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写真を八枚にしてはいけない  作者:


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20/23

20.田中 悠聖1

 電話口から漏れたその呼び方に、私の脳裏の奥底に沈んでいた古い記憶が微かに刺激された。


 同級生だった下田京子さんは、私のことをいつも「田中君」としか呼ばなかった。


 私のことを「悠聖君」と冗談めかして呼んでいたのは、当時、ひどく若々しくて綺麗だった京子さんの母親だけだ。


 今の低く掠れた声には時の流れを感じるが、間違いない。


「……おばさん、ですね。お久しぶりです」


『ああ……覚えていてくれたのね。本当に、久しぶりね』


 電話の向こうで、張り詰めていた空気がわずかに緩んだ気がした。


『小学校の時は、よくうちに遊びに来てくれていたわよね。懐かしいわ』


「はい。その節は、大変お世話になりました」


 隣で不安そうに見上げる有紀の肩を抱き寄せながら、私は努めて穏やかな声を出した。


 そして、ずっと喉の奥につかえていた謝罪を口にする。


「京子さんのこと……最近まで知らずにいて、本当にすみません」


『…………』


 短い沈黙があった。


『……少し、待ってくれる?』


 電話の向こうで、バタン、とドアを開ける音がした。


 続いて、トントンと階段を降りていくような足音。


 奥の方で、何かを尋ねるような男の声が微かに聞こえる。


 今の旦那さんだろうか。


『ちょっと大切な用件なのよ。後にして』


 おばさんが男にそう答える声が聞こえ、再び別のドアが閉まる音がした。


 ふう、と深く重い息をつく気配が、スピーカー越しに伝わってくる。


『……もう、いいのよ。もちろん辛かったけれど、私も再婚して、子どもも一人できたの。あの子のことを忘れることは絶対にできないけれど……それでも、少しずつ前に進んでいるわ』


「そうでしたか……」


 それを聞いて、私は少しだけ安堵した。


 しかし、同時に強い罪悪感が胸を締め付ける。新しい生活を歩み始めている彼女に、忌まわしい過去の記憶を掘り起こさせようとしているのだから。


「そんな状態でお聞きするのも本当に心苦しいのですが……どうしても、聞かなければならないんです」


 私は息を呑み、有紀の震える手を強く握り返した。


「西本祐希君って、いましたよね。……彼のその後のこと、何か知りませんか」


『…………』


 途端に、電話越しに落ちたのは、先ほどまでとは比べ物にならないほど重く、冷たい沈黙だった。


 部屋の温度が、一気に数度下がったかのような錯覚に陥る。


『……本当に、何も知らないのね』


 やがて聞こえてきたおばさんの声は、ひどく乾いていた。


『あの街で聞けば、知っている人はそれなりにいると思うのだけど』


「え……?」


『西本君は、死んだわ』


 死んだ。


 その三文字が、鋭い氷の刃のように鼓膜に突き刺さった。隣で、有紀がヒッと短く悲鳴を上げる。


『橋田君を道連れにして……焼身自殺をしたと聞いているわ』


 焼身自殺。道連れ。


 あまりにも凄惨な言葉の羅列に、私は絶句した。


 西本祐希は、ただ死んだだけじゃない。いじめの主犯格だった橋田を巻き込み、自らの身を炎で焼き尽くすという、最も苦痛を伴う最悪の形で命を絶っていたのだ。


 じゃあ、有紀のスマホに写り込んでいる、あの西本祐希の姿は。


 怨念とでも言うのか、馬鹿な。


 そう思いながらも、背筋を這い上がる恐怖に、私はしばらく言葉を発することができなかった。


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