6.保科 勇気1
生ぬるい夜風が網戸を抜け、埃っぽい部屋にひっそりと忍び込んでくる。
俺はパソコンのモニターを睨みつけながら、低く唸り声を上げた。
どうにも、上手くいかない。
画面に映し出されているのは、どぎつい原色を使ったカラフルで大きな文字の羅列だ。
『写真が増えたら、すぐ連絡を! 私がズバッと解決します!』
あの呪いで困っている人から連絡をもらうため、藁にもすがる思いで立ち上げたサイトだった。
だが、問い合わせフォームに届くのは、「スマホの容量がいっぱいで写真が撮れないんですけど」といった的外れな相談か、怪しいスパムメールばかりだ。
こういうの、本当に向いてないな。
乾いて痛む目をこすりながら自嘲した、その時だった。
――ブブッ。
机の上のスマホが、静寂を破って短い振動音を立てた。
画面を見ると、SNSのアイコンに通知マークが一つ点灯している。
「……来たか?」
息を詰め、タップしてダイレクトメッセージを開く。
アカウント名は、『石川碧』。
よし、片っ端から送った甲斐があった。
『写真が増えました。これは呪いですか? 助けてください』
簡潔なSOSの文面から、得体の知れない恐怖に震えている少女の息遣いが直接伝わってくるようだった。
俺はキーボードを叩くのをやめ、スマホを両手で握りしめてすぐに返信を打ち込んだ。
『なぜ分かったのかはわかりませんが、それは呪いです。写真が六枚になると死にます。絶対に、これ以上写真に撮られないようにしてください』
そこまで打って、親指の動きをピタリと止める。
呪いの移し方は……さすがに、教えるわけにはいかないか。
『何かあったら、ここに電話をしてください』
自分の電話番号を添えて、送信ボタンを押す。
すぐに既読がつき、返信が飛び込んできた。
『やっぱり呪いなんですね。写真に撮られると、写真が増えるってことですか?』
説明がわかりにくかったか。
俺は焦燥感を覚えながら、画面を強くタップして言葉を重ねた。
『誰かのカメラに撮られると、一枚写真が増えます。とにかく、これ以上写真を増やさないで。少し時間はかかるかもしれないけれど、俺が必ず解決してみせるから、がんばってくれ』
数秒の重い沈黙の後、画面に新しい吹き出しが浮かんだ。
『わかりました。この電話番号にかけてもいいんですよね。困ったら、かけていいですか?』
『もちろん、いつでもかけてくれ』
スマホを机に置き、俺は深く、重い溜息を吐き出した。
引き出しの一番奥に手を伸ばし、古びた携帯端末を取り出す。
あの日、風花さんから送られてきた遺物の一つ。
電源を入れると、液晶画面が青白く光り、時代遅れのメニュー画面が浮かび上がった。
アドレス帳を開く。
そこに登録されているのは、たった六人の名前だけだ。
『保科勇気』
『石川碧』
『北島玲奈』
『小林真希』
『黒田健太』
『細山翔太』
劣化した画面の暗い光が、俺の顔に不気味な影を落としている。
「……やっと、三人目か」
掠れた声が、静寂の部屋に溶けて消えた。
残りの人間も、早く見つけ出さなければならない。
この無機質なリストに記された彼らの身に、逃れられない死の呪いが完全にまとわりつく前に。
俺は再び自分のスマホを手に取り、アドレス帳から一つの番号を呼び出した。
コール音が数回鳴り、通話が繋がる。
「……もしもし、翔太か」
寝ぼけたような相手の返事を待たず、俺は低く押し殺した声で告げた。
「悪いが、行き先変更してくれ」




