任務完了だ』
「……ああ、わかったよ」
うわ言のように呟く細山君の首筋に、汗がびっしりと張り付いているのが見えた。




