8.北島 玲奈5
ふあー、と小さくあくびが漏れた。
寝不足で重い瞼をこすっていると、食卓の向かいに座る母さんが不思議そうにこちらを見た。
「あら、眠れなかったの?」
「なんかねー」
「あとで昼寝をすればいいじゃろ。行くぞ」
祖父の言葉で、私たちは出かける準備を始めた。
強烈な日差しが、肌をジリジリと焦がしてくる。
私たちは揃って、近くの墓地へと向かった。
古い石塔が不規則に並ぶ斜面を登っていく。
母方の墓石には、川端家と深く彫られていた。
柄杓で水をかけ、持ってきた花を新しいものに取り替える。
おばあちゃんが亡くなって、もう五年くらいになるだろうか。
小さい頃はよく膝に乗って甘えていたけれど、晩年は入院生活が長かった。
今でも思い出すのは、消毒液の匂いが漂う薄暗い病室のイメージばかりだ。
静かに目を閉じ、手を合わせる。
「今年も、玲奈が来たぞ」
祖父が、墓石を撫でながら寂しそうに笑った。
「……川端さん」
背後から、不意に声がした。
「おお、奏ちゃん。お墓参りか」
振り返った祖父が、目を細めて頷いた。
「はい。……そちらは、穂香さん。お久しぶりです」
奏と呼ばれた女性が、母さんを見て小さく頭を下げた。
「え、ええ……お久しぶりね」
母さんの声は、ひどく上ずっていた。
「夫と、娘です」
私と父さんが軽く会釈をする間、母さんはなぜかずっと視線を落とし、足元の砂利を見つめていた。
「じゃあ、川端さん。穂香さんも」
奏さんはそれ以上何も言わず、日傘を傾けて静かに立ち去っていった。
その背中が見えなくなってからも、母さんは周囲の古い墓石の影をチラチラと見回し、ひどく落ち着かない様子だった。
家に着き、昼食のそうめんを食べ終えると、私は畳の上に寝転がってゴロゴロとした。
「穂香、その辺まわってきたらどうだ。友達も帰ってきてるだろう」
麦茶を飲みながら、祖父が母さんに声をかけた。
「お父さん、いいの。家でゆっくりしてるわ」
「相変わらずか。ほら、駒田さんとこの。なんか会おうって言ってたろう」
「……社交辞令よ。そんなに仲良くなかったし」
母さんの声が、一瞬だけ鋭く硬くなった。
「そうか? 小学校の頃は、よく遊んでなかったか?」
「小さい頃でしょ」
そっけなく会話を打ち切る母さんを見て、父さんが苦笑いしながら立ち上がった。
「出かけないか? 家でのんびりするのも悪くないが」
「玲奈と行ってきたら?」
「そうか? 玲奈、行くか?」
「うーん、ちょっと眠たいんだけどな」
「昼寝はいつでもできるだろう」
「もう、わかったよ」
渋々起き上がり、私は父さんと一緒に外へ出た。
茹だるようなアスファルトの道を、てくてくと歩く。
蝉の鳴き声が、耳鳴りのように頭の中で反響していた。
他愛もない学校の話をしていると、前方から陽炎を揺らして歩いてくる人影が見えた。
サングラスをかけ、首には太いシルバーのチェーンを下げている。
どう見てもこの田舎町には似つかわしくない、不真面目そうな若い男だった。
まあ、関わらないのが一番のタイプだ。
すれ違う時に目を合わせないよう、私は少しだけ顔を背けた。
だが、男は私たちのすぐ目の前でピタリと足を止めた。
「あんたら、ここの人?」
ガムを噛みながら、男が低く濁った声で聞いてきた。
すっと、父さんが私の前に出た。
背中で私を庇い、隠すような動きだった。
「すまないね。妻の実家についてきただけで、この辺のことは詳しくないんだ」
「ちっ、ハズレかよ。……まあ、いいや」
男は舌打ちをして、サングラス越しの視線を周囲の民家に向けた。
「駒田って家、知らねえ?」
駒田、あの時の人。
「いや、知らない。すまないね」
「いや、知らねえならいいよ。ありがとな」
男はつまらなそうに首を鳴らし、再び重い足取りで歩き去っていった。
遠ざかるその背中を見つめながら、うるさかったセミの声が少しだけ遠のいた気がした。




