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写真を八枚にしてはいけない  作者:


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5.橘 梨花5


5.橘 梨花5


 夜道を全力で走り抜け、五分ほどで見覚えのある表札が見えてきた。


 久しぶりに訪れる梨花の家。


 二階の窓には、煌々と明かりがついている。梨花の部屋だ。いるんだ。


 荒い呼吸を整え、少し緊張しながらインターホンのボタンを押した。


 ピンポーン、と無機質な音が夜の住宅街に響く。


 ……しばらく、反応がない。


 もう一度押そうとしたとき、ノイズ混じりのスピーカーから声がした。


『はい』


 梨花のお母さんだ。


 声のトーンがひどく硬く、底冷えするような響きがあった。


「あ、お久しぶりです。田中有紀です。梨花の友達の……」


『……ええ、覚えてるわ。久しぶりね。こんな時間に何の用なの』


 あからさまな拒絶の気配。


 私は思わず言葉に詰まりそうになったが、必死に声を絞り出した。


「夜分にすみません。さっき梨花と電話していたんですけど、なんだかすごく様子がおかしくて……」


『え、なんですって?』


 急に、スピーカー越しの声の温度が変わった。


『私が、子育てをちゃんとしてないって言いに来たの!?』


 びくっと肩が跳ねた。


 尋常ではない強烈な怒気。ヒステリックな金切り声が、スピーカーのノイズで割れて耳に突き刺さる。


「違います! ただ、本当に心配で……少しだけでもいいので、梨花に会わせてくれませんか!」


『…………』


 ガチャリ。


 一方的にインターホンが切られた。


 静寂が戻る。


 明かりのついた家の中から、足音ひとつ、話し声ひとつ聞こえてこない。


 もう一度インターホンを押しても、きっと意味がないだろう。


 私は震える指でスマホを取り出し、梨花に電話をかけた。


 コール音がむなしく続く。出ない。


 どうしよう。このまま帰る気にはとてもなれない。


 意を決して、もう一度だけインターホンのボタンを押し込んだ。


 ピンポーン。


 チャイムの音が鳴り響く。


 だが、今度は何の応答もなかった。


 ただ、二階の窓から漏れる不自然なほど明るい光だけが、私を静かに見下ろしている。


 それから、どれくらいたっただろうか。


 私は家の前に立ち尽くし、何度も何度も梨花に電話をかけ続けた。


 コール音だけが夜の闇に吸い込まれていく。誰も出ない。誰も出てこない。


 まるで、家全体が息を潜めてこちらの様子を窺っているような、ひどい気味の悪さだった。


「有紀」


 不意に背後から声をかけられ、心臓が跳ね上がった。


 振り返ると、自転車を押したお母さんが立っていた。約束通り、迎えに来てくれたのだ。


「お母さん……っ」


 張り詰めていた糸が切れ、私はこれまでの事情を急いで説明した。


 電話での梨花の異常な様子、インターホン越しのおばさんの異様な剣幕。


 二階の明かりを見上げながら、母は静かにため息をついた。


「……それは、どうしようもないわね」


 冷たい夜風が吹き抜ける。


「他人の家のことに、これ以上首を突っ込むのは無理よ。今は一度帰りましょう」


 母のその言葉はひどく現実的で、反論できなかった。


 自転車を押して歩き出した母の後を追う前に、私はもう一度だけ梨花の部屋の窓を見上げた。


 ――明かりの灯るカーテンの向こうに、黒い人影が見えた。


 私は震える指で、もう一度だけ電話をかけた。


 だが、冷たいコール音が夜の空気に鳴り続けるだけで、やはり誰も出ることはなかった。


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