22.保科 美子1
張り詰めた空気が漂うリビングに、悠聖君の奥さんがお盆を持って入ってきた。
カチャリと、ソーサーとティーカップがテーブルに置かれる音が、ひどく無機質に響く。
「……わざわざ、ありがとうございます」
「まあ。美味しそうなお菓子ね」
私は出されたお茶菓子を見て、無理に作ったような微笑みを浮かべた。
だが、目の前に座る有紀ちゃんが、のんびりとお茶など飲んでいられる心理状態ではないことは明らかだった。
今この瞬間にも、彼女のスマホの中ではあの気味の悪い写真が増殖し、死へのカウントダウンが進んでいるかもしれないのだから。
「すみません。西本さんの話、他には何か知りませんか」
有紀ちゃんが食い気味に問い詰めてきた。私はゆっくりとカップを置いた。
「……そうだったわね。ごめんなさいね。私ものんびりしている場合じゃなかったわ」
伏し目がちに呟き、私は隣に座っている自分の息子――勇気へと視線を移した。
「私も、あくまで噂程度のことしか知らないの。でも、多分おおよそは合っていると思うわ。……勇気、あなたには京子のことも、今までずっと隠していたわね」
「……え? 京子って、誰だよ」
勇気が目を丸くして戸惑っている。
無理もない。自分の母親がかつて別の家庭を持ち、そこで自分とは別の娘を亡くしているだなんて、思いもしなかったはずだ。
「だから、私自身、この過去についてはあまり話したくなかったのだけど……。でも、また自分の子どもを失う可能性があるなら、私は何だってやるわ」
私の声には、自分でも驚くほど静かで確かな覚悟が滲んでいた。
そして、有紀ちゃんと悠聖君を真っ直ぐに見据えて、重い口を開いた。
「西本君と橋田君の焼身自殺は、紛れもない事実よ。でも、あの小さな閉鎖的な町でしょ。あまりにも凄惨な事件だったから、大人たちはさっさと臭いものに蓋をしてしまったの」
いじめを苦にした道連れの焼身自殺。
あの焼け爛れた写真を思い出し、悪寒がした。
「娘の京子が……死んでから、私は夫とうまくいかなくなって……離婚して、あの街を離れたわ。多分、私たちと同じように、他の人たちもあの気味の悪い街を離れているかもしれないわね」
「そんな……じゃあ、もう当時のことを知る人は誰も……」
「私から言えるのは、そこまでよ。ただ……」
絶望しかけた有紀ちゃんを遮るように、私は自分のスマホを取り出した。
「当時のクラスは、二十人くらいと少なかったでしょう。当時の連絡網、私のところの班が携帯に保存したまま残っていたわ」
指で画面をスクロールし、いくつかの名前を表示させる。
「駒田さん、吉田さん……そして、西本君の実家よ」
西本君。
呪いの元凶とも言える、あの焼け死んだ少年の実家の電話番号。
「実家に電話をすれば、何かわかるかもしれないわ」
「今から……かけてもいいですか」
有紀ちゃんが身を乗り出した。
恐怖よりも、とにかく早くこのわけのわからない死の連鎖から抜け出したかったのだろう。
「もちろんよ。今、番号を書くわね」
私はバッグからメモ帳とペンを取り出し、さらさらと三つの電話番号を書き記した。
それを受け取った有紀ちゃんは、震える手で自分のスマホを握りしめる。
「……まずは、駒田さんに」
さすがに、いきなり西本の実家にかける勇気は出なかったようだ。
彼女が発信ボタンを押そうとしたその時、横から大きな手がスッと伸びてきて、そのスマホを遮った。
「有紀。私がかけよう」
悠聖君だった。
険しい顔つきのまま、悠聖君は私の書いたメモを手に取る。
「そっちの方が話が早いだろう。なんて言ったって、私は当時の彼らの『クラスメイト』だったんだからな」
悠聖君のその言葉は頼もしかったが、同時に、逃れられない過去の因縁に自ら足を踏み入れていくような、ひどく不吉な響きを帯びていた。




