13.保科 勇気6
さて、どうしたものか。
わざわざ指定された住所に送るのか?
まあ、送ってしまえばこの不気味な携帯とも縁が切れるし、面倒はなくなるよな。
でも、「死んでいる」って……いくらなんでも冗談だよな。悪質なイタズラか何かだ。さすがにありえない。
ピロン、と俺のスマホが鳴った。
さっきの『田中有紀』からのメッセージだ。送り先の住所と宛名が記載されている。
見ると、ここから電車で少し行ったあたりの場所だった。結構近いな。
ふと、名案を思いついた。
拾った携帯の電話帳を見れば、自宅の住所が登録されているんじゃないか? 俺って天才かも。
さっそく拾った携帯を開き、連絡先を調べる。
あら、住所は載ってないな。だが、『自宅』という名前で固定電話の番号が登録されていた。
ここにかけて住所を確認すれば完璧だな。
有紀とかいう奴が送ってきた住所と一致すれば、ただの落とし物として返せるし、詐欺かどうかもハッキリする。
俺は迷わず発信ボタンを押した。
プルルル、プルルル。
数回のコールの後、ガチャリと受話器が持ち上がる音がした。
『……はい。橘で……』
「あ、もしもし」
『え……? 梨花? 梨花なの!?』
鼓膜を劈くような、ひどく切羽詰まった女の人の声だった。
『梨花なんでしょ!? ねえ、どこにいるの! お願いだから何か言って!』
「えーと……」
うわ、なんだこのおばさん。ヤバいぞ。
半狂乱というか、何かにすがりつくような異様なテンションだ。思わず通話を切ろうとスマホを耳から離しかけたが、さすがに無言で切るのは気が引けた。
「すみません、もしもし……」
『……え?』
ピタリ、と電話の向こうの空気が止まった。
息遣いすら聞こえない、不自然なほどの静寂。
『……あの、どなたですか?』
さっきまでの狂乱が嘘のような、ひどく冷たく、平坦な声だった。
急激な温度差に背筋が寒くなりながらも、俺は努めて事務的に用件を伝えた。
「あ、この携帯を拾った者です。落とし物としてお返ししたくて、登録されていたご自宅に電話をかけました」
『……ああ、そうでしたか。そうですよね。ありがとうございます』
おばさんの声は、不気味なほど淡々としていた。
娘の携帯が見つかったというのに、安堵するでもなく、ただ機械的に言葉を発しているような感じだ。
俺は早口で住所を聞き出した。
……田中有紀から送られてきた住所と、一言一句間違いない。
「わかりました。では、そちらに郵送しておきますので」
『……ええ。わざわざ、ご丁寧に……』
底知れない薄気味悪さに耐えきれず、俺は逃げるように通話を切った。
すぐにスマホを小さな箱に梱包し、近くのコンビニから指定された住所へと発送した。
店員に荷物を渡し、自動ドアを抜けて外の空気を吸い込むと、ようやく肩の荷が下りた気がした。
これで終わりだ。変な携帯も手放したし、もう関わることはない。
歩きながら、ふと考える。
住所は本物だった。電話に出た母親の様子も、明らかに『娘が死んで精神を病んでいる』人間のそれとも思える。
……え?
じゃあ、あの田中有紀とかいう高校生が電話で言っていたことは。
親友の本人は死んでいる。
写真が増えているなら、危険が迫っている。
そして。
『絶対に、写真に撮られないでください。自撮りも、他の人の写真に写り込むのもダメです』
俺の足が、ピタリと止まった。
全身の血の気が一気に引いていく。
もし、あれが全部本当だとしたら。
あの写真が増えるという異常な現象が、紛れもない現実だとしたら。
俺はコートのポケットから、自分のスマホを震える手で取り出した。
画面のロックを解除して、写真フォルダを開くのが、恐ろしくなった。




