11.北島 穂香2
逆光の中に立つ男のシルエットが、薄暗い店内にぬらりと影を落とした。
駒田さんはハッとして私から離れると、こぼれ落ちそうになっていた涙を指先で素早く拭い去った。
「……すみません、今日は休みなんです」
努めて平坦な声を作り、入り口の男に向かって告げる。
「休みなの? 外、めちゃくちゃ暑いんだよ」
男は首にかけたシルバーのチェーンをジャラリと鳴らし、店内をジロジロと見回した。
「コーラ一杯だけ、飲ませてくれねえか」
「ごめんなさい」
「ちっ、仕方ねえか。……あ、駒田さんって知らねえ?」
男の口から出た名前に、店内の空気が一瞬で凍りついた。
「え……駒田は、私ですが」
「本当かよ、ついてるぜ」
男はニヤリと口角を上げ、サングラス越しの視線を隣にいる私へと向けた。
「んで、あんたは」
無遠慮に指を差され、私はビクッと肩を震わせた。
「それより、あなたは誰なんですか」
駒田さんが、私を庇うように一歩前へ出る。
「あ、ああ、俺は細山翔太。保科に言われて来た」
「……保科?」
「あれ、保科勇気。知らない?」
その名前に、駒田さんの顔からサッと血の気が引いた。
「ああ……知ってるけど。どんな用件ですか?」
「ちょっと、部外者には聞かれたくないんで」
翔太と名乗った男は、露骨に私を見て顎をしゃくった。
「多分、あの頃の話でしょ。この人もクラスメイトだけど」
「え、そうなの」
男は頭をガリガリと掻きむしり、大きなため息をついた。
「その場合は……わからん」
男はポケットから携帯を取り出すと、迷わずどこかへ電話をかけた。
「あー、保科か」
静まり返った店内に、男の低い声だけが不気味に響く。
「駒田は見つかったけど。なんか他のクラスメイトもいて、どうすりゃいいかわかんねえ」
『そうか。俺が話すよ、スピーカーにしてくれ』
男が画面を操作し、携帯をテーブルの上に無造作に置く。
『駒田さん、保科勇気です。お久しぶりです』
「本当ね、久しぶりね。……どうしたの? あの件なら、もう終わったって奏ちゃんからも聞いたけど」
『それなんですけど。西本君は終わったんですが、呪いは終わりませんでした』
「……そうだったの」
駒田さんの声が、微かに震えていた。
『駒田さんの声、相変わらず可愛いですね』
「その辺は変わらないのね」
『ははっ。……あ、そこにいるクラスメイトって誰ですか?』
こんな状況にもかかわらず、まるでお茶会でもしているような会話から突然自分の話になり、私はひどく動揺した。
駒田さんが、気遣うように私へ視線を向けた。
「穂香ちゃん。この人は、保科勇気君」
駒田さんが、私を落ち着かせるようにゆっくりと口を開く。
「西本君の呪い……ちょっと信じられないかもしれないけど、そういう物があって。それを解決して、西本君を成仏させた人。それで、呪いがまだ終わってないから協力してほしいって感じみたい」
『……そんな感じです。まあ、俺も死ぬのは勘弁なんで、さっさと終わらせたくて』
初対面の私の前で、テーブルの上の黒い機械が、自分自身の死をまるで世間話のように軽く呟いた。
「北島……穂香です」
私は絞り出すように、自分の名前を口にした。
『中学生の時の、クラスメイトですか?』
「はい、そうです」
『俺は、あの時のことが知りたいんです。橋田という男と、どんなことが起こったのかを』
橋田。
その忌まわしい名前を聞いた瞬間、私の視界がグラリと揺れた。
「知って、どうするの?」
駒田さんが、警戒するように問い返す。
『この呪いは、多分、橋田の呪いです』
スピーカー越しの声は、相変わらず軽い口調のままだった。
『あの男を知れば、今考えている方法以外に、何か見つかるかもしれない』
「あの……」
私は震える唇を噛み締め、恐る恐る口を挟んだ。
「西本君が成仏って、どういう……」
『西本君の真実を、奏さんに知らせました。彼の強さを汚す嘘を打ち砕いたことで、写真に囚われていた彼を解放したって感じです』
「嘘って……どんな」
『西本君は、自殺ではなかった。橋田に、生きたまま焼き殺されたんです』




