言葉の意味と成長する幽霊
◇
もう一度空間が歪み、気付いたら元に戻っていた。つまり、赤ん坊のビン詰めの前に俺とアキラがいる状況。
「今の……何なんだ?」
いや解ってる。このビン詰めの赤ん坊の、俺の弟の記憶。
「脳が無いのに“記憶”なんておかしいと思うでしょ? でも、もう死んじゃったんだから脳なんて関係ないんだよ“魂”は確かに在ったんだから」
涙が出て来た。恐い、悲しい、やるせない、そんなどうしようもない感情に襲われ、涙が出て来た。
魂が在るのなら弟は、一目見るなり発狂した親父を憎んでいるだろう。こんな状態で産まれて来ると知りながら、自分を産んだ母をも恨んでいるかもしれない。
そして、五体満足で産まれながら、出来の悪い、悪い道へずるずると入って行った兄を恨んでいるだろう。
「だから、助けてやるよ」
「えっ?」
そういえば、アキラは始めて会った時そう云った。
言葉通りの意味に取っていたが、それってもしかして……
いや、アキラはやっぱり、俺の弟の明良なのか? でも、明良はそこでビン詰めになって……
混乱していると、アキラはトレードマークのデカい帽子に手をかけた、そして、それをゆっくりと脱いだ。
最初に見えたのは大きな眼だ。剥き出しの眼球だ。
帽子が完全に取られてもそれしか見えなかった。そう、顔半分が無かったのだから。
「あらためて、初めまして、弟の明良だよ。お兄ちゃん」
胡麻崎達が廃人になった訳……これだったのか。
それは物凄く異様な姿だ、ハリウッドの特殊メイクアーティストもココまでは出来ないだろうと云うくらい。
ギョロギョロと動く眼が異様さを増強している。それ以前に、脳が無いのに何で動いていられるんだ? と云う常識を覆す事実。
「脳って、実は全部使われているんじゃないんだよ、三分の一……いや、半分は眠ったままなんだって」
ギョロギョロと眼を動かしながら“明良”が云う。しかし、脳が無いのに何でそんなに物知りなんだ?
「だからね、僕、死んだ瞬間に、お兄ちゃんに乗り移って、お兄ちゃんの“眠っている脳”を使わせて貰ってたんだ。お兄ちゃんは、あの万引きの日に僕と初めて会ったと思っているかもしれないけど、僕はずーっとお兄ちゃんと一緒に居たんだよ」
「え……それって」
俺は弟が産まれて死んだあの日から、ずっと弟に憑かれてたと云う事か?
いや、それ以前に、この目の前にいる明良は一体何だ? その答えは知っている。でも“常識”がそれを否定する。
「僕は、お兄ちゃんが見ているこの僕は世間一般に云うところの“幽霊”だよ。びっくりした?」
幽霊って、もっとこう、透き通っているとか、存在感が希薄とか、特定の人にしか見えないとかが“常識”なんじゃないか? 本屋の店員も鮫島も胡麻崎達も皆明良を見た筈だ。胡麻崎達に至っては見えたからこそあの惨事になったんじゃないのか? しかもコイツ、コンビニや売店で買い物までしたじゃないか。
「十五年も幽霊やってると、幽体の質量は自由に変えられるんだよ。そんな事より」
明良は俺の頭に手を伸ばし、頭の登頂をがっしりと掴んだ。 その手は冷たくて、しっとりと濡れていた。成る程、幽霊の手ってこんな感触なのか。あんまり良い感触ではない。
「お兄ちゃん、自分の事“出来損ない”って云ってたでしょ? 生きていてもしょうがない、死にたい。って、だから助けてあげるよ」
「それは……つまり……」
厭な予感がした。“死にたい”だって本気で云った訳じゃない。
この時ほど、重い言葉を冗談まじりで軽々と口にする自分のバカさ加減に嫌気がさした事は無い。
つまり明良は、“死にたいと思ってるなら殺してあげるよ”と云いたいんだろう。
「うん、そう、そしてお兄ちゃんの代わりに、お兄ちゃんの身体と脳を使って生きてあげる。有意義に生きてあげる」
口には出してない頭の中の言葉に答えてるのも、もう不思議には思えなかった。
俺……死んじゃうのか……いや、弟の幽霊に身体を乗っ取られるのか……




