21.田中 悠聖2
橋田が死んだ? あの橋田が。
電話口で告げられた事実に、私は頭を殴られたような衝撃を受けていた。
中学時代、私を標的にして執拗にいたぶっていたのは、橋田という男だった。
私が逃げるように転校した後、まさかあの西本が次の標的にされていたなんて。
そして西本が、あの恐ろしい橋田を道連れにして焼身自殺を図ったという凄惨な結末に、背筋が凍る思いだった。
だが、今はそんな過去の悲劇に驚愕している場合ではない。
私はひどく乾いた唇を舐め、電話越しのおばさんに、現在の有紀の状況を必死に説明した。
娘のスマートフォンに、削除できない見知らぬ中学生の写真が増え続けていること。
その写真が、亡くなったはずの西本祐希であること。そして、同じ現象に見舞われていた有紀の親友が、昨日不可解な死を遂げたこと。
頭がおかしくなったと思われるのは覚悟の上だった。
それでも、過去の因縁に触れているおばさんなら、何か解決の糸口を知っているかもしれないと縋るしかなかったのだ。
しかし、受話器の向こうの反応は、私の予想を遥かに超えるものだった。
『……そんなこと……まさか……』
息を呑む音。そして、ガタッと椅子から立ち上がるような激しい物音が響いた。
『ちょっと待ってて!』
「え? おばさん?」
電話口から、ドタドタと慌ただしく階段を駆け上がる音が聞こえる。
私はスマホを耳に押し当て、遠くから聞こえてくる切羽詰まった声に耳を澄ませた。
『勇気! さっきの写真、もう一回見せて!』
『は? なんだよ急に、母さん』
『いいから早く! ……やっぱり、西本君なの!?』
遠くで交わされる母息子のやり取りに、私は絶句した。
心臓が、嫌な音を立てて早鐘を打ち始める。
ドタドタと再び階段を駆け下りる音がして、荒い息遣いが受話器に戻ってきた。
『……悠聖君』
「はい」
『うちの息子の携帯にも、その西本君の写真があるの。……今すぐ、会えないかしら』
震える声での申し出に、私は二つ返事で頷いた。
「もちろんです。ただ、娘は極度の恐怖状態で、外に出すことができません。そちらに伺うのは私だけになるか、あるいは……」
『それなら、息子と二人でそちらに向かうわ。住所を送って』
一方的にそう告げられ、通話が切れた。
私はすぐに自宅の住所をメッセージで送り、有紀と共に重苦しい沈黙の中で二人を待った。
呪いの連鎖は、私が全く知らないところでも確実に広がっていたのだ。
一時間ほど経った頃、静まり返ったリビングにインターホンの音が鳴り響いた。
私が重い足取りで玄関のドアを開けると、そこには、少しやつれた面影のある年配の女性と、その後ろに立つ二十代半ばくらいの青年がいた。
「……お久しぶりです」
「大きくなったわね、悠聖君。……はじめまして悠聖君のお嬢さん、保科美子です」
保科美子。それが、下田京子さんのお母さんの現在の名前だった。
美子さんは、私の背後に隠れるようにして立っている有紀を見て、痛ましそうに目を細めた。
「はじめまして、田中有紀です。……あの、お願いがあります」
有紀は、青ざめた顔で美子さんと青年に向かって懇願した。
「絶対に、撮影はしないでください。スマホのカメラは向けないで」
「撮影? ……ええ、わかったわ。約束する」
美子さんが静かに頷いたその時、後ろに立っていた青年が、幽鬼でも見るかのような目で有紀を凝視した。
「田中有紀って……嘘だろ」
青年は、信じられないものを見るように後ずさり、震える声で呟いた。
「本当かよ、こんなこと……」
「勇気? どうしたの」
美子さんが振り返るが、青年――保科勇気は、顔面を蒼白にして有紀を指差した。
「俺、保科勇気だ。……田中有紀さん、俺に電話くれたよな?」
「え……?」
「携帯は、言われた住所に送ったよ。あんたの親友の、あの携帯……」
有紀の目が、限界まで見開かれた。
あの呪いの携帯を拾い、詐欺だと疑って電話を切ったという得体の知れない男。
それが、何かに導かれたように、今、私たちの目の前に立っている。
冷たい風が玄関を吹き抜け、全員の背筋を凍らせた。




