(19) 王都の攻防 <1>
王都の宝物庫にて、シルヴェストル三世は担当官吏の案内で宝剣カスィードルのもとへ訪れた。
宝物庫には宝石、輝石、金貨、貴重な武具防具、装飾品など、セドリアン歴代の国王が残したものが安置されていた。
「この箱の中に宝剣カスィードルがおさめられています。この鍵で陛下自ら、御開け下さい。ルミール建国王の血をひいていないと、開けることはできないと伝承にあります」
官吏は箱の鍵をシルヴェストルに手渡した。
「うむ。ご苦労だった」
シルヴェストルは鍵を受け取り、厳粛な表情で箱の鍵穴に鍵を差し込んで回した。
カチリ、という音がして、箱が開いた手ごたえを彼は感じた。
侍従、側近達が固唾をのんで見守っている。
シルヴェストルは箱を開けて、宝石が散りばめられた金造りの鞘に納められた宝剣カスィードルを手に取った。
彼は鞘を抜き、宝剣カスィードルの剣刃を確かめようとする。
刃が見えるや否や、淡い様々な色の光が周りに漏れた。
ラドヴァンがこの光を見れば、指輪の光と同じだと思ったであろう。
シルヴェストルが鞘から完全に抜き放ち、宝剣カスィードルの剣刃が全て露わになった。
様々な色の光を放つその刃は、ここにいる者全ての心を魅了した。
「おおっ」
周りにいる者達が感嘆の声をあげる。
「ハハッ、宝剣は私を建国王の後継者と認めたな。でなければ、宝剣は鞘を抜かせてくれまい」
シルヴェストルの端整な顔が快哉と興奮で彩られた。
この前に宝剣カスィードルが箱の中から出されたのは、これより百年以上はさかのぼった昔である。
歴史的な瞬間に立ち会っているという思いが、彼らの中に去来していた。
ただ、ルミール建国王以外、宝剣を完全に扱えるのかどうかという疑問は胸の中にしまわれていたが。
ヴェイアロンの指輪を用いた召喚と違い、宝剣が害を為したという記録はない。
それでも、半ば神格化されているルミール以外が宝剣を振るって大事にならないのか、心配ではあった。
「これで私を白眼視する輩達も黙らざるを得まい」
当初は、シルヴェストル三世も宝剣を抜くつもりまではなかった。
危険があるのは彼も承知していたからだ。
しかし、強引な即位によって、一部の者達はシルヴェストルに反感を持っていた。
また、ラドヴァンが『究極の戦士』召喚に成功したという一報が入った。
反発する者達を黙らせるためにも、ラドヴァンに対抗するためにも、彼は正統性の確保に迫られたのだ。
重臣の何人かから出た反対を押し切り、彼は賭けに出て、成功した。
「宝剣カスィードルは帝国との戦いでかなり役立つだろう」
シルヴェストルは宝剣を鞘に戻した。
宝剣カスィードルを装備していたルミール建国王は『究極の戦士』と同じく、魔法を無効化できた。
この故事を生かして、彼は帝国の魔術部隊に対抗するつもりであった。
◇ ◇
ついに、クリストフ征服帝率いる帝国本軍十二万が、セドリアン王都アンドレッセに到着した。
王都アンドレッセは、約六ノクティン(約九メートル)の高さがある城壁に守られていた。
約三十ノクティンごとに物見塔がたち、防御力が増すよう、工夫されている。
レンガ造りの赤茶けた城壁の威容は、はじめて見る者を唸らせるものであった。
さらに、この城壁は二重構造になっていた。
外郭が破られても、内郭も落とさなければ、王都は陥落しないのだ。
内郭も外郭とほぼ同じ高さであり、内郭と外郭の幅は約二十ノクティンあった。
外郭の外は水をたたえた堀となっており、まさに難攻不落である。
クリストフ征服帝は本陣にて、王都アンドレッセの城壁を幕僚達と共に見上げていた。
「見事なものよな。まずは四囲すべてを見るとしようか」
「はっ!」
幕僚が魔術士官に指示をとばし、アンドレッセの城壁を一周ぐるりと映し出していった。
「ふむ。スティーグ、どこが一番もろいと思う?」
「西側でしょう。城壁の高さはどこもほぼ同じですが、西側にはいびつに出っ張った箇所があり、集中攻撃をかけやすいかと思われます」
アルヴェーン元帥は間髪いれず即答した。
「余もそう思う。恐らく、敵側もそう思っているであろうな」
「防備を手厚くしているかと」
「ならば、逆手にとってみるか。シルヴェストル三世とやらのお手並みを拝見させてもらうとしよう」
皇帝から命令が下り、帝国軍は攻城兵器の組み立てと配備をはじめた。
アンドレッセを包囲した帝国軍は準備が整い、総攻撃を開始した。
兵站はまだ損なわれていないとはいえ、十二万の大軍を長期間養うのは厳しい。
なるべく早急にアンドレッセを落とす必要があった。
東西南北、全方位から帝国軍は攻撃を開始する。
配備した投石器から、石が次々とうち込まれた。
また、弓兵隊からは火矢が放たれていく。
城壁のいくつかは破損し、守備兵は修繕におわれる。
また、火矢で火がついた箇所を消火していった。
それらと平行して、帝国軍は堀を埋めるべく、土嚢や木と草の束を投げ込んでいった。
守備側とて、攻撃側の為すがままにはしていない。
城壁の上に設置された弩や投石器から、矢や石が帝国軍に投下されていく。
兵士達が何人も矢で貫かれ、石に当たり、死傷する。
激しい攻防であったが、城壁の守りが崩れる様子は全くない。
しかし、堀は徐々に埋められていく。
帝国軍とて、最初から強攻するつもりはない。
堀をまず埋めるのが目的であった。
数日の攻防で堀の何箇所かが埋まった。
水があるため、湿地状態となっていたが、帝国軍にとっては問題なかった。
堀が埋まった日の二日後、帝国軍は大攻勢を仕掛けた。
城門を破壊するための破城槌を持ち出し、城門目がけて突進させた。
また、堀が埋まった箇所に攻城塔を立てて、城壁を突破すべく兵士を送り込もうとする。
守備側も帝国軍の思い通りにはさせない。
破城槌には城壁の上から、熱湯や煮えたぎった油を流して、兵士を狙い撃ちにする。
また、量はそれほど多くないが、溶かした鉄まで持ち込み、上から浴びせかけた。
たまらず、帝国兵達は作業を中断する。
何人かは大火傷で命を落とすことになった。
攻城塔もまた、守備側から火矢を打ち込まれたり、弩や投石で迎撃されたり、と成果はあがらなかった。
しかし、帝国軍はそれで予定通りだ。
東南北、三方からの攻撃がはかどっていないのを、西側攻略を担当していたアルヴェーン元帥は投影魔術で確認した。
「やはり、そう簡単にはいかぬな。では、次の段階にいくとしよう」
元帥は幕僚に第二次攻勢を指示した。
西側に配備された投石器がもっとも多かった。
だが、これまでは攻撃を手控えていた。
最初から、西側を重点的に攻撃すれば、防備が手厚くなるのは目に見えていた。
まずは東南北の三方と同程度の攻撃を行うことによって、できる限り西側を意識させないようにしていた。
しかし、元帥の命令によって、集中攻撃をかけやすい突出部に連続して石が打ち込まれた。
前面に押し出した攻城塔の数も二倍に増やした。
怒涛の攻勢であったが、ついに切り札である火炎魔術も使用された。
大量の炎が城壁を襲おうとする。
慌てて、守備側は防御魔術を発動し、かろうじて火炎魔術を防ぎきった。
ヴラーゲンの再現にならず、会戦に参加していた士官は神に感謝した。
集中攻撃されている突出部も持ちこたえている。
やはり、ここが弱点だとわかっていたので、防備も厚めにしておいたのだ。
三方に比べて、王都西側で倒れていく兵士は両軍共に加速度的に増えている。
だが、城壁は破損程度にとどまり、帝国兵に乗り込まれることもなかった。
西側を担当している守備側の指揮官は、この分なら持ちこたえられる、と考えていた。
だが、自軍の攻撃が全て跳ね返されているにも関わらず、アルヴェーン元帥は冷静であった。
「予定通りだな。いよいよ仕上げに入るが、セドリアン軍は持ちこたえられるかな」
元帥は魔術士官に命じて、東側の様子を映し出させた。
王都東側の帝国軍指揮官は、クリストフ征服帝自らであった。
四方からの総攻撃、西側からの大攻勢はすべて、陽動にすぎない。
本命の攻撃は、西側に守備隊の意識を集中させておいて、東側からの大攻勢であった。
もちろん、主役は火炎魔術部隊だ。
西側には約一割の火力しか回していない。
あくまでも陽動に過ぎなかった。
王都はさすがに防御魔術を使える人員が豊富だと推測される。
なので、皇帝は陽動作戦を重ねることによって、少しでも防御魔術が発動されないよう、工夫せねばならなかった。
「では、始めるとしよう。魔術部隊、火炎魔術を一斉に放て」
「はっ!」
皇帝は指令を出すと共に、嗜虐的な笑みを浮かべた。
この攻撃が成功すれば、王都東側の防御力は壊滅し、王都は陥落するであろう。
そうなれば、セドリアン王国はほぼ、帝国版図となったも同然である。
残存勢力の鎮圧という些事は残っているだろうが。
自分に運命を管理される人々が、数百万単位で増えることになる。
戦える者は新たな戦争の尖兵となってもらい、その家族は戦争を支えるために尽力してもらう。
その有様を想像するだけで、皇帝は大いなる悦楽に浸れるのだ。
皇帝の指令を受けた魔術部隊は、火炎魔術を最大魔力で放った。
ヴラーゲン平原に現れた未曾有の業火が再び、王都城壁の東側を襲おうとする。
帝国兵達は勝利を確信した。
皇帝の大いなる野望が、灼熱地獄の現出がかなえられようとしていたその時、火炎魔術は全て、かき消された。
その瞬間、皇帝に浮かんでいた笑みは消えた。
皇帝が身にまとう畏怖のオーラが強まる。
侍従たちは恐れおののき、仕えている主人の様子を命がけでうかがった。
皇帝は無表情であったが、眼は笑わず顔だけで笑う奇妙な表情を、顔にはりつけた。
「シルヴェストル三世とやらも、なかなかやりおる。今日の攻撃は終わりにする。引き上げさせよ」
「かしこまりました」
幕僚達も皇帝の雰囲気が不穏なのは承知しており、余計な言葉は一切はさまなかった。
皇帝は水を一杯だけ飲み、撤収した。
城壁東側には宝剣カスィードルを装備したシルヴェストル自らが、側近をひきつれ、陣取っていた。
彼は、火炎魔術の発動を知るや否や、宝剣を抜き放った。
宝剣は伝承通りの効果を発揮し、火炎魔術を消し去ることに成功した。
つまり、この戦いは皇帝とシルヴェストル三世の知恵比べであり、初戦はシルヴェストル三世が勝利したということであった。
彼もまた西側が弱いのは承知しており、西側の防備を固めていた。
だが、それを囮にするのであれば、真逆の東側を帝国が狙うと読んでいたのだ。
彼は大胆にも防御魔術を使える士官を東側は極力少なくして、ここは自分一人で防ぐと決めていた。
その分、残り三方には防御魔術を使える士官を多めに配備できた。
「見たか、宝剣の力を! 私こそセドリアン国王にふさわしい!」
シルヴェストルは豪語した。
側近や武官もシルヴェストルを褒め称える。
死を覚悟しただけに、王を褒め称える彼らの褒詞は心からのものであった。
◇ ◇
その夜、私室にてシルヴェストルは妻子とくつろぐ。
即位当初は、妻子を所領に残していたが、王都に連れて来ていた。
セルディフ侯爵家から嫁ぎ、ビルトゥス公爵夫人から王妃となった妻の名はマデーラという。
上品な顔立ちをしており、シルヴェストルの二つ年下で二十六歳だった。
二人の間には、四歳の長男アルフレートと二歳の長女イアナ、二人の子供がいた。
アルフレートもイアナもすでに眠っていた。
二人を見るシルヴェストルとマデーラの顔は慈愛に満ちていた。
「アルフレートを必ず、私の後継王にしてみせる」
「あなた、無理はなさらないで下さい」
「無理ではないさ。できるから、やるだけだ」
シルヴェストルはマデーラを安心させるために笑みをつくった。
「……やはり、出撃されるんですか?」
だが、マデーラの表情から不安が取り払われない。
「ああ、夜襲の指揮をとる」
笑みがはがれて、シルヴェストルの顔つきが鋭くなった。
「それが戦いで必要かどうか、女の私にはわかりません。でも、指揮官は他の方ではダメなんでしょうか? 国王であるあなたが行かれなくてもいいではありませんか」
「私が国王だと認めさせる必要がある。また、士気を高めるためにも必要なのだ。それに、ラドヴァンにできたことが、私に出来ないと思うのか」
「そうは思っていません。しかし、私はあなたのことが心配で……」
マデーラの語調は弱くなっていった。
「ありがとう、マデーラ。私を心から心配してくれる者が何人いるやら。私は所領が他の軍に襲われ、マデーラ達を人質にされるのを嫌ってここへ連れてきた。だが、本当は孤独を癒して欲しかったからかもしれないな」
「あなた……私は、あなたと運命を共にします。ご決心が固いなら、もう止めません。御武運を」
「私には宝剣カスィードルがある。問題ないさ。無事に帰ってくるよ、マデーラ」
シルヴェストルは装備を身にまとって、宝剣カスィードルを手にして、私室を出て行った。
マデーラは彼に決して言えない思いを隠していた。
(なぜ、そこまでつらい思いをして、王位を手に入れたのですか? 私はそんなの望んでいませんでした。私にはあなたも子供達もいます。何不自由ない生活を送れていました。平穏に暮らしていければ、それでよかったんです)
だが、彼女は絶対に言えなかった。
シルヴェストルが怒り悲しむのはわかっていたから。
後はただ、愛する夫が無事に戻ってくるのを神に祈っていた。
シルヴェストルは供を引き連れ、軍議の間へ歩いている途中、マデーラの哀しげな顔を思い出していた。
彼には側室はいない。大貴族としてはかなり珍しいだろう。
それだけ、マデーラを愛していた。
ゆえに、彼女の気持ちは手に取るようにわかる。
しかし、シルヴェストルは一介の宰相で人生を終える気になれなかった。
己の才気があれば、はるかな高みに昇れるはずだ、と自負しているのだ。
今は不安かもしれないが、この難局を乗り越えて笑顔を取り戻してやろう、と彼は考えていた。
シルヴェストルがこの夜襲の指揮をとる気になったのは、己の武技に自信があるからだ。
武官でなかったので誰にも披露していなかったが、彼は剣の腕前も一流だった。
また、エドルバラの戦いで活躍したラドヴァンへの対抗心もあった。
あの小僧に出来て、私に出来ないなど、とシルヴェストルは認めるわけにいかない。
そして、陰口を叩いている奴らを見返してやりたいという気持ちがあった。
本当に陰口を叩かれているかはわからない。
だが、彼は陰口を叩かれていると思い込んでいた。
即位の経緯から、彼は猜疑心にとりつかれてしまっていた。
シルヴェストルは宝剣カスィードルの鞘をなでながら、こう思う。
この宝剣は私を裏切らないだろう、と。




