4.田中 有紀1
暑いなー。
額を流れる汗を拭いながら、私は大きく息を吐き出した。
無事に高校三年生となり、今は受験勉強の真っ只中だ。
図書館からの帰り道、遠くに見える一軒の家からサッと目を逸らす。
その家の前をどうしても通りたくなくて、私は一つ手前の角を曲がった。
そこはもう誰も住んでおらず、今は売り家となっているらしい。
親友、梨花の家。
胸の奥に込み上げる寂しさをギュッと噛み殺して、私は足早に自分の家に帰り着いた。
「……ええ、有紀は大丈夫ですから」
玄関のドアを開けると、リビングから母さんの声が聞こえてきた。
またか……。
父さんはあの事件の後、海外赴任には戻らないとひどくゴネた。
国内勤務に代われないなら、今の仕事を辞めて違う仕事をしてでも私のそばにいるとまで言い出したのだ。
そんな父さんを、母さんと私で必死に説得し、今はまた東南アジアの赴任先に戻ってもらっている。
それでも心配なのだろう、こうして頻繁に私の身を案じては国際電話をかけてくるのだ。
私はリビングに入り、母さんから受話器を受け取った。
「お父さん、大丈夫だから」
「……そうか、それなら良かった。またかける」
電話を切り、母さんに受話器を返す。
「まったく、困ったものね」
母さんはため息をつきながら苦笑いした。
私は……とてもではないが、もう父さんと心から笑い合えるとは思えなかったので、仕事に戻ってくれて本当に良かったと密かに思っている。
私を救うための父さんのあの行動は、完全に常軌を逸していた。
だけど、それは私への強すぎる愛情ゆえの行動だった。
せめてそれだけは分かってあげないと、あまりにも悲しすぎるから。
夕食も終わり、自分の部屋でくつろぐ。
明日も、受験勉強を頑張らないとな。
パソコンの電源を入れながら、ふと、あの恐ろしかった日々を思い出す。
勇気君、今どうしているだろうか。
あの日以来、彼への通話もメッセージもすべてブロックされているのか、全く繋がらなくなってしまった。
私が呪いから解放されたからって、いくらなんでも冷たすぎる。
これ以上私を危険に巻き込まないための、彼なりの優しさなのだとは分かっているんだけど。
……あれ?
パソコン用のメールソフトを開くと、一通の新しいメールが届いていた。
勇気君から?
私は急いでメールを開いた。
だが、送り主は勇気君ではなかった。
『はじめまして、あの音を聞いたのでメールしました』
画面に表示された文字列に、夏の暑さが消えるほどヒヤリと感じた。




