36.田中 有紀10
電話口で保科勇気が残した、「墓参り」という言葉。
一体、なんのことだろう。
彼がどこで何をしているのか、少し気にはなった。
けれど、今の私の心を黒く塗り潰しているのは、そんなことではない。
……お父さん。
私の携帯を持ち出したお父さんは、一体誰にあの『音』を聞かせたというの。
どうしたらいいのかわからず、私は暗い部屋の中で膝を抱えていた。
梨花のお母さん……橘風花さんが電話で語った言葉が、頭の中で何度もリフレインしている。
『両親を殺して生き延びた人生は、最悪だったわ』
『幸せになればなるほど、いつか呪いが返ってくるんじゃないかって不安になったの』
『やがて娘の梨花とも会話がなくなり……そして、あの子は死んだ』
『私の人生は、完全に終わったのよ』
電話の向こうから聞こえてきたのは、血を吐くような後悔の声だった。
『くふふ……でも、よかったわね。あなたもこれから、私と同じ地獄が味わえるわよ』
私に向けられたその声は、悪魔の呪詛そのものだった。
ひどい話だった。
でも、私は通話を切られる前に、どうしても一つだけ聞いておきたかった。
あの不気味な着信音は、一体何なのかと。
『……あれはね』
風花さんは、ひどく冷たい声で教えてくれた。
『いじめの主犯だった橋田が、妹の花音に命じて作らせたものなのよ』
花音。三井、花音。
過去のいじめに加担し、謎の事故死を遂げたという女の子。
『当時、まだ中学生だった花音から頼まれてね。私がパソコンで、ある音声を電子音に変換して作ってあげたの』
『ある、音声……?』
『いじめられていた西本君が、「指名させてください」と、涙ながらに懇願した声よ』
全身の血が凍りついた。
いじめのターゲットを次へ移すための、悪魔の『指名』。
あの耳にこびりつく不気味なメロディの正体は、業火に焼かれて死んだ西本君の、絶望と屈辱に塗れた命乞いの声だったのだ。
『そんなものを作るのは気持ち悪かったけれど……花音が、あれがないと自分がいじめられると泣くから、仕方なく作ってしまったのよ』
どれだけ凄惨で、狂ったいじめだったのだろう。
話していると、彼女はまだ何か知っていそうだった。
『……もう少し、あなたが不幸になったら話しましょう。くふふ、あはははは!』
完全に狂ってしまった風花さんの笑い声と共に、電話は一方的に切られた。
そう、狂っている。
あの過去のいじめも、今起きている呪いも、すべてが狂っている。
……お父さん。
お父さんは、あの音を誰に聞かせたの?
お母さん? それとも、おじいちゃんやおばあちゃん?
私は、お父さんに聞かないとだめだ。
真実を暴いて、止めなければ。もうこれ以上、私のせいで犠牲者を増やすわけにはいかない。
でも。
もし、身代わりを誰も立てられなかったら。
……死にたくない。
暗闇の中で、自分の醜く身勝手なエゴに引き裂かれそうになりながら、私はただ声も出さずに泣き続けていた。




