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第3話 ピラニアに敗れる

麻衣の部屋では、再び「軍議」が開かれていた。


「二人きり作戦は失敗した。

次は『行軍』……つまり、グループデート作戦で行こう」


颯太の提案に、麻衣は目を丸くした。


「デート作戦って、あのデート?」


「他にどんなデートがあるんだ」


「無理無理、生徒会室よりハードル高いじゃん」


麻衣があきれ顔で颯太を見た。

颯太は淡々とノートを広げ、説明を始める。


「生徒会の親睦会という名目で、僕が全員を誘っておく。

そこで麻衣の魅力を最大化させるんだ」


「どこでアピールするのよ」


「それを今から考える。麻衣の魅力が、最も輝く場所をな」


颯太が真顔で言うので、麻衣は少しドキッとしてしまった。


「わたしの魅力かぁ……」


麻衣は鏡を覗き込む。


「もうちょっとこの鼻が高かったら、美人になれるのになぁ」


コンプレックスを指で押し、溜息をつく。


「僕は、いいと思うよ。その丸い鼻」


背後から颯太の声がポツリと響いた。


「……颯太に褒められてもねぇ」


麻衣はわざとつれない返事をした。

けれど、胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じていた。


結局、行き先は麻衣の希望で水族館に決まった。


「麻衣が楽しそうに笑うのが、一番の魅力かもしれないな」


(ちょっ、一番の魅力って……)


颯太の追い打ちのような言葉に、麻衣は顔を赤くする。


「颯太もようやく、私の魅力に気づいたみたいね」


動揺を隠すために、わざと冗談ぽく声を高めた。

颯太は、気にする風でもなく淡々と続ける。


「さて、重要なのは目的地だけじゃない。

孫子も『行軍はよく覆索ふくさくせよ』

――つまり、移動でも事前調査と準備を徹底しろと言っている」


「どうすればいいの?」


「みんなには、現地集合と言っておく。

麻衣は駅で星野を待ち伏せして、二人で会場に来るんだ。

これで周囲にカップルのようなイメージを植え付ける」


「お主、悪よのぉ……」


麻衣は悪戯っぽく笑い、軍師の策略に乗ることにした。




***




作戦当日。

まだ少し肌寒さの残る初夏の朝。


麻衣は、早起きして鏡の前に立っていた。


普段の彼女なら、動きやすさ重視のTシャツにデニムが定番だ。

それに、履き潰したスニーカーを合わせればコーデは終わり。


けれど今日は「作戦」の日。

麻衣が選んだのは、透け感のある白いコットンブラウス。

アクティブな印象を与えるスカイブルーのショートパンツだった。

足元には、新品に近い白い厚底のスポーツサンダルを合わせる。


これなら、水族館の順路を歩いても疲れない。

初夏の光によく映えるはずだ。


いつもは後ろで適当に束ねている髪の位置を、何度も変えてみる。

合わせ鏡で、入念にチェック。


(ここが、一番似合ってる)


サイドも、さりげなく小さなヘアクリップで留める。

朝の光が、髪の上で艶やかに跳ねた。


(よし。やりすぎじゃないけど、ちゃんと可愛いはず!)




***





少し早めに家を出て、駅のホームに立つ。

自分の姿が、人混みの中で少しだけ浮いているような気がする。

麻衣は落ち着きなく、あたりを見回した。


やがて、向こうから見慣れた背の高い人影が現れた。

麻衣は深呼吸を一つして、何げない素振りを装って声をかける。


「おはよう、星野くん。偶然ね!」


「おはよう、香川さん。……えっ、驚いたな」


燎生が目を丸くして麻衣を見た。


(よし、第一印象の好感度は合格)


麻衣は内心でガッツポーズをした。


手応えを感じながら、電車に乗り込む。

しかし、車内で燎生が首を傾げた。


「香川さん、一体どうしたの?」


「え、何のこと?」


(えっ、わたしのかわいさに驚いていたんじゃないの?)


「だって、香川さんの家、こっちの路線じゃないよね?

逆方向じゃないかなって」


麻衣の思考が停止した。

近くの乗り換え駅を通り過ぎてから声をかけるはずだった。

しかし、嬉しさのあまり早まってしまったのだ。


「あ、あはは……乗る電車、間違えちゃったみたい!」


苦しい言い訳に、車内には気まずい沈黙が流れる。

結局、そのまま会話は弾まず、二人は水族館に到着した。


待ち構えていた颯太が、小声で囁く。


「どうだった? 待ち伏せ作戦は」


「最悪!」


麻衣はそれだけ返して、足早に歩き出した。

颯太は訳が分からず、きょとんとして立ち尽くしていた。




***




「次は覆索ふくさく作戦、その二だ。

通路の狭い場所で親密度を上げるんだ」


背後から追ってきた颯太が念を押す。

麻衣は気を取り直して燎生のそばに歩み寄った。


水族館の薄暗い通路は、確かに距離を詰めやすい。

肩が触れ合うたびに、麻衣の心拍数はいよいよ高くなる。


(こっちから手を繋ぐのは、流石に大胆すぎかな……)


そんなことを考えているうちに、クラゲ展示ゾーンに入った。


「同じ方向を向いている時の会話は、本音が言いやすい」


颯太のアドバイスを思い出し、麻衣は必死に言葉を探す。


「あのクラゲ、星野くんみたい」


素敵、と言ったつもりだった。

しかし、燎生はちょっと眉間にしわを寄せた。


「俺って、そんなにふわふわしてるかなぁ……」


「あ、違うの!」


カッコいいって意味で、と言い直そうとした瞬間。

前を歩くメンバーから歓声が上がった。


「すげぇ! ピラニアの給餌ショーだってよ!」


「えっ、俺も見る」


燎生は目を輝かせ、無邪気に走り去ってしまった。




***




「接近失敗……」


力なく立ち尽くす麻衣の隣に、急に颯太がすっと現れた。


「きゃっ!」


「しっ、水族館では静かに」


「あんたが急に出てくるからでしょ!」


小声で憤慨する麻衣だったが、燎生はもう見えない。

結局、麻衣と颯太の二人で順路を回ることになった。


幼馴染でも暗い通路を二人で歩くのは、なんだか落ち着かない。


「隊列は乱れるものだ。

『敵が夢中になるものには注意しろ』と言っただろ」


「……そんなの、分かってるわよ!」


むっとして言い返した。


颯太は、笑いながら麻衣の隣を歩く。


「もう、笑っている場合じゃないでしょ」


もっと文句を言いたかったが、なんだか毒気が抜けてしまった。

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