4.橘 梨花4
4.橘 梨花4
なぜか分からないが、通話ボタンを押す指が一瞬ためらった。
嫌な予感がする。
だが、相手は一週間も音信不通だった親友だ。
意を決して、画面をタップして耳に当てる。
「……もしもし、梨花?」
『…………』
「梨花? ねえ、大丈夫なの?」
『……有紀』
ボソボソとした低い声。
間違いなく、梨花本人の声だった。だが、ひどく掠れていて生気がない。
『わかったと、思うの……たぶんなんだけど』
「え? 何がわかったの?」
『写真……そう、写真だと思うの……』
「ちょっと待って、梨花、今どこ? 大丈夫なの?」
私の問いかけを無視して、梨花はブツブツと呟き続ける。
『有紀のメッセージも見た。……まだ大丈夫、有紀は大丈夫よ』
「梨花!」
『写真を撮ったらだめ。……絶対に、だめ』
耳元で響く声に、じわりと嫌な汗が滲む。
話が噛み合わない。
「わかった。わかったから! 梨花は大丈夫なの!?」
『メッセージは大丈夫だったの! 通話も、たぶん大丈夫そう……ッ、やっぱり写真、写真、それしか考えられないのッ!』
急に、梨花の声がヒステリックな甲高いものに変わった。
悲鳴に近いその声に、たまらず私はベッドから立ち上がった。
「梨花、今からそっち行こうか!? 大丈夫!?」
『――もういいの』
鼓膜を刺すような金切り声が、唐突に、不自然なほど静かな声に切り替わった。
まるで、さっきまでの取り乱し方が嘘だったかのように。
『お母さん、また機嫌悪そうなの』
「……え?」
『お父さんも、ずっと帰ってないし』
ぽつり、ぽつりとこぼれ落ちた言葉に、私は息を呑んだ。
間違いなく、電話の相手は梨花だ。
けれど、あの得体の知れない怪異に怯えきっていた直後に、急にいつもの家庭の愚痴をこぼすなんて。
「……大丈夫だよ」
震えそうになる声帯を、無理やり押さえつける。
「大丈夫。今から私が行けるから」
『……ありがとう。有紀、ありがとう……ッ』
再び梨花の声が、ぐしゃぐしゃの涙声に変わる。
その泣き声を聞いて、私の足は迷いなくクローゼットへと向かっていた。
「今から行くから、待ってて!」
電話を切るなり、私は適当な服を引っ張り出して急いで着替えた。
財布とスマホだけをポケットに突っ込み、居間へ飛び出す。
「お母さん、ちょっと出かけてくる!」
「えっ? こんな時間から? もう遅いわよ」
テレビを見ていた母が、目を丸くして振り返った。
「梨花の様子が変なの! 急がないと!」
「そう……。気をつけて早めに帰りなさいよ」
「うん!」
「もし帰れなくなったら、すぐに連絡して。自転車で迎えに行くから」
背中にかけられた母の頼もしい声を振り切り、私は玄関のドアを勢いよく開けた。
生ぬるい夜の空気が、顔にまとわりついてくる。
私は暗い夜道を、梨花の家に向かって全力で走り出した。




