33.保科 勇気12
いや、待て。
さっきの老婆が撮ったと決まったわけじゃない。
電車の中かもしれないし、駅を歩いていた時かもしれない。
常にスマホの画面を確認しているわけじゃないんだ。いつの間にか、誰かのカメラの端に収まっていたとしても不思議はない。
うん、今更気にしても仕方ない。
俺は深く息を吐き出して気持ちを落ち着け、巨大な門の横にあるインターホンを押した。
『……はーい』
「すみません、保科勇気といいます」
『あ、田中君から聞いています。どうぞ』
ガチャリ、と重々しい機械音が響き、目の前の巨大な門が勝手にゆっくりと開いた。
この寂れきった村に、そぐわないオーバーテクノロジー。
その異様なアンバランスさが、かえって薄気味悪さを増幅させている。
俺は敷地内に足を踏み入れ、玄関までのやけに長い石畳を歩いた。
立派な引き戸の前に着くと、内側からスッとドアが開き、中年の女性が顔を見せた。
「どうぞ、入って」
駒田紬。
そう名乗った女性は、俺を広々とした応接室へと案内した。
「どうぞ、座って。お茶でいいかしら?」
「はい、ありがとうございます」
出された冷たいお茶に口をつける俺を、駒田さんは静かに見つめていた。
「さて。何が聞きたいのかしら」
「単刀直入に聞きます。当時の卒業アルバム、持ってますか?」
「ええ、そうだったわね。準備しているわよ」
駒田さんは立ち上がり、立派な戸棚から分厚い卒業アルバムを取り出して、テーブルの上に開いた。
「ここに、西本君の顔は……?」
「載っていないわ」
駒田さんは、ぽっかりと空いた個人写真のスペースを指差した。
いじめで死んだ生徒。学校側が配慮したのか、遺族が拒否したのか。
西本君の姿はなかった。
俺は自分のスマホを取り出し、画面を彼女に見せた。
「これ、西本君ですよね」
駒田さんは画面を覗き込み、小さく息を呑んだ。
「……うん。確かに、西本君だわ。懐かしい。でも……こんなに笑う人ではなかったけれど……」
写真の中の西本は、不気味なほど楽しそうに笑っている。
「どんな人だったんですか?」
「そうね……とても静かで。でも、とても意思の強い人だった。強すぎるくらいに」
駒田さんは、遠くを見るような目をした。
「いじめに対しても、ちゃんと『やめるように』と真っ向から言える人だったの。……黙って見ていた私たち周りの人間を、彼はどう思っていたのかな」
彼女の目に、深い後悔の色が滲む。
「もし会えるなら、謝りたいわ」
「過ぎたことは、どうしようもないっすよ」
俺はスマホをポケットにしまい、軽い口調で切り出した。
「ところで、俺、今その西本君に絶賛呪われてるんですけど。どうしたらいいと思います?」
「……え? どういう意味?」
「この写真、誰かに撮影されると増えていくんです。で、八枚貯まると死ぬらしいんですよ」
駒田さんは、呆れたような、ひどく困惑した顔で俺を見た。
「あなた……本気で言っているのよね?」
「冗談だったら、どんなにいいか。ガチの本気です」
「事実なら、あなた……かなり変よ」
駒田さんが引いているのがわかった。
死の淵に立たされている人間にしては、俺の態度はあまりにも軽すぎるのだろう。
「まあ、くよくよしないって決めてるんで。へへへ」
「そう……。私にはわからないけれど、もし本当にそれが『呪い』だと言うなら」
駒田さんの声が、ふいに低くなった。
「元を断つべきじゃないのかしら。西本君の怨念とか、わからないけれど」
「怨念、ですかね」
「そうかもしれない。私も初めは、いじめを注意していたの。でも……結局は見捨ててしまった。呪うなら、私にしたら良かったのに」
自嘲気味に笑う駒田さんに、俺は身を乗り出した。
「何か、知ってることあるんですか?」
「あなたとは直接関係ない話よ。でも……前に田中君にも言ったけれど、詳しいことは吉田君に聞くしかないわ。だって、彼は……あの自殺の現場にもいたはずだから」
現場にいた。
燃え上がる西本と橋田を、すぐそばで見ていたということか。
「ヤクザになってるって噂の、あの人ですね」
「ええ」
「どの人ですか?」
俺はテーブルに身を乗り出し、クラスの集合写真を覗き込んだ。
「……この人よ」
駒田さんの細い指が、後列に立つ一人の男子生徒を指し示した。
「あまり、ヤクザになりそうな感じには見えませんね」
写真の中の吉田は、どこにでもいるような平凡な顔立ちだった。
ただ、少しだけ口角を歪めて、薄ら笑いを浮かべているのが妙に鼻につく。
「調子の良い人だったわ。でも……性格は、あまり良くなかったわね」
駒田さんは忌々しげに目を細めた。
「ふーん……。あ、この横の人、めっちゃかわいいっすね」
俺の視線は、吉田の斜め前に写っている一人の女子生徒に吸い寄せられていた。
周囲のぼやけたような中学生たちの中で、その子だけが異様なほど目を引く。
整った顔立ち。明るく魅力的な笑顔。
「……この人が、三井花音さんよ」
駒田さんの声が、スッと温度を失った。
「あ……」
俺は息を呑んだ。
「死んだっていう……」
「そう」
勇気にはかわいい女の子にしか見えなかった。
「……やっぱり、ヤクザの吉田さんに会うしかないですかね」
俺は視線を逸らし、後頭部を掻いた。
「本当になっているかはわからないけどね。あとは、奏ちゃんなら何か知っているかもしれないけど……でも、無理ね」
「奏ちゃん?」
「西本君の妹よ」
「あ、その人なら昨日おじさんが電話で話しましたけど。精神科に行けって言われて、ガチャ切りされました。全然ダメでしたね」
「……やっぱり。西本君が自殺してから、あのご家族は本当に色々と大変だったから……」
駒田さんは痛ましそうに目を伏せた。
「一応、その妹さんの今の居場所だけ聞いていいですか?」
俺は立ち上がり、駒田さんを見た。
「あと……西本君の墓地の場所も」




