32.保科 勇気11
車なんて持っていない俺は、電車を乗り継いでその街へ向かっていた。
だが、完全に甘かった。
現代社会において、電車の中でスマホのカメラを構える奴がどれほど多いことか。
景色を撮る奴、自撮りをする奴。
たとえ写真を撮っていなくても、ただ画面を操作しているだけのスマホのレンズが、すべて俺に向けられてるように見えてしまう。
車内は空いているのに、俺は誰のカメラの射角にも入らないよう、車両の端っこで小さく縮こまっていた。
次第に人も減り、何度かローカル線に乗り換えるうちに、電車はとうとう一両編成になった。
乗客はほとんどいない。
そして、その僅かな乗客も途中の無人駅で降りていき、ついに車内は俺一人だけになった。
こんな山奥に、本当に人が住む街なんてあるのか?
鬱蒼とした山あいのトンネルを抜けると、眼下に古ぼけた小さな町が現れた。
おー、確かに小さいけど町……いや、これはどう見ても『村』では。
まあいいか。
目的の駅に降り立つと、そこは絵に描いたような無人駅だった。
駅前を見渡すが、当然のようにタクシーなんて一台も停まっていない。
さて、どうしたものか。
途方に暮れていると、農作業着のような格好をしたおばさんが歩いてくるのが見えた。
あ、第一村人発見。
「すみません。駒田さんのお宅、知りませんか?」
声をかけると、おばさんは胡乱な目で俺を見た。
「どこの駒田さんだい?」
俺は、田中のおっさんから聞いていた情報を伝える。
「この辺りで地主みたいに、たくさん土地を持ってる駒田さんです」
「あ、その駒田さんなら……あそこに見えるお家だよ」
おばさんが指さした先を見て、俺は思わず息を呑んだ。
でかっ。
平屋建てのようだが、敷地が狂ったように広すぎる。
城壁のように長く続く白い壁が、その権力と異様な存在感を物語っていた。
お礼を言って、俺はその巨大な屋敷の入り口へと歩き出した。
――カシャッ。
背後から、不意にシャッター音が響いた。
俺は心臓を鷲掴みにされたように飛び上がり、バッと振り返った。
さっきのおばさんが、俺の背中に向けてスマホを構えていた。
「おばさん、今、俺を撮っただろ!」
血相を変えて詰め寄る俺に、おばさんはきょとんとした顔をした。
「何を言ってるんだい。……ほら、虹だよ」
おばさんが指さした方向を見る。
山の方角、にわか雨でも降ったのか、どんよりとした空にうっすらと虹がかかっていた。
おー、綺麗だ。……じゃなくて。
「自意識過剰な、スター気取りのお兄ちゃんだねえ」
おばさんはクスクスと笑いながら、スマホをしまって去っていった。
クソっ。いくらなんでも過敏になりすぎてるな。
恥ずかしさで顔を熱くしながら、俺は再び駒田家の玄関へと歩き出した。
だが。
歩きながらも、背中にこびりついたような嫌な悪寒がどうしても拭えなかった。
気になり、立ち止まって自分のポケットからスマホを取り出す。
震える指で画面のロックを解除し、写真フォルダを開いた。
……あ。
焼け爛れた、西本祐希の顔。
そこには、増えるはずのない四枚目の写真が、俺を嘲笑うかのように静かに鎮座していた。
あのおばさん……ッ!
俺は振り返ったが、もうあの老婆の姿は、田舎道のどこにも見当たらなかった。




