死者の夢と夢の無い生者
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俺は弟の冷たい手の感触を感じながら、今までの人生を振り返ってみた。
人生って云ったって、たかだか十七年だが。
親父がいなくていじめられた事。
母がケバいナリして飲み屋で働いているのをからかわれた事。
勉強が出来なくていつもバカにされていた事。
……ちくしょう、ロクな思い出無ぇな。
しかし明良は何やってんだ? 乗っ取るんならとっとと乗っ取ればいいのに。
そう思い、明良の顔を見た。いや、あんまり見たくなかったが。
明良は泣いていた。泣いているんだろうこれは。剥き出しの眼球から水が湧き出て落ちる。涙腺はどうなっているんだ? と云うのは考えるのよそう。
「今……気付いたんだけど」
声がいわゆる“涙声”になっている。やっぱり泣いているんだ。
「な……なんだ?」
「お兄ちゃんいなくなるの厭だ。やっぱり助けるのやめていい?」
「はあっ?」
つまり明良は恨みとかそういうの全く無しで、俺をこの世から消す事を本気で“助ける”事だと思っていたのか?
俺が冗談で云った“死にたい”を額面通りに捉えていたのか?
「僕、人殺すの恐いよ。いいよ、今のままで」
幽霊ともあろう者が何云ってるんだ? 明良はしくしくと泣きながら、脱ぎ捨ててあった帽子を拾い、被った。
「そりゃ、ちゃんとした顔も欲しい、脳味噌も半分借りるんじゃなくて丸々一個使いたい。でも、お兄ちゃんとパン半分こして食べるのが出来なくなるの厭だよ」
こいつ……やっぱりイイ奴なんだ。でもちょっとバカなのはやっぱり俺の脳借りてるからか?
思えば親父も母も、コイツに触れてやらなかったんだ。唯一触れた肉親は俺だけだ。あの手の温もりに魂がすがりついてきたのは今となっては何の不思議もない事のように思えた。
「アキラ、お前、俺の身体使えたら何がやりたかったんだ?」
帽子の下から滝のように涙が溢れてる。その顔を見ながら訊いた。
「いっぱい勉強して、偉いお医者さんになって、無脳症の治療法や予防法を研究する」
俺はそれを訊いて、頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。 そして大した努力も勉強もしないくせに“どーせ俺はバカなんだ”とふてくされてグレた自分を心底恥じた。
「いいよ、明良、この身体お前が使えよ」
「えっ?」
どうせ俺はこの先大した人生歩めないだろう。でも、明良ならこの出来の悪い脳味噌をフルに使って人から尊敬される研究を成し遂げそうな気がする。いや、絶対にそうだ。
「駄目だよ! お兄ちゃんが居なくちゃ、僕誰とパン半分こするの? 今のままでいいよ」
「それは……友達を作ればいい。お前はきっと好かれるから友達一杯出来るぞ」
そうさ“悪い友達”じゃない。“良い友達”沢山作るんだ。
「お兄ちゃん……」
さよなら、やっと会えた弟。
さよなら、俺の大した事なかった人生。




