6.橘 梨花6
あれから二日が経った。
学校に行っても、梨花の席は空のままだった。
何度電話をかけても、冷たいコール音が響くだけで一向に繋がる気配はない。
いよいよ嫌な予感が拭えなくなり、私はリビングで洗濯物を畳む母に相談を持ちかけた。
「ねえ、お母さん。警察に……相談とかできないかな」
「警察? どうして?」
「梨花のこと。家で、おばさんから虐待とか受けてるんじゃないかって……」
母の手がピタリと止まった。
ゆっくりと振り返った母の眼差しは、ひどく現実的で冷ややかだった。
「確信はあるの? もし気のせいだったら、向こうの家族を壊すくらいの大事になるわよ。……あなた、そこまで背負う覚悟でやるの?」
言葉に詰まった。
確信なんてない。あの夜の電話だって、ただ極限状態パニックになっていたからかもしれない。
それに、梨花は本当に警察沙汰になることを望んでいるのだろうか。
あんな得体の知れない写真の怪異のことなんて、大人に説明したところで信じてもらえるわけがない。
私が黙り込んでいると、ふいに家電がけたたましく鳴り響いた。
「珍しいわね。こんな時間にセールスかしら」
母がため息混じりに受話器を取る。
だが、二、三言葉を交わしただけで、母の背中がぴんと張り詰めた。相槌を打つ声が、明らかに硬くなっている。
電話を切った母が、ゆっくりとこちらを振り返った。
「……梨花ちゃんのお母さんからだったわ」
「え?」
「梨花ちゃんが、いつの間にか出かけて帰ってこないんだって」
時計の針は、午後七時を回ったところだった。
高校生なら、特別心配するほど遅い時間ではない。塾や部活帰りなら当たり前の時間だ。
けれど、私の胸の奥でどくどくと嫌な警鐘が鳴り響いた。
あんなに何かに怯えきっていた梨花が、夜に一人でふらりと出かけるはずがない。
「私、ちょっと探してくる!」
「有紀、ちょっと待ちなさい!」
母の制止を振り切り、私は玄関を飛び出して自転車に跨った。
どこに行けばいい。梨花はどこにいる。
ペダルを無我夢中で漕ぎながら、昔一緒に遊んだ公園、駅前のファストフード店、商店街の裏路地を次々に回った。
暗がりを見るたびに、あの写真の男の子が笑いかけてくるような錯覚に陥り、息が詰まる。
いない。どこにもいない。
最後に辿り着いたのは、すっかり静まり返った学校の正門前だった。
スマホの時計を見ると、もう夜の九時を過ぎている。
走り回った足は棒のように重く、息が上がりきっていた。
暗い校舎を見上げながら、震える指で梨花に電話をかける。
……出ない。やはり繋がらない。
ふと、耳元に当てていたスマホがブルッと震え、着信画面に切り替わった。
画面に表示されたのは、『母』の文字。
私はすがるような思いで通話ボタンを押した。
「お母さん!? もしかして梨花、見つかった!?」
『……有紀』
スピーカー越しに聞こえてきた母の声は、ひどく低く、沈んでいた。
『一度、帰ってきなさい』
「え……でも、まだ梨花が」
『いいから。帰ってきなさい。話があるわ』
有無を言わさない、冷たい響き。
怒っているわけでも、心配しているわけでもない。
ただひたすらに、どうしようもな『嫌な感じ』を含んだ声だった。
背筋に、ぞわりと悪寒が走った。




