19.田中 有紀5
玄関のドアが開く音がした。
お父さんが帰ってきたのだ。私は階段を駆け下り、すがりつくようにしてお父さんの元へ飛び込んだ。
何か、あの呪いの写真から逃れる手がかりは見つかったのか。少しでも西本祐希の行方がわかったのか。
祈るような気持ちで見上げた私に、お父さんはひどく渋い顔を向けて首を振った。
「……すまない。昔の連絡網は、さすがに残っていなかったよ」
目の前が真っ暗になった。
唯一の希望が絶たれ、膝から崩れ落ちそうになる私を、お父さんが慌てて支える。
「ただ、手ぶらで帰ってきたわけじゃない。ばあちゃんに当時の話を聞いたら、下田さんという女の子の家と付き合いがあったらしくてね」
「下田さん……?」
「ああ。まあ、父さんの初恋の人だったのもあるんだが……本を貸し借りしたりもしてね」
こんな時に、昔の初恋を思い出して少し頬を緩めているお父さんに、正直言って薄気味悪さすら覚えた。
私が今にも死にそうになっているというのに、過去の甘酸っぱい思い出に浸っている場合じゃない。
「そんなことよりも、連絡先は!? 何か分かったの!?」
私が声を荒らげると、お父さんはハッとして表情を引き締めた。
だが、その顔には深い戸惑いが浮かんでいる。
「それがな。下田さんのお母さんの連絡先はわかったんだが……」
「なら、早く連絡して!」
「……下田さんはね、下田京子さんというんだが。自殺していたらしいんだ」
空気が凍りついた。
自殺。また人が死んでいる。あの西本祐希という男の子に関わっていた人間が、自ら命を絶っているのだ。
偶然とは思えなかった。あの気味の悪い呪いに巻き込まれたとしか思えない。
「だから、そのお母さんにいきなり連絡していいものか、少し悩んでいてね。娘の死を蒸し返すようなことになりかねないし……」
「わかった。だったら私が連絡するから、番号を教えて!」
「いや、待て待て。お前が一人で抱え込むことじゃない。父さんがするから、慌てるな」
私がスマホを奪い取ろうとするのを制し、お父さんは観念したように自分のスマホを取り出した。
重苦しい沈黙の中、お父さんの指がゆっくりと番号を打ち込んでいく。
スピーカーにして、と私が無言で促すと、お父さんは頷いて画面をタップした。
プルルル、プルルル。
無機質なコール音が、静まり返ったリビングに響き渡る。
どうか、出てほしい。手がかりを教えてほしい。祈るように手を組んだ私の耳に、ガチャリ、という受話器の上がる音が聞こえた。
『……もしもし、保科ですが』
くぐもった、少し年配の女性の声だった。
保科?
お父さんは一瞬、きょとんとした顔をした。おばあちゃんから聞いたのは『下田』の家のはずだ。番号を間違えたのだろうか。
「あの、失礼ですが……そちら、下田さんではないですか?」
電話の向こうで、かすかに息を呑む音がした。
少しの間の後、警戒するような、低く硬い声が返ってくる。
『……離婚しましたので。どちら様ですか?』
お父さんの顔が強張った。
お父さんは一度私と目を合わせ、唾を飲み込んでから口を開いた。
「申し遅れました。私、〇〇中学で同級生でした、田中悠聖と申します」
ピタリ、と。
電話越しの気配が、完全に消えた。
まるで、電話口で心臓が止まってしまったかのような、不自然で異様な沈黙。
やがて、絞り出すような震える声が聞こえてきた。
『……田中……悠聖……悠聖君?』




