(17) ザーロシュの戦い <2>
ザーロシュ平原北側にラドヴァン軍は陣取った。
左翼が諸侯勢であり、中央には国王軍、右翼はベドナジーク一門が陣を構えた。
国王軍は前から、弩兵、槍兵、騎兵と陣取っていた。
ラドヴァン率いる騎兵部隊千五百は決戦兵力であり、戦況に応じて投入する予定だった。
ベドナジーク一門もほぼ同様の陣形であった。
国王軍と多少異なるのは、分家当主達が自家部隊の指揮をとることであり、本家当主の指令は彼らを通さねば、分家部隊の兵士に伝わらない。
分家当主であるアントシュ伯爵、ベイガル子爵、ネルディフ子爵らも参陣していた。
諸侯勢は国王軍やベドナジーク一門に比べると、雑然としていた。
整然としているのは、ゾラーク伯爵の部隊など少数派である。
南側にはムラーディス帝国軍が陣取っていた。
槍兵、弓兵あわせて五千人の連隊が三つ、前列の左翼、中央、右翼と陣取っていた。
前列は総勢一万五千であり、後列で指揮するカッセル将軍の手元には予備隊として、歩兵千人、騎兵四千人がある。
やはり、ラドヴァン同様に、カッセル将軍も戦局に応じて投入する予定であった。
違いは手元にある騎兵部隊の数であり、千五百に対して四千と兵力の差は歴然としていた。
諸侯勢やベドナジーク一門にも騎兵部隊は存在しているが、帝国軍ほど連携した動きは望めないだろう。
本陣にて、ラドヴァン軍の有様を投影魔術で調べていたカッセル将軍には余裕が漂っていた。
「想定通りだな。ラドヴァンという若造は我々に武功を献上するために即位したようなものだ」
カッセルの声は機嫌のよさと少しの傲慢さで構成されていた。
「しかし、戦いでは何が起こるかわかりませぬ。油断せぬようにいたしませんと」
副官がカッセルの注意を促した。
「確かにな。全力で撃破させてもらおうじゃないか」
カッセルの視線の先には、鋭気に満ちた自分の部下達がきびきびと動いていた。
いよいよ、セドリアン王国南東部を賭けたザーロシュの戦いが始まろうとしていた。
事実上、ラドヴァン軍には後がない。
この一戦で敗北すれば、ドイェターンでの篭城を余儀なくされるが、諸侯は離反して、どこからも援軍はこないだろう。
帝国軍が敗北してもまだ余裕はあるが、本軍は王都方面に向かった以上、この分遣隊が撃破されれば、セドリアン南東部への進出はかなり遅れるだろう。
ラドヴァンも諸侯達も、永遠といわないまでも、相当な時間が稼げることになる。
両軍が前進し、まずはもっとも射程が長いラドヴァン軍の弩兵部隊による攻撃から、戦いは始まった。
弩兵が放つ矢の勢いは強烈であり、なまじの鎧や盾など貫通して、帝国兵を殺傷していく。
帝国軍はそれを承知しており、弓兵部隊は盾など構えず、自分達の有効射程に入るまで、全力で駆け抜けていく。
やがて、弓兵部隊の努力は実り、彼らが攻撃できる距離まで進出した。
ここで、戦況は一転する。
帝国軍の弓兵部隊から、矢が雨のごとくラドヴァン軍へと降り注いでいく。
このままでは、ヴラーゲンの戦いの再現となる。
それを避けるべく、ラドヴァン軍はかんたんな造りの木の盾を用意していた。
長弓による矢も威力は大きいが、弩ほどではない。盾である程度は防げた。
ある程度でしかないが。
ラドヴァン軍の槍兵は盾をかかげて、突進していく。
射線をふさがれた弩兵も剣を構えて、第二列へと入っていく。
最初から、射撃戦は捨てていた。
接近戦主体で戦うしか選択肢は残ってなかった。
極めて不幸な兵士達が矢で貫かれて、即死、もしくは苦しんだ後で死んでいく。
運が悪い彼らを乗り越え、ラドヴァン軍は帝国軍槍兵隊と接敵し、激闘が始まった。
国王軍前衛部隊指揮官を務めるベネシュは、懸命に指揮をとっていた。
ベネシュは地味ながらも、セドリアン軍を支えてきた武人の一人だ。
セドリアン王国では帝国ほど、能力だけで栄達するのは無理であった。
階級による壁が存在していた。
にも関わらず、平民でありながら、連隊長にまで出世したのだ。
彼は篤実にして、優れた能力を有した武人であった。
ラドヴァン付きの辞令を拝命した彼の心境は複雑であった。
三十年以上、政争に巻き込まれずに来たが、連隊長となってついに含みのある役職についたか、と。
わがままであろう王子の下で働くなど、無骨な武人の自分に務まるか、ベネシュは心配だった。
しかし、ラドヴァンと接してみて、自分の心配は杞憂に終わった、とベネシュは安堵していた。
ラドヴァンには王族、大貴族特有の傲慢さがなかった。
王族や大貴族が尊大になるのは、資質だけではなく、人にかしずかれるのが当たり前という環境が性格を歪ませるからだ。
英明な資質であっても、幼少の頃からそういう環境だとスポイルされてしまう。
だが、ラドヴァンには妾腹ゆえの足かせがあり、皮肉なことにそれが性格の中に尊大さを生じさせなかった。
彼は父王の愛情を受けながらも、過度に甘やかされることなく育っていたのが幸いした。
しかし、ムラーディス帝国の侵略によって、全てが覆った。
ベネシュは一時、戦死の覚悟を決めたものだ。
三十年以上、セドリアン軍に務めてきた彼は、寝返る気も逃亡する気もさらさらない。
ラドヴァンを守り抜くのみ、と決心していた。
だが、ラドヴァンはベネシュが思っていた以上に、英雄の資質を持っていた。
『究極の戦士』の召喚に成功して、勇敢にも陣頭にたち、遊牧民族の来襲を蹴散らした。
さらに、旧怨を乗り越え、ベドナジーク一門と婚姻することで彼らを取り入れた。
それを元に諸侯をまとめ、新国王に即位する。
たかだか、十七歳の少年だというのに。
ルミール建国王も十代で挙兵していた。
英雄とはそういうものなのか、とベネシュは感慨深いものがあった。
カリーヌから、ベネシュはラドヴァンとハギリの関係について報告を受けていた。
報告を受けなくても、当人達は隠しているようだが、ベネシュのような経験豊富な男には、様子を見るだけでわかってしまうものだ。
若い男女のことであり仕方がない、とベネシュは思っただけであった。
ただ、ネステルのことを考えると、まずいことにならなければよいが、とは思う。
しかし、ラドヴァンは政務、軍務を滞らせておらず、単なる軍人にすぎない自分が口出しすべきではないとわきまえていた。
ベネシュに野心はなかった。
だが、セドリアンの軍人として、侵略者を打ち倒したい気持ちは強く持っていた。
ラドヴァンは年少だが、仕えるに足る主君だ。
歴史に名を残す本当の英雄になるかどうか、ベネシュにはわからないが、その可能性はあると考えていた。
ならば、その下に自分の名前を載せることができれば、最高ではないかと思う。
彼は自分が為すべき役割を知っていた。
ラドヴァンとハギリが帝国軍に決定的な痛打を与えるまで、戦局を維持することだ。
やはり、彼の眼から見ても帝国兵の練度は高い。
何もしなければ、じりじりとおされるだろう。
だから、彼は必要と思うことを果たしていく。
「セドリアンの大地を帝国の奴らに汚させるなっ!! ここが抜かれれば、我々の妻子もどうなるかわからんのだぞ!!」
ベネシュには子供はいないが、長年連れ添った妻をドイェターンに残していた。
同じ境遇にある兵士の感情に彼は訴える。
また、さらなる大声で
「ラドヴァン様と『究極の戦士』であるハギリ様が戦局を打開してくれる!! それまでの辛抱だ!! 踏みとどまって戦えば、必ず勝てるっ!!」
と、呼びかけて兵士に希望を与えていく。
絶対にそうなるとは限らない、だが、可能性はあるのだ。
ベネシュの声を聞いた兵士達は、気力を充実させていく。
嘘ではない。空元気でもない。実際にあったことなのだから。
ベネシュはおされている箇所に兵士を派遣していく。
逆におしている箇所に圧力をかけるべく、熟練した指揮をみせていた。
ベネシュの奮闘が実り、わずか三千五百にすぎない国王軍前衛部隊は、戦線の維持に成功していた。
ベドナジーク一門分家当主のアントシュ伯爵は、千五百の兵士を率いていた。
一門総勢で八千であり、約二割の兵力を有していることになる。
伯爵はこの戦いに敗れれば、ラドヴァン同様に後がないと判断していた。
ラドヴァンよりは、多少はましである。
ネステルを見捨てて、一門の生き残りに徹するという選択肢があるのだから。
だが、それをすれば、かつての繁栄は永久に失われ、小貴族へと没落するだろう。
まわりの諸侯もベドナジーク一門を見限るに違いない。
当主父子を殺されたあげく、新当主も致命的な失敗を犯すことになるのだから。
本家が小貴族となれば、分家はどうなるのか?
考えるまでもないことであった。
だから、彼は勇戦する。
伯爵としての誇りを賭けて、華々しい未来を求めて、彼の指揮下で戦う家臣達を守るためにも。
ベイガル子爵、ネルディフ子爵といった他の分家当主達も、奮戦する。
伯爵ほどの危機感、能力を持った者はいなかったが、彼らもよりよき未来を求めてあがいていた。
エドゥアルドは、一門勢後方に陣取って、指揮を執事長と武官達に全て一任していた。
「指揮なんてしたこともない僕が口出ししたら、ひどいことになるだろうからね。この戦いでは褒美をはずむよ。負ければ、財産なんてふっとぶんだから。なら、君たちにあげたほうがましだよ」
エドゥアルドの言葉に、武官達は奮闘を約束する。
先代侯爵にしても、エドゥアルドの父親にしても、いらぬ口出しをしてくることがままあり、彼らは態度に出せずとも毛嫌いしていた。
この戦いは御家存亡を賭けた戦いであり、褒賞もいただけるのであれば、全力で戦う以外に選ぶ道はなかった。
エドゥアルドは陣中で座りながら、右斜め前に立つ執事長に戦況をきく。
「どうだい、戦いぶりは?」
「帝国兵は精強と聞いていますが、我らはややおしているようです」
「そうかい! それはよかったよ」
エドゥアルドの表情は明るくなった。
軍事に関してはまるで暗く、この戦いについては『究極の戦士』頼りと開き直っていたのだ。
それだけに、『究極の戦士』抜きでも、互角以上に戦えている現状に、胸をなでおろした。
「なら、僕の陣を前方にもっていこうか」
「それは危険を伴います」
「わかっているさ。だから、ぎりぎりの線までだよ。よく考えたんだけど、後方でふんぞりかえってるバカが大将だと、兵士も嫌気がさすだろ。少しくらいは気持ちを見せようじゃないか。ラドヴァン陛下みたいに陣頭で戦うのは無理だけどね」
「かしこまりました。手配させていただきます」
「悪いね。一つくらいは指揮官らしいことをしてみたかったんだよ」
「いえ、意味あることだと思います」
エドゥアルドは立ち上がって、軽く背伸びした。
彼はラドヴァンがいる方を見やって、ラドヴァンとハギリがいつ動くか、について思いを巡らせた。
ラドヴァン軍左翼に位置する諸侯勢は両軍の予想通り、おされていた。
まだ、潰走状態には陥っていないが、明らかな劣勢であり、帝国軍の攻勢にじりじりとおされていた。
もし仮に神々が天上から、ザーロシュ平原を見下ろしたとしたら、次のように見えたであろう。
平原北東に位置する諸侯勢はおされて、中央は互角であり、北西のベドナジーク一門勢は帝国軍をややおしていた。
つまり、両軍の境界は北東から南西にいたるやや斜めのラインとなっていた。
帝国本陣のカッセル将軍は投影魔術で戦況をつぶさに監視していた。
頃合とみた彼はついに決断する。
まずは、ベドナジーク一門におされている帝国軍左翼を支えるために、予備隊から歩兵千人と騎兵千人をまわす。
これで、戦線を維持し続けることができる、と彼は判断した。
そして、騎兵三千を彼自身が指揮をとって、右翼にまわす。
崩れかけている敵諸侯勢の横合いを叩いて、完全に敗走させれば、ラドヴァン軍全軍が崩壊するだろう。
副官がカッセル自身は後方に留まるよう進言したが、
「私以上の指揮官はいまい。それに、さすがに陣頭にはたたんよ。指揮をするだけだ」
と、カッセルに言われ、引き下がった。
その言葉は間違いではなかったからだ。
カッセルは馬上の人となり、高らかに声を張り上げる。
「武勲が欲しければ、自分の手で手に入れろ!! 俺もかつてはお前達と同じ位階だったのだ。だが、俺は武勲を重ねてここまできた。お前達も出世したければ、俺に続けっ!!」
「おおうっ!!」
部下の騎兵達は大声でそれに応えた。
帝国軍の強さには、比較的公平な昇進制度が寄与していた。
働けば報われるのである。
また、常勝不敗であり、ほうびに不足しなかった。
領地が広がれば、役職の数も増えていくのだから。
帝国人のほとんどが、戦勝がもたらすこの好循環に酔っていた。
カッセルは勝利を確信して、騎兵部隊と共に出撃した。
後方の本陣にいたラドヴァンは、じりじりとおされていく諸侯勢の様子を投影魔術で見ながら、焦燥感に身をやかれていた。
完全に崩れてしまえば、騎兵部隊を投入する前に事が終わってしまうのである。
ラドヴァンは幾度も騎兵部隊を投入して支えるべきか、思い悩んだ。
だが、それをしてしまえば、決定打を与える戦力がなくなってしまう。
しかし、崩れてしまえば終わり、と思考が暗闇の底へと落ち込みそうになる。
彼には軍師とよべる存在はいない。
彼自身が決定しなければならなかった。
しかし、彼の苦闘はついに報われた。
魔術士官が帝国軍騎兵隊の動きをつかんだのだ。
ラドヴァンはそれを待っていた。
敵の切り札である騎兵部隊を、ハギリを陣頭に立てた自分達の騎兵隊で撃破する。
そのまま、敵の横合いをついて、半包囲に持ち込み、敵軍を崩壊させる。
奇しくも、その戦術はヴラーゲンの戦いにおける皇帝の戦術と同じであった。
皇帝は火炎魔術を用い、ラドヴァンはハギリを頼るという違いはあるが。
兵力でも、おそらく兵士の質でも帝国に劣る。
全ては、ハギリにかかっていた。
彼女の並外れた力で敵軍を動揺させて、初めて勝負になるのだ。
ラドヴァンは声をあげる。
「ハギリ、ジャネッタ、カリーヌ、出陣だ!!」
「はいっ!」
彼女らは勢いよく、ラドヴァンにこたえた。
ジャネッタ、カリーヌは士官として騎兵部隊に指示を出しに行く。
「ハギリ、一緒に行こう」
「はい、ラドヴァン様」
ラドヴァン達もまた、決着をつけるべく、出撃した。




