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(24) ラホミールの戦い <1>

 王都を出撃したシルヴェストル三世の軍勢は総勢約六万六千であった。

 シルヴェストル三世自身は六千を率いている。

 これは彼が公爵時代に治めていた所領の部隊で、手足として使えた。

 彼は所領に善政を布いており、部下の忠誠心は高い。


 王国正規軍は二万八千である。

 三人の将軍が率いており、その内二人は新たに任命した彼の子飼いだ。

 裏切りを恐れてのことだが、それによって、部隊内部は逆に混乱と不満が渦巻いていた。


 諸侯勢は約三万二千ほどだが、北西部に所領を持つ諸侯の軍勢は約二万だ。

 シルヴェストル三世の舅であるセルディフ侯爵をはじめ、彼と関係が深い諸侯が多く、士気はそこそこあった。

 だが、残りの一万二千は、戦意低く、完全に数のみの存在と化している。


 シルヴェストル三世は、軍勢の現状をおおよそつかんでいた。


(宝剣カスィードルと私の直属部隊で戦局を打開するしかあるまい)

 彼の苦悩は深く、近侍も側近も陰鬱な雰囲気を漂わせている彼にあまり近づかなかった。




 シルヴェストル軍が王都を出撃した報せは、ラドヴァンが根拠地としているシェリークにもたらされた。

 衆議一決し、軍勢をそろえて、迎撃することとなる。


「ネステル、勝って戻ってくる」

「ラドヴァン様、ご無事を……」

 出撃するラドヴァンは王妃ネステルを抱き寄せて、軽く額に口付けた。


 シルヴェストルとマデーラの二人と同じように――

 いや、妻子や恋人をもつありとあらゆる将兵達が為しているように。

 所と人が変わっても、人の営みは変わらないのだろう。

 だが、敗者は再会できるかどうかすら定かではない――

 死の世界を潜れば、永久の別れとなる。



 ラドヴァン軍は約六万八千の軍勢である。


 国王直属軍は一万五千だ。

 ラドヴァンが直接率いるのは騎兵三千。

 スターグ将軍率いる歩兵八千。

 ベネシュ将軍率いる歩兵四千。

 ラドヴァン、ベネシュの率いる部隊はエドルバラ、ザーロシュの戦いを経て、練度、士気が高い兵士を中核とし、ラドヴァンは頼りとしている。

 逆に、スターグ率いる部隊は彼直属の兵士と、ヴラーゲン平原近隣で集めた兵士の混成部隊だ。

 スターグの軍事的能力の低さと相まって、ラドヴァンは全く期待していない。


 南東部諸侯が率いる軍勢は約二万五千。

 その中でエドゥアルド率いるベドナジーク一門の兵士が一万。

 ラドヴァンからしたら、直属部隊の次に計算できる戦力であった。

 残りの諸侯達も、シルヴェストルが自分達の所領を帝国に渡そうとしたと知り、戦意は高い。

 スターグ発案の計略は、内部の結束を高める効果もあった。


 中南部、南西部の諸侯が率いる軍勢も同じく約二万五千。

 南東部諸侯に比べると、やはり戦意は低い。

 しかし、シルヴェストル軍に加わった諸侯達に比べると、まだ士気は高かった。


 残りは遊牧民族の騎兵三千。

 高い報酬を約束することで、戦意は維持されていた。

 ラドヴァンは彼らに片翼を委ねるつもりだ。




 王都とヴラーゲン平原を結ぶ街道で、中間近くにあり、大軍が戦える場所といえば、数えるほどしかない。

 両軍の首脳が予想していた場所で対陣しようとしていた。

 要衝ラホミールがその地である。


 セドリアン王国のほぼ中央にあるラホミールは交通の要所であり、昔の内乱でも戦いが行われていた。

 二人の王であるラドヴァンとシルヴェストルも、過去の王族達と同じように、この地で決戦を挑もうとしている。



 北側に陣取るシルヴェストル軍は中央にシルヴェストル直属部隊。

 左翼に正規軍部隊、右翼中央側に北西部諸侯、最右翼に残りの諸侯達を配備した。


 シルヴェストルの狙いは中央突破であった。

 両翼から包囲殲滅できるほどの騎兵部隊は、彼の軍勢にはいない。

 遊牧民族に騎兵供出を打診したが、拒絶されていた。


 なので、彼が頼りとする部隊を中央に配して、中央突破を目論んだ。


(いざとなれば、私自らがカスィードルで道を作ってくれる。王都でも北方でも敗北しなかったのだ。この戦いでもきっと勝てる)


 彼が最後に頼りとするのは、彼自身の武勇と知恵であった。

 それと、宝剣カスィードルだ。

 彼は王位を簒奪してから、少しずつ己の歩む道が狭く細くなっていった。

 自覚がないままに――


 ラドヴァンはザーロシュの戦いの再現を図る。

 中央にはスターグ率いる部隊、ベネシュ率いる部隊、左翼には中南部、南西部諸侯、右翼にはベドナジーク一門、南東諸侯を配した。

 最右翼には遊牧民族の騎兵を展開させ、あわよくば、半包囲を狙わせる。

 ラドヴァン自身は後方に待機している。

 戦況に応じて、ハギリと共に騎兵三千を動かすつもりであった。



 セドリアン暦二三六年九月十二日。


 ラホミールの地には強風が吹いていた。北側から南側へと吹きぬける風だ。

 まだ秋とは言いづらく、晩夏というべきだが、うだるような暑さであった。

 本来であれば、南風もしくは西風となるはずだが、天の気まぐれか北風が吹いている。

 シルヴェストルはこの強風を、建国王のご加護だと信じた。


「そなたらもこの北風を感じているな! これぞ、建国王ルミールのご加護よ! 我らの矢はラドヴァン率いる軍勢を打ちのめすに違いない! 逆に奴らの矢は勢いを失うであろう。全軍、攻撃を開始せよ!」


 シルヴェストルのみならず、将軍、諸侯達も天佑と感じ、弩兵を前面にだして、矢戦を始める。

 強風に乗り、ラドヴァン軍へと矢が降り注いでいく。

 ラドヴァン軍も当然、応射するが、向かい風となって、威力は衰えていた。


 敵が帝国軍だった時と異なり、この戦いは敵も味方もセドリアン軍だ。

 武装、作戦の立て方、兵士の質など、ほぼ同等である。

 ゆえに、矢戦ではシルヴェストル軍が優勢となり、不利を悟ったラドヴァン軍は早々と接近戦を挑んでいく。


 たちまち、弩による戦いから、槍、剣による戦いが全方面で行われた。

 槍で叩かれ、刺され、剣で斬られ、次々と大地を朱に染めて、兵士が倒れていく。


 ヴラーゲンにおいては、侵略者に対する防衛戦であった。

 だが、この戦いは同じセドリアン人による覇権争いだ。

 将軍、隊長はいざ知らず、下級兵士ともなると、この戦いの意義とは何なのか考えてしまう。


 そして、そのようなつまらぬ事を考えすぎると、死がやってきた。

 武技に格段の差がなければ、ためらった方が敗北することになる。

 ナイーヴさは戦場において悪徳となり、手柄をたてる、生き残ると割り切った者だけ生を掴み取る。


 いかつい壮年の男性も、初陣の若武者も、少年らしさが残る朴訥な青年も、女だてらに達者な騎兵も、己の技量と幸運にふさわしい結果を次々と受け取っていく。


 倒し倒され、殺し殺され、斬り斬られ。

 二人を倒したと思えば、三人目の敵に槍でえぐられた。

 一人も倒さずして、剣で腕を持っていかれる。

 四人倒してさらに、次なる敵を求めていく。


 誰も彼も、この戦場で生と手柄を求めて、もがき続けていた。


 ラドヴァン軍左翼とシルヴェストル軍右翼は、諸侯達同士の戦いとなっている。

 シルヴェストル軍の右翼中央側に配備された北西部諸侯軍は互角の戦いをしていたが、最右翼の諸侯軍は明らかに押されていた。

 彼らの何人かはスターグとエドゥアルドの計略によって、戦意を失い、離脱すら考えていたのだ。

 離脱する前に戦いとなり、やむなく戦っているにすぎない。

 彼らは、じりじりとおされ続けている。


 ラドヴァン軍右翼とシルヴェストル軍左翼は、激戦になっていた。

 ベドナジーク一門を筆頭に南東部諸侯達の戦意は、シルヴェストル軍の戦意よりは高かった。

 しかし、痩せても枯れても、シルヴェストル軍左翼は王国正規軍である。

 彼らは、諸侯軍より練度も高く、頑強に抵抗していた。

 ラドヴァン軍は戦意で勝っていても、軍勢の力では劣り、一進一退の攻防となっている。


 最右翼の遊牧民族達は、戦いの形勢を眺めていた。

 彼らは旗色が有利と思えなければ、突撃しないであろう。


 エドゥアルドは本陣にて、最右翼の側を見やる。

「あれ、何とかならないの?」

 エドゥアルドの顔は苦々しい。


「我らの部下ではありません」

 執事長が恭しく答えた。


「少しでも優勢と思わせれば、攻撃を開始するでしょうが」

「こんなところで模様眺めなんて、やってくれるな。勝ち戦になっても、この行動は忘れないよ」

「私も他の方々もそう思われるでしょう。それよりも中央が危ういかもしれませぬ」

「……スターグ将軍?」

「はい」


 執事長の言葉を聞いて、エドゥアルドは投影魔術で中央の様子を映し出させた。

 後方本陣のラドヴァンも同様に様子を確認している。


 中央ではスターグ将軍とベネシュ将軍の部隊がシルヴェストル直属部隊と激突している。


 ベネシュは堅陣を布いて、ザーロシュと同様にラドヴァンとハギリが決定打をもたらすまで、耐えしのぐつもりであった。

 だが、スターグは血気に逸って、憎きシルヴェストルを討ち取るべく、攻勢に出た。

 無秩序に。

 戦理も何も考えず。


「いけっ! いけっ! 僭王を討ち取れっ!!」


 スターグにしてみれば、自分を厚遇してくれたラドヴァンに報いたかった。

 シルヴェストルに自分を知らしめたかった。


 だが、彼にはやはり将軍としての能力は皆無だ。

 奇跡的に妙策をたてることはできたが、この戦いでは奇跡が起こらなかった。


 戦巧者のシルヴェストルは、スターグ軍の陣形が崩れたと見るや、ベネシュの部隊を避けて、スターグ軍へと矛先を変える。


 スターグ将軍の旗印は五芒星と虎であった。

 シルヴェストルから見れば、スターグは殺すべき裏切り者である。

 部隊を紡錘陣形に組み替え、旗印めがけて突入させる。


「あの豚将軍を討ち取った者は、貴族として取り立てるっ!! 手柄をたてろ!!」

 彼は叱咤激励して、部隊の矛先をスターグに突きつけた。


 シルヴェストルは宝剣カスィードルで道を切り開いていく。

 側近が留めようとするが、彼は止まらない。


「こんなところで死ぬようであれば、後ろにいたところで同じよ! 私はこの戦いで勝ち、セドリアンに新たな栄光を築いてみせる!!」


 宝剣で何人もの兵士を切り伏せていくシルヴェストルは、配下の兵士達にとって間違いなく英雄であった。



 本陣のラドヴァンは、中央に斬りこんで来るシルヴェストルの部隊を見て、頭を抱えたくなる。

 彼の表情は険しかったが、戦場全体をみると、劣勢というわけではない。

 右翼はほぼ互角であったし、左翼では優勢である。


 つまり、ラドヴァンには二つの選択があった。

 一つ目の選択は、左翼の左に自分の騎兵を展開させ、半包囲にもっていき、瓦解させる。

 二つ目の選択は、スターグの部隊を支えるべく、自分の騎兵三千をシルヴェストルにぶつける。


 どちらの選択にも長所と短所があった。

 一つ目の選択の長所は、騎兵の突進力を殺さずに突撃できるので、敵右翼は間違いなく壊滅させられるだろう。

 短所は、その間に中央にいるスターグの部隊が壊滅して、中央突破を許す可能性が高いこと。


 二つ目の選択の長所は、中央突破を食い止めることができること。

 短所は、騎兵の突進力が殺されること。中央は混戦状態だった。また、決め手を失い、戦いの決着をつけるのに時間がかかりそうなこと。


 ラドヴァンが思い悩める時間は少ない。

 時間をかければかけるほど、スターグの部隊は食い破られていく。


「ハギリ」

「どうしましたか、ラドヴァン様?」

 傍らにいるハギリにラドヴァンは声をかけた。

 彼女はいつもどおり、綺麗な黒髪をまとめて、りりしい鎧姿を見せてくれる。


 一番望ましいのは、中央にいるシルヴェストルをハギリが倒すことなのだ。

 そうすれば、戦いは勝利で終わるだけでなく、内乱そのものも完全に終わるだろう。

 だが、シルヴェストルは宝剣カスィードルを手にしている。


 ハギリが人間離れした強さを誇るのは、ラドヴァンも承知していた。

 しかし、宝剣と刃をかわしただけで、ハギリの剣は叩き折られるだろう。

 勝てるかどうかはわからないと考えるべきだった。


 ハギリは暖かい視線でラドヴァンを見つめている。

 当初に比べて、その眼差しに優しさが感じられて、ラドヴァンはハギリに改めて愛しさを感じる。

 そう考えると、ハギリを危険にさらすわけにはいかなかった。


 ラドヴァンは左翼の左に部隊を展開させることにした。

 敵右翼が崩壊すれば、敵全体の士気も激減するだろう。

 ザーロシュの再来を狙うのだ。


「左翼の左に移動して、敵右翼を半包囲する。共に行こう」

「はい、ラドヴァン様!」

 ハギリはけなげに頷いた。


「ジャネッタ、カリーヌ。大隊長として、支隊の指揮を頼んだぞ」

「はっ、かしこまりました!」

「まっかせてください!」

 ラドヴァンは騎兵三千のうち、千五百を直率、残り千五百を昇格させたジャネッタとカリーヌに任せた。

 気心の知れた腹心であったし、彼女達の働きは他の騎兵にも認められていた。


 二人はラドヴァンの前から下がった。


「ジャネッタ、私がいなくても大丈夫?」

「バカにするな! お前こそ、指揮なんてとれるのか?」

「あー、言ったな。まぁ、みてなさい」

 カリーヌは軽くふんぞり返る。

 ジャネッタは苦笑した。


「ならば、競争といこう」

「ええ!」


 ジャネッタはラドヴァンへの想いを昇華させて、軍人として生きる心構えができた。

 ハギリやネステルが来る前の三人での心楽しい生活は完全に終わり、あの時の想いは過去となる。

 だが、ラドヴァンは敬愛できる主君であり、横にはまだカリーヌがいた。

 ジャネッタは、これからも過去と違う暖かみ、幸せを築いていければ、と思う。

 そのためには、この戦いで勝利しなければならないだろう。


 二人は馬首をわかち、各々の部隊に向かった。


 ラドヴァン率いる騎兵部隊三千は最左翼へと出撃する。

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