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(25) ラホミールの戦い <2>

 宝剣を手にしたシルヴェストルの勇武は、部下を勇戦させ、スターグの部下達を怯え慄かせた。


「僭王を討ち取れば、褒美は思いのままだぞっ!!」

 と、スターグがわめくも、次々と襲い掛かる兵士達をシルヴェストルは返り討ちにしていく。


 シルヴェストルは、縦横無尽に宝剣を煌かせながら、


「宝剣で死ぬのを名誉と思うがいいっ!!」

 と、スターグの部下達を血の海に沈めていく。


 暑さのみならず、徐々にシルヴェストルが近づいてくる現状に、スターグの肥えた体はしとどに汗を流す。

 側近達は、将軍に「戦術的撤退」を求める。

 だが、スターグは拒否した。


「わしは、ラドヴァン陛下の信任をうけて、ここにいるのだっ! 逃げることなどできるかっ!」

 スターグからすれば、オタカル二世に殉じる義理はなかったが、ラドヴァンにはあった。


(わしがラドヴァン陛下を本物の国王にするのだっ!)

 と、スターグは激しく思っている。


 ラドヴァンはスターグにここまで忠誠心をもたれるとは思っていなかったが。


 だが、側近達からすれば、いい迷惑であった。

 スターグは無能だが、上司としては悪くなかった。

 ケチではないし、大局観は案外優れている。

 ヴラーゲンの戦いで逃げたから、こうして彼らは今も生きているのだ。

 スターグは悪評を被りながらも、彼らを生かしたといえなくもない。


 しかし、彼らのある意味信頼できた主君は、ついにおかしくなってしまった。

 勝ち目のない戦いで玉砕しようとしているのだ!

 側近達が視線をかわしながら、不穏な雰囲気が醸成されつつあった。

 だが、その時、


「くぅっっ……」

 と、スターグはうめいた。

 側近達はぎょっとする。

 スターグが半分涙目になっているではないか。


「わしにも宝剣のご加護があれば、一騎打ちをしかけるものを……」

 側近達はスターグの肥満体を見て、内心、あきれ返る。


(いや、無理だよ)

 と。


「わしは逃げたくはないっ! だが、このままでは何もできないまま、果ててしまう! 何か、よい知恵はないのかっ!!」

 スターグは顔をくしゃくしゃにしながら、叫んだ。


「そこまでラドヴァン陛下を慕われているのですか?」

 側近の一人がスターグに声をかけた。


「男というものは、自分を知ってくれる主君のために働くものだっ!」

 太った身体をぜいぜい震わせながら、スターグはつばを飛ばしながら語る。


「そうですか……」

 側近の顔につばがかかるが、気にしなかった。


「何か策はないのか、策は……」

 馬上鞭を手で叩きながら、スターグはぶつぶつ言う。


「なら、こういうのはどうでしょう?」

「な、なんだ、言ってみろ!」

「僭王は北東方面から南西のこちらにやってきてます。つまり、将軍を打ち倒して、そのまま中央突破を図ろうとしているのです。ならば、我々は前進して、北にあがれば、将軍を倒せたとしても、僭王の矛先が曲がって、中央突破は難しくなります。僭王が中央突破を優先させれば、我々は逃げることなく、一命をとりとめます。その後、閣下は僭王の背後をつかれたらよろしいかと」

 スターグの言葉に感銘して、側近は頭を振り絞り、思いついたことを口に出してみる。


「それだっ!! 本陣を北に持っていくぞ!」

「即決でよろしいのですか?」

「当たり前だっ!! それで間違いないっ!! 死ぬとしても、少しでも奴の目論見をつぶしてくれるわっ!!」


 スターグの気迫に側近達はおされて、本陣は前進を開始する。

 五芒星と虎の旗印が北へ、北へ、と進んでいった。



 死中に活を見出したようなスターグの動きは、シルヴェストルの眼に入った。

 ここで、シルヴェストルはスターグを討ち取るのを優先すべきか、中央突破を優先すべきか、判断を迫られる。


(スターグを倒しても大局に違いはあるまい。むしろ、あやつが指揮をとり続けた方が敵部隊の動きは支離滅裂になるだろう)


「進路はこのまま南西だっ! 豚将軍は無視して、敵中央を突破!! その後、敵左翼の背後をついて、敵軍を崩壊させる!!」

「おおっ!!」


 シルヴェストルの指令に、配下がこたえ、中央を次々と突破していく。

 だが、スターグ本人は当面、死を免れた。




 ラドヴァン率いる騎兵隊は最左翼から、敵の中でもっとも士気が低い王都近隣の諸侯勢になだれこんだ。


 ハギリの剣技はいつも通り、いや、いつもよりも洗練されていたかもしれない。

 彼女は、これまでなら剛力にあかせて、剣や槍をそのまま切断して、敵を葬っていた。

 だが、この戦いでは、それをできる限り避けて、フェイントなどを多用して斬り捨てていく。


 戦い方は異なれど、彼女の勢いは同じであり、破竹の勢いですすんでいく。


「私こそ、ラドヴァン陛下に召喚されし、『ハギリ=カミノ』!! 陛下に仇名す者は全て斬り捨てます!!」

 この名乗りばかりは慣れないのか、ハギリの頬が紅潮する。

 しかし、彼女を戦の女神とあがめる味方にとっても、恐れおののく敵にとっても、その名乗りの効果は大きかった。


「このまま、敵右翼を突破していくぞっ!!」


 ラドヴァンが指令を出す。


 もうすでに敵最右翼は混乱状態から敗走へと陥っていた。

 すでにおされていたところであり、半包囲を決められては持ちこたえようがなかった。


 そもそも、シルヴェストルに殉じる意味などないのだから――


 ラドヴァン軍は次に敵右翼中央側を担う北西部諸侯の軍勢になだれこんだ。

 ここで、左翼の中南部、南西部諸侯勢と半包囲を決めれば、崩せるだろう。


 しかし、そうはならなかった。


 シルヴェストルはすでに中央突破を果たし、左翼の中南部、南西部諸侯勢の背後から攻め立てていた。

 彼らは背後をとられて混乱状態に陥り、ラドヴァン軍と連携するどころではなかった。


「背後をとったぞ!! 一気に攻め立てろ!!」

 シルヴェストルの声が轟き、部下達は奮い立つ。


 だが、シルヴェストルとて満足できなかった。

 なぜかというと、挟撃できなかったからだ。

 北西部諸侯勢はラドヴァン軍を迎え撃つのに必死であった。



 かくして、ラドヴァンの半包囲もシルヴェストルの挟撃も満足な成果をあげられず、戦局は次の段階へとすすんでいく。


 まもなく秋となるであろう晩夏だというのに、暑さは盛夏のごとき状態であった。

 強い北風も今ではやんでおり、両軍の将兵達は、汗を噴出しながら、戦い続けている。


 何人かは軽い脱水状態になり、身体の動きが衰えるが、それは当然のごとく、死を招いた。

 体力なき者から、黄泉の世界へと誘われていく。



 ラドヴァン軍はついにハギリの働きで、北西部諸侯勢を敗走させることに成功した。


 セルディフ侯爵はシルヴェストルの舅であり、北西部諸侯の重鎮だ。

 彼は娘婿を支えるべく奮戦していた。


 だが、彼を大将格と見たハギリの猛攻を受け、側近達全てが斬り伏せられた。

 彼もまた、ハギリの剣に倒れることになる。

 剣をあわせることもかなわずに。

 大地に転がった彼は、娘の名前である「マデーラ……」と、つぶやこうとしたが、力残っておらず、息絶える。


 彼の死が、北西部諸侯勢を敗走させたのだ。


 シルヴェストルもまた、ラドヴァン軍左翼の中南部、南西部諸侯勢を敗走させる。

 背後をとられた諸侯勢は、宝剣を手にしたシルヴェストルを先頭にした猛攻を支えきれなかった。

 彼らにとってこの戦いは、戦意がそれほど高まる戦いではない。


(こんな戦いで死ねるかっ!)

 優勢であれば、今後のためにも戦い続けるが、劣勢に立たされれば、脆かった。




 右翼の戦いはベドナジーク一門、南東部諸侯にベネシュの部隊が加わり、王国正規軍と激闘が続いている。

 スターグは命ばかりは助かったが、部隊を掌握できず、右往左往していた。


「なんとしても支えろっ!! ラドヴァン様は敵右翼を壊滅して下さったぞっ!!」

「おおうっ!!」


 ベネシュが声を張り上げる。

 こちらの左翼も敗走状態のようだが、そんな余計なことは口にしない。

 ここまでくれば、あと一息でラドヴァンが真のセドリアン国王となるのだ。

 彼はまるで残りの命全てを賭けているような奮戦を続けていた。



 ベドナジーク一門本陣では、エドゥアルドが苛立ちを隠せない。


「あいつら、僭王に何かしてもらったわけでもないのに、なぜこうも戦えるんだよ」

「ただの公爵であればともかく、かつての宰相としてのキャリアがものをいってるのでしょう」

 冷静な執事長の返答にエドゥアルドは舌打ちする。


「何かいい手はないかな。僕も将軍と同じで指揮はさっぱりだからな」

「スターグ将軍もそれをわきまえて、ベネシュ将軍に兵権を一任すべきでしたな」

 珍しく、執事長の口調に険があった。


「へぇ、お前でも怒るんだな」

「この戦況では、スターグ様の兵八千を有効に使いたいと思いますので」

「まぁ、そうなんだけどさ。将軍の計略は兵権を大きくゆだねるだけのものだったさ。こちらに集まった兵力と向こうから去った兵力を計算すると、ゆうに兵二万以上の価値になる」

「それは仰るとおりかと存じます」

「……将軍の計略か。まだ生きてるよな」

 エドゥアルドの表情が鋭くなる。


「敵右翼の敗走が早いのも計略の効果かと」

「……まだ一人だけ、シルヴェストル子飼いじゃない将軍がいたな」

「序列第二位のドレイシュ将軍ですな。将軍の部隊がもっとも堅牢です」

「有能だから、シルヴェストルが将軍のままに残したんだろうな」

「はい、間違いないかと思われます」

「よし、失敗して元々だ。ドレイシュ将軍が寝返った、と全軍でわめけ」

「……面白い手ですな」

「それと、遊牧民族どもが目障りだ。戦わないなら、去れ、と通告しろ。右翼については、ラドヴァン陛下から僕が指揮を委ねられている」

「かしこまりました」

「これでいい。戦況の変化でまた考えよう」

「はっ」


 執事長がエドゥアルドの指示を実行に移すべく、本陣から退出した。


(これで本当に寝返ってくれたら、うれしいんだけどな。まぁ、無理か。陛下、もちこたえている間に何とかしてくださいよ)

 エドゥアルドは不敵に笑った。



 ベドナジーク一門勢から他の南東部諸侯勢へと、「ドレイシュ将軍寝返り!」の報は瞬く間に広がっていく。

 それは虚報なのだが、何しろ、スターグ将軍は本当に寝返って味方になっていた。

 実に説得力があり、隊長格はともかく、一兵卒だと、


「これで勝てるぞ!」

「ああ!」

 など、と勇気づけられる有様で、エドゥアルドが考えていない効果があった。


 ベネシュもエドゥアルドの策にのった。


「ドレイシュ将軍がくれば、我が方の勝ちだ!!」

 と自分でも叫び、部下にも叫ばせる。


 彼も、これで損はしない、と開き直っていた。


 王国正規軍は敵にそう叫ばれていると、嫌な気分になる。

 虚報ではないか、と思うも、スターグはすでに寝返っているのだ。

 計略で、シルヴェストルの悪評が流されていて、寝返りがないとはいえないかも、と考えてしまう。


 ドレイシュ将軍は、


「虚報だ! ありえん、武人が会戦中に裏切るなど決してない! 動揺するなっ!」


 と、陣で檄をとばすと共に伝令をだして、虚報であることをはっきりさせようとする。

 彼は敵の魂胆をすぐに見破り、悪辣さに赫怒した。


 この虚報によって、王国正規軍の勢いはやや衰え、ラドヴァン軍の勢いはやや増した。

 しかし、決定的な情勢にまでは至らない。


 ラドヴァン軍最右翼の遊牧民族達はエドゥアルドの使者を迎えて、ようやく行動を開始する。

 旗色が互角なので、心中迷いに迷っていたが、王国正規軍の勢いがやや衰えたので、ついに決断した。


 遊牧民族の騎兵三千が、王国正規軍の真横から突入していく。

 これでついに形勢が明らかに動いた。

 王国正規軍は二万八千である。

 死傷者は続出しているが、大兵であり、三千の攻撃だけではそう簡単に崩れない。

 彼らは陣形を組み替えて、かろうじて持ちこたえた。


 これで、戦場には、ラドヴァン率いる部隊、シルヴェストル率いる部隊、右翼で激戦を繰り広げている部隊達が残ることになる。

 その他の諸侯勢らは敗走するだけであった。


 シルヴェストルは投影魔術でおおよその戦況をつかみ、決断した。

 北上して、ラドヴァン率いる部隊と直接対決することを。


 右翼の戦いはやや苦戦である。

 シルヴェストルの部隊が参加すれば、盛り返すかもしれないが、ラドヴァンの部隊もかけつけるであろう。

 そうなれば、さらなる激戦となる。

 こちらにはそれでもう駒はないが、ラドヴァン側には混乱状態で死兵となっているスターグの部隊があった。


 時間をかければ、万が一にもあの豚が部隊をまとめて援軍となるかもしれない。


(……そうなると、さすがに苦しいだろうな。だが、ラドヴァンの部隊と私の部隊の兵数であれば、私の方がやや多い。騎兵は向こうが勝っているがな。問題は、『究極の戦士』か……。臆することはない。私には宝剣カスィードルがある)


 シルヴェストルは宝剣を北側のラドヴァンの部隊の方へと掲げる。


「皆の者、これまでよく戦ってくれたっ! 後は、ラドヴァンの小僧を倒せば終わりだっ! 奴らの部隊よりも我らの方が数では多いっ!! 私には宝剣カスィードルがあるっ! 奴らを蹴散らして、終わりにするぞっ!!」

「おおっっっ!!」


 英姿溌剌としたシルヴェストルに勇気付けられ、彼の部下達は喊声でこたえた。


「今まで、私によく尽くしてくれたな。この戦いが終われば、私は皆の忠誠にこたえるであろうっ!!」

「おおっっ!!」


 彼の部下達は汗まみれにも関わらず、声に疲れを全く感じさせない。

 シルヴェストルの部隊はラドヴァンを倒すべく、北上した。



 ラドヴァンもまた、投影魔術で全体の戦況を探っていた。

 シルヴェストルの部隊が接近しているのを知り、迎撃を指示する。

 彼はハギリに何と話しかけるべきか、迷っていた。

 だから、ハギリから話しかけた。

 ラドヴァンが何を迷っているのか、彼女はすでに知っていたのだ。


「私がシルヴェストルを倒せば、この戦いは終わりです。だから、倒します」

「……それは、俺がやらないといけないことだ」

 ラドヴァンの表情が悔しさで縁どられる。


「シルヴェストルが宝剣を持っていなければ、それでもよかったかもしれません。いや、剣士として、獲物を譲るのはやっぱりダメですね。ラドヴァン様、私が勝つのを信じて下さい。宝剣に負けるような剣技ではない、と私は自信を持っていますから」

 ハギリの顔も声も何もかも、ラドヴァンにとって優しかった。


「……ありがとう、ハギリ。絶対に死なないでくれ」

「うれしいです、ラドヴァン様。誰かにそう言ってもらえるなんて、ラドヴァン様と会うまで想像すらできませんでしたから」

 ハギリがラドヴァンに近づき、ラドヴァンは彼女に軽く口付けた。

 周りの幕僚達は丁重に視線をはずした。


「間もなく、僭王シルヴェストルの部隊がやってくる。彼奴を打ち倒せば、この内乱は終わりだっ!! ただの少年にすぎない俺をこれまで支えてくれて感謝しているっ! 戦いを終わらせて、皆と共に平和を楽しもうではないかっ!!」

「おおうっ!!」

 ラドヴァンの檄に兵士達がこたえる。ジャネッタもカリーヌも。

 彼らもまた、シルヴェストル軍と同じように、血と汗にまみれていたが、主君と運命を共にする覚悟を決めていた。


「僭王を迎え撃つ。先陣はハギリ。俺もその後に続く。いくぞっ!!」

「おおっ!!」


  ◇  ◇


 ラホミールの戦いは最終局面に入った。

 セドリアンにいる二人の王、シルヴェストル三世とラドヴァン=ルミールは、直接部隊を率いて激突したのだ。


 年齢、性格、閲歴、ありとあらゆるものが異なる二人であった。

 だが、二人にはそれぞれの魅力がある。

 その二人に魅せられ、ここまでついてきた兵士達は、国王が率いるにふさわしい精鋭達だ。

 自らが仕える主君を、真の国王にすべく、酷暑の中、疲労も忘れて死力を尽くした。


 彼らが生き延びれば、セドリアン王国にさらなる繁栄をもたらす人材の一人となるであろう。

 ムラーディス帝国のような侵略者にも勇敢に立ち向かえる勇士にもなりえる。


 そんな貴重な彼らが、激しい戦闘によって、次々と倒れていった。


 だが、これ以上、彼らが倒れていくのを忍びないと思ったのかどうかわからないが、この戦いを終わらせるべく、戦いの中で二人の男女が出会った。


 シルヴェストル三世とハギリだ。


 二人とも、お互いに、宝剣を持った敵王、究極の戦士、と即座に認識できた。


「私がシルヴェストル三世だ。セドリアンの真なる国王」

「私はハギリ=カミノ。セドリアン国王ラドヴァン=ルミールに召喚された『究極の戦士』」

「ルミール建国王のご加護を賜ったのが、私であること、この宝剣カスィードルで証明させてもらおう!」

「……私にはルミール建国王のご加護なんてわかりません。ただ、ラドヴァン様のためにも、私のためにも、あなたを倒すだけです!」


 いつしか、兵士達は二人を遠巻きにしていた。

 その中にはラドヴァンもいる。

 彼らもまた、理解していた。

 この一騎打ちの結果が戦いの結果となるであろうことを。




 ハギリは召喚される前のことを想う。

 神野波霧。

 彼女は神野流剣術を伝える家に生まれた。

 彼女の父は剣術の鬼であり、完全に気狂いの領域に達していた。


 波霧には兄がいたが、その兄と波霧には幼少の頃から、剣のみを教えた。

 まさに血反吐を吐くような鍛錬を兄妹にたたきつけていく。


「これくらいできないようであれば、死ね」


 波霧は、父のこの言葉を何度も聞かされ、頭の中にこびりついている。


 波霧も兄も、異常な鍛錬を耐えしのぎ、育っていった。

 そのため、波霧には剣しかなかった。


 だが、苦しいにも関わらず、剣が好きであった。

 波霧には天稟があり、剣をうまくさばくと、父から、


「よくやったな、波霧」


 と、ほめられた。

 その際、父の鬼瓦のような顔がくちゃくちゃの笑顔となり、頭を撫でてくれた。

 波霧はその時、幸せを感じられたのだ。

 剣が好きになった最大の理由かもしれない。


 だが、波霧は父に裏切られた。

 道場にて、神野流継承者を兄とし、秘伝は波霧に伝えないと言われたのだ。


「なぜです! 私が兄さんよりも強いのは父さんも知っているでしょう!」

 波霧の言葉を聞いた兄は、苦い顔をする。

 事実だったからだ。彼は到底、波霧に及ばない。


「神野流は男にしか継がせられん。そうなっている」

 だが、父は顔色一つ変えず、冷厳だった。


「なら! ならっ、女である私になぜ剣を教えたんですかっ!」

「わしの子である以上、剣が使えて当たり前だ。それにお前は女だ。結局は、男には勝てぬだろう。力、体格などでな。継承者は諦めよ」

「……私には剣しかないんですよ。なのに、本気でそういってるんですか?」

「ああ、十代の今なら、お前のが上かもしれんが、二十代、三十代となると、話は違ってくる」

「…………」


 波霧は無言で走り去った。


「波霧がかわいそうだよ……」

「何を言う。わしは当たり前のことを言っただけだ」


 父と兄はそんな会話をかわしていたが、波霧が戻ってきた。

 真剣を抱えて。


「父さんの言葉が間違っていることを教えてあげます」

「……本気か、波霧」

「……はい。私には剣しかないのに、そう育てたのは父さんなのにっ!!」

 波霧は叫んで、真剣を抜いた。


「私は本気です。応戦しなければ、死にますよ」


 波霧にはそれからのはっきりとした記憶はない。

 道場には、斬り殺された父と兄の遺体が転がっていた。

 公園にただずんでいたところ、波霧はラドヴァンに召喚され、現在に至る。


 ハギリはこの事をラドヴァンに決して話すつもりはない。

 父殺し、兄殺しなどと知られては、絶対に嫌われるだろう。

 そうなれば、自分は何をするかわからない。

 もう、剣だけでは生きていけないのだから。


 ハギリはシルヴェストルを見つめて、殺す、との想いを新たにする。

 ラドヴァンのため、自分のために。




 ついに、主君殺しの男と父兄殺しの少女が、セドリアン一国の運命を賭けて、戦い始めた。


 シルヴェストルの狙いは、宝剣による剣の破壊であった。

 これまでは、剛力に任せて、ハギリが相手の武器を破壊してきた。

 しかし、宝剣を持つシルヴェストルが相手だとそうはいかない。

 逆に狙われる立場となる。


 だが、ハギリは想定済みだった。

 この戦いでも、敵と刃を交えずに敵を倒すよう、実戦で訓練していた。


 宝剣を振るうシルヴェストルに、それを回避していくハギリ。

 ハギリはその合間に、剣を振るうも、態勢が完全に整わず、シルヴェストルに見切られていく。


 二人の戦いはえんえんと続く。

 それを見るラドヴァンは気が気ではなかった。

 宝剣がハギリをかすめるたびに、彼の表情は苦しいものとなっていく。


 シルヴェストルはハギリの俊敏さに驚かざるを得なかった。

 『究極の戦士』とはここまで強化されるものなのかと。

 ハギリが持つ体術とあいまって、決定打を与える機会がなかなか訪れないのだ。


 ハギリはハギリで、シルヴェストルの評価はかなり高い。

 シルヴェストルは巧みに宝剣を操り、こちらの剣を破壊しようとする。

 一回、受け流し気味に剣を受けたが、それだけでも剣が破壊されるのではないかという衝撃がきた。


 この酷暑に疲労である。

 シルヴェストルもハギリも宝剣や召喚で強化されているが、汗を流し、疲労がみえてきた。


 ハギリはある一つの方法を思いつき、実行に移す。

 彼女は何十度目かの斬撃をシルヴェストルに放った。

 ただし、いつものように両腕持ちではなく、右手持ちで。

 召喚で強化された剛力がそれを可能にした。


 シルヴェストルは斬撃を防ぐべく、宝剣で受け、ついにハギリの剣を破壊できた。

 彼の顔に喜色が浮かんだ。


(これで、勝った!)

 そう思うと共に一瞬の隙ができた。


 すかさず、ハギリは空いていた左手で腰の小剣を抜き、シルヴェストルの右腕に斬りかかる。

 強化されたハギリの敏捷さとシルヴェストルの一瞬の油断。

 双方が揃わなければ、この攻撃は決まらなかっただろう。


 ハギリの小剣はシルヴェストルの右腕を斬り、シルヴェストルは宝剣カスィードルを大地に落とした。


「ぐうぅっ……」


 シルヴェストルは腕を斬られた痛みで、顔を歪ませ、うめく。


「これで終わりですっ!」


 ハギリは躊躇なく、無防備となったシルヴェストルを小剣で袈裟懸けに斬り払った。

 シルヴェストルは、血を流して、仰向けにどうっと倒れ、落馬する。


 それと共にまわりが大きくどよめく。

 ハギリはシルヴェストルを見やるが、彼の眼は大きく開け放たれ、空ろであった。


「僭王はラドヴァン=ルミール王に召喚された『究極の戦士』ハギリ=カミノが討ち取りました」

 ハギリは声を荒げることなく、静かにそう宣告した。


 シルヴェストル=マトウシュ=ボルーフカ=ビルトゥス。

 享年二十八歳。

 公爵として生まれ、宰相となり、国王となり、死後は反逆者として歴史に明記されることになる。


 シルヴェストル三世の死でラホミールの戦いは事実上、終わった。


「僭王は死んだ! 降伏せよっ!! 降伏すれば、命は助ける!!」

 ラドヴァンが大きく叫んだ。

 彼はもう、無駄な死者を増やしたくなかった。

 同じセドリアン人なのだ。


 奮戦していたシルヴェストルの部下達も、主君の死とラドヴァンの言葉を聞いて、武器を投げ捨てた。

 彼らの何人かは、泣き叫んでいる。


「俺達の戦いは一体……」

「シルヴェストル様……おいたわしい……」


 ラドヴァンはハギリを労わる。


「よくやってくれた、ハギリ! 怪我はないか?」

「はい、大丈夫です」

「……よかった、ハギリが無事で」

 ラドヴァンがハギリの頭を撫でる。

 かつての波霧の父親のように。

 ハギリは目を細め、うっとりとしていた。


「これをどうぞ」

 ハギリは宝剣カスィードルをラドヴァンに渡す。

 地に落ちた宝剣をハギリが確保していた。


「ああ、ありがとう」

 ラドヴァンは宝剣を手に持つ。

 まるで、宝剣から力が注ぎ込まれるかのようだ。


「これは、すごいな」

「はい。これで、私達はある意味、おそろいということになりましたね」

 ハギリとラドヴァンが笑みをかわした。


 シルヴェストルの死は戦場全体に伝えられた。

 それと共に、最後まで抵抗していた王国正規軍も降伏する。


 ラホミールの戦いはラドヴァンの勝利となり、セドリアン王国の国王は一人となった。

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