1.北島 玲奈1
西本祐希の消失。
呪いは終わった。
少なくとも、田中有紀はそう信じようとしていた。
人を死へ導く音。
その恐怖は、まだ終わってはいなかった。
容赦なく照りつける日差しと、空に向かって膨れ上がる入道雲。
そんな夏休みのある日のことだ。
「玲奈、十二日からおじいちゃんのところに行くからね」
母さんが、夕食の席で突然そう宣言した。
「えー、十二日は試合があるんだけど」
「試合に出られるのか?」
父さんが、横から口を挟んでくる。
「まだ一年だよ、無理に決まってるじゃん」
「そうか。それなら一緒に行こう」
「えー、〇〇町なんて何もないじゃん」
私が露骨に嫌な顔をすると、母さんがたしなめるように言った。
「おじいちゃん、玲奈に会えるってすごく楽しみにしてるから」
「父さんも、来月にはまた乗船だ。しばらくは帰れないからな、一緒に過ごそう」
「うー……わかった。監督に言っとく」
渋々頷きながら、私は少しだけため息をついた。
翌朝。
朝練に向かう私は、みんなより少しでも多く練習しようと、六時にはグラウンドに着くつもりで学校までの道のりを走っていた。
うー、朝なのにもう暑くなってきてる。
今日も、地獄の練習になるかも。
走っていると、すでに全身からじわりと汗が噴き出し始めていた。
一度足を止めて、水筒の水を飲む。
ん? あれ、なんだろう。
道の端っこに、砕けた小さなガラスのようなものが散らばっているのに気がついた。
そして、生い茂る雑草に隠れるようにして、一台のスマホが転がっていたのだ。
「玲奈ー!」
背後から、チームメイトの碧が走ってくる声がした。
「おはよ」
「何してんの?」
息を切らして追いついた碧が、私の足元を覗き込む。
「なんか、携帯が落ちてるんだよね」
二人で近くに寄って見てみる。
画面は割れておらず、壊れてはいなさそうだった。どうしよう。
拾ったところで、私にできることはないか。
よし、落とし主が探しに来たら困るから、見なかったことにしよう。
そう決めて、再び走り出そうとした、その時だった。
『……ピ……ピピ、ピー……』
足元のスマホから、ひどく変な音が聞こえた。
メッセージでも来たのかな?
それにしても、なんだか耳障りな変な音だ。壊れかけているのかもしれない。
あ、そんな場合じゃない。
一番にグラウンドに行かなきゃ。
私は落ちているスマホから意識を逸らし、碧と学校へ向かって走り始めた。
変な音だったねと碧と話しながら、先に着こうとお互いに、どんどん加速していった。
厳しい練習が終わり、私は監督に「お盆で十二日から祖父の家に行かないといけない」と伝えた。
「え、玲奈、試合来ないの?」
帰り道、碧が驚いたように聞いてきた。
「あー、碧。そーなの、お父さんがどうしてもって言うからさ」
「それなら、私が代わりに監督にアピールしとかないとね」
「まだ、さすがに一年では厳しいよ」
私たちは他愛のない冗談を言い合い、笑いながら歩いていた。
「あ、猫がいる」
ふと、道端に一匹の野良猫がいるのを見つけた。
「ホントだ、かわいー」
私がしゃがみ込むと、猫は人懐っこく近寄ってきて、私の足にスリスリと体をこすりつけてきた。
「めっちゃ人懐っこい! 碧、撮って、撮って!」
「猫好きだねー。私は苦手だけど」
「早く撮ってよ」
「はいはーい」
碧はスマホを取り出し、私と猫にカメラを向けた。
カシャッ。
「上手く撮れたよ」
「送って送って!」
「わかったから」
すぐに、私のスマホに碧からの画像データが送られてきた。
私はウキウキしながら、送られた写真を開こうとした。
ん?
これ、なに?
画面に映し出されたのは、私と猫の写真だけではなかった。
そこには、顔のない男?の写真が、ぽつんと一枚表示されていたのだ。
なにこれ?
「ねー、なんか変なDM来てるんだけど」
ふと、自分のスマホを見ていた碧が、怪訝な声を上げた。
「え、なに?」
「見てよ、これ」
碧が画面をこちらに向けた。
そこには、見知らぬアカウントからのダイレクトメッセージが表示されていた。
『石川碧さん。あんたは今、非常に危険な状態にある。いきなりこんなことを言っても、信じてもらえないのはわかっている。だけど、危険を感じたらすぐに返事をくれ。もし、身に覚えのない「写真」が増えたら、君の身に命の危険が及ぶ。……意味は、すぐに分かる。 保科勇気』




