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呪音の連鎖 ―写真が八枚になったらもう終わり―  作者:
第一部

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28.保科 勇気10

 駅へと向かう帰り道、重い沈黙を引きずるように歩きながら、俺はふと思いついて口を開いた。


「おじさん。なんか当時のアルバムとか、持ってない?」


「卒業アルバムのことかい。……私は途中で転校して、あの街の学校を卒業していないからな。持っていないよ」


「だよなー。当時の住所とか顔がわかると、いろいろ探りやすいと思ったんだけど。……母さんは?」


 俺が隣を歩く母親に視線を向けると、母さんはサッと気まずそうに顔を背けた。


「……そりゃそうか」


 京子ちゃんの一件もある。あの忌まわしい街の記憶なんて、一枚たりとも残しておきたくないだろう。


 となると、手がかりは限られてくる。


「あの橘風花さんって人はもう完全にぶっ壊れちゃってるからだめだろうし。……さっきおじさんが電話してた、駒田さんって人はどうかな。当時のこと、何か知ってるんじゃない?」


「委員長なら、間違いなく卒業アルバムを持っているだろうな」


「それなら、明日その人のところに行ってみるかな」


「確か車で二時間半くらいかかる距離だ」


 おじさんの言葉に、母さんがハッとして立ち止まった。


「勇気……私、明日はどうしても外せない仕事だから、ついていけないんだけど……」


 仕事。

 その単語を聞いて、俺も現実へと引き戻された。


「あ、やべ。俺も明日仕事だ」


「でも、今は仕事どころではないわよね。前日の連絡で、有給なんてとれるかしら……」


 母さんが心配そうに眉を下げる。


 自分の職場である小さな会社の顔ぶれを思い出す。


 ただでさえ常に人手不足で、今もギリギリで回している状態だ。


 1日ならまだしも、数日休むだけで確実に大変なことになる。


「……何を言っているんだい、勇気くん」


 不意に、ひどく明るい声が響いた。


 振り返ると、田中のおっさんが、焦点の合わない暗い瞳で俺たちを見つめていた。


「仕事なんて、世の中にいくらでもある。そんなもの、すぐに辞めればいい」


「いや、でも……結構苦労して入った会社なんで。それに、生活もあるし」


 俺は少し戸惑いながら尋ねた。


「もしかして、おじさんは仕事辞めたんですか?」


「辞めてないよ」


 おっさんは即答した。


「休みも、有休と特別休暇を合わせれば五十日くらいあるからね。それに……『仕事』をしていた方が、有紀にたくさん残せるじゃないか」


 たくさん残せる。


 その言葉の真意に気づいた瞬間、心臓を氷の刃で撫でられたような悪寒が走った。

 

「おじさん……でも、確かに仕事がどうとか言ってる場合じゃないですね。命には代えられない」


 俺は無理やり思考を切り替え、腹をくくった。


「じゃあ、明日の朝イチでその駒田さんって人のところに行ってきます。おじさんも一緒に……」


「済まないが、私はパスさせてもらうよ」


 おっさんは静かに首を振った。


「あまり長く、有紀から離れていたくないんだ。いつあの呪いが進行するかわからない。私はこちらでできることをする。委員長……駒田さんには、私から連絡はいれておこう」


 お互いに何か分かれば情報交換をすることを約束し、俺たちは駅の改札前で別れることになった。


「母さんも、ここでいいよ。気をつけて帰って」


「勇気……」


 母さんは、すがりつくように俺の体を強く抱きしめた。


 震える腕の力が、痛いほど背中に食い込む。


「いざというときには、いいんだからね。私のことは、気にしないで……」


 またその話か。


 耳元で囁かれた呪いのような愛情の言葉を背中で受け流し、俺は黙って母さんを電車へと見送った。


 一人になった駅前で、俺は大きく深呼吸をした。


「さーて。電話しとこうかな」


 スマホを取り出し、会社は休みだが、直属の課長の携帯番号をタップする。数回のコールの後、不機嫌そうな声が返ってきた。


『……もしもし。ああ、保科か。休みの日にどうした?』


「お疲れ様です、課長。急ですみません。明日から、俺の有給を全部消化させてもらえませんか?」


『はあ!?』


 電話の向こうで、課長が素っ頓狂な声を上げた。


『急にどうしたんだお前。さすがに全部いっぺんには難しいぞ。分かるだろ、今のうちの会社の状況は。それに引き継ぎも……』


「……ですよね」


 どこまでも日常的で、常識的な社会人の返答。


 だが、俺の日常は、すでにそんな常識が通用する世界から完全に切り離されてしまっていた。


「無理なら、クビにしてください。失礼します」


 俺は一方的に通話を切り、スマホをポケットに突っ込んだ。


 西に傾きかけた夕日が、駅前の風景を血のように赤く染め上げていた。


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