(14) ベドナジーク家の後継者
「エドゥアルド!? お前は女達と遊んでたんじゃないのか!?」
そう叫んだ青年の前では、赤基調の瀟洒な上着をまとった端麗な容姿の貴公子が笑っている。
貴公子の部下達に急襲され、青年の家臣達数十人はほぼ皆殺しにされた。
この広間には、二人の他に貴公子の部下五人と死者が二人いる。
「ラディム、僕は女の子が好きだよ。しかし、おじい様や父上が殺されたんだ。いつまでも、遊びほうけてるわけがないじゃないか」
「しかし、お前は愛人達のところに入り浸っているって……まさか……」
ラディムと呼ばれた青年は顔色を変えた。
「情報の裏もとらないバカにベドナジーク家の後継者は無理だよ。ラディム、本当にかわいそうだけど、死んでくれ」
貴公子の顔は嘲弄の色で染まっていた。
シルヴェストル三世に、ベドナジーク侯爵と二人の息子が処刑されて死んだ。
その二人の息子にも、一人ずつ息子がおり、本領で暮らしていた。
長男の息子であるエドゥアルドは二十一歳、遊興三昧で有名だった。
次男の息子であるラディムは二十歳、家臣領民にも比較的評判はよかった。
長幼の序でいけば、ベドナジーク家はエドゥアルドが相続すべきである。
しかし、ラディムはエドゥアルドを侮り、自分がベドナジーク家当主になるつもりだった。
ラディムもまた、邪魔なエドゥアルドの殺害を計画していたのだ。
だが、逆にエドゥアルドから襲撃された。
エドゥアルドは王都での変事を自宅の応接間で聞いた。
彼は祖父の侯爵や父とは別の邸宅を構えていた。
もう夜であり、彼の寝室では愛人の一人が彼を待っていた。
一報を持ってきた本家の執事長に、豪奢なソファーに座り、ガウンを着た彼は気だるげに話す。
「おじい様はともかく、父上は死ぬのが早すぎるよ。僕はもう遊べなくなるじゃないか」
老齢の執事長は顔色を変えず、直立した姿勢でこたえた。
「これから、いかがいたしましょうか、エドゥアルド様」
「君は僕の命令をきいてくれるの?」
「血筋で考えれば、エドゥアルド様が新たな御当主でございます」
「女遊びしかしてなかった僕でもいいんだ?」
エドゥアルドの瞳の奥には剣呑な炎がちらついていた。
執事長は彼の眼を見ながら、
「先ほど、エドゥアルド様はもう遊べなくなると仰られました。お立場が変わられた事を自覚なされてる以上、臣下である私が何を申すことがありましょうや」
と、無表情でこたえた。
その言葉を聞くと、エドゥアルドの瞳の奥にあった炎は消えうせ、クスリと笑った。
「これは一本とられたな。君は本当に僕が当主でいいんだな?」
エドゥアルドの気だるげな感じは消えうせ、熱意こもった表情になる。
「はい。エドゥアルド様こそ新たな御当主様です。お指図を」
「わかった。まずは今から、アントシュ伯爵、ベイガル子爵、ネルディフ子爵を訪問するとしよう。根回ししておかないとね。ラディムを扇動されても面倒だ」
この三家はベドナジーク一門の有力な分家であった。
「夜遅くなると思いますが、今から、でございますか?」
「そうだ。問題あると思うか?」
「いえ、先触れなど手配させていただきます」
「それと、ラディムを見張らせろ。扇動されなくても、バカが愚かなことをするかもしれないし。ああ、僕は今日も明日もずっと女遊びをしている事にするからな」
「皆様のお耳に入るようにいたしましょう」
「ベドナジーク家に二人も当主はいらない。ラディムの動き次第では始末する」
「かしこまりました」
「ハハッ、さすがに本家の執事長ともなると、話が早いな。厳しいおじい様に登用されるわけだ」
エドゥアルドが愉快げに笑うのに対して、執事長はあくまで表情を変えなかった。
「新たな御当主様が御明敏であらせられ、私はうれしく思います」
執事長は礼式にのっとり、右手を胸にあてて、右足を少し後ろに下げて一礼した。
エドゥアルドは、執事長が家内で隠然たる実力者であることを知っていた。
ゆえに、彼の支持を受けて、内心安堵する。
後は、愛人をどうなだめて送り返すかが問題であった。
ラディムはエドゥアルドに向かって、情けない声をあげた。
「俺達は従兄弟だろう! 頼むっ! 命だけは助けてくれっ!」
ラディムの命乞いは、父親がシルヴェストル三世に対して行ったそれとほぼ同じであった。
結果もまた、同じになる。
「お前が美人なら助けてやってもよかったんだがなぁ。二十歳で死ぬなら、僕みたいにたくさん遊んでおけばよかっただろうに。よし、やってくれ」
「はっ」
エドゥアルドの部下達が剣を抜いて、ラディムの前に立ちはだかった。
「畜生めっ! 貴様を呪い殺してやる、エドゥアルドッ!!」
その言葉を最後にラディムは三本の剣で貫かれて死んだ。
「完了いたしました、エドゥアルド様」
「ご苦労だった」
エドゥアルドはラディムが死んだのを確認した。
ラディムの形相は眼を背けたくなるほど、凄まじいものだ。
見たいものではないが、こういうのは自分の眼で確かめておかないと、後悔する事がある。
彼は愛人達からそれを学んでいた。
「よほど、無念だったようだね。でも、呪い殺せるくらいなら、貴族や王家なんてとっくの昔に全滅してるさ。さぁ、帰るとしようか。よく働いてくれたから、褒美ははずむよ」
「ありがたき幸せです、エドゥアルド様」
こうして、ベドナジーク家の後継者はエドゥアルド=ドレク=ベドナジークに決まった。
◇ ◇
「お三方、よく集まってくれたね」
ラディムを殺してから、あらためてエドゥアルドは本家邸宅に有力三分家の当主を招いた。
今後、ベドナジーク一門がどう動くべきか決めるためである。
亡き侯爵の趣味で集められた風景画、女性の彫刻などが飾られた応接室の黒革であつらえられたソファーに四人は腰掛けていた。中央には黒檀の机が置かれている。
部屋の隅に執事長が姿勢を正して、立っていた。
「集まるのは当然ですとも。エドゥアルド様も立派になられましたな。亡き閣下もお父君もさぞかし喜ばれているでしょう」
壮年で痩身のベイガル子爵がへつらうように言った。
それに同じく壮年だが、髪がかなり薄くなり、多少肥満気味のネルディフ子爵が追従する。
「左様、新侯爵閣下を我ら分家が懸命に支えますぞ」
「まだ、僕は侯爵に叙されてませんよ」
エドゥアルドが苦笑する。
根回しに行った時は多少、自分を見下すところが見えたのに、すっかり様変わりしていた。
ラディムを始末したのが効いたようだ、とエドゥアルドは内心ほくそえんだ。
「我らはすでに、エドゥアルド様を新しい侯爵閣下と認めているということです」
三人の中ではもっとも年配で、剛毅な印象を与えるアントシュ伯爵が語った。
ベイガル子爵とネルディフ子爵も頷く。
「お三方のお気持ち、こころよく受け取っておくよ。そういや、ベイガル子爵の新しい愛人はかなりかわいいね。僕もあやかりたいな」
エドゥアルドの顔には冷やかすような笑みが浮かんでいた。
ベイガル子爵はぎょっとする。
子爵は恐妻家だった。
新しい愛人の事はごくわずかの側近にしか知らせていない。
なぜ、エドゥアルドが知っているのか、と。
「ハハ……、いや、そのですな……」
「安心して、正妻には黙っているから。大変だよね。僕も揉めるときがあるから、よくわかるよ」
「お、恐れ入ります」
ベイガル子爵はエドゥアルドに、完全にのまれてしまっていた。
「それで本題に入るけど、僕が名実共に侯爵となるには、あの僭王をどうにかする必要がある。シルヴェストル三世を名乗った僭王につきたいという考えの方はいるのかな」
「ありえませんな」
「いかにも」
「そんな愚か者は、ここにはいないでしょう」
三人は即座に否定した。
本家当主親子を処刑され、王都にあった一門の財産も全て接収されている。
シルヴェストル三世は明確な敵であった。
「なら、結構。あいつは殺さないとダメだよね。そうでないと、しめしがつかない」
エドゥアルドは、金髪碧眼でいわゆる甘い顔立ちだった。
色気がある瞳にやや厚い唇、女性を口説くのに彼は大いに利用していた。
だが、そんな容貌なだけに、瞳に殺気をこめられると、妙な迫力がある。
「まさに、ごもっとも」
やや気圧されたようにベイガル子爵が頷き、ネルディフ子爵も同調する。
アントシュ伯爵も頷くが、エドゥアルドを一番恐れていたのは彼だった。
エドゥアルドの女遊びは筋金入りの本物だった。
関係していた女性は、間違いなく数十人をこす。
本家後継者候補の一人であったエドゥアルドを、伯爵は詳細に調査していた。
そんなエドゥアルドがこんな事態に遭遇するや否や、あの執事長を腹心とし、ライバルを暗殺し、我々分家を手玉にとっている。
日頃から、英邁であったのであれば、納得できる。
しかし、数年間もずっと猫を被っていたのであれば、伯爵としては薄気味悪くて仕方がない。
今の様子を見ていれば、単なる女好きにも思えない。
あまり関わりたくない人物であるが、彼の立場上、そういうわけにもいかなかった。
伯爵は、細心の注意を払いながら、エドゥアルドに接していた。
「となると、僕達は帝国かラドヴァン殿下につく必要があると思うんだ。一門そろえばかなり戦えるよ。でも、単独だと無理があるね。どうだい?」
ベドナジーク一門は、本家分家そろえば、一万人を動員することが出来た。
南東部諸侯を総動員すれば、およそ二万五千人の兵力を集められるだろう。
ベドナジーク一門だけで、南東部諸侯のざっと四割の兵力となる。まさに名門大貴族であった。
しかし、単独では到底、シルヴェストル三世と戦うことはできない。
分家当主三人もエドゥアルドの意見に賛同した。
「実を言うと、ここまではすっと決まると思ってたんだ。問題はここからだよね。帝国とラドヴァン殿下、どちらを選ぶか、だよ」
エドゥアルドは三人を見回した。
すると、ベイガル子爵も周りを見回し、ネルディフ子爵は視線をそらし、アントシュ伯爵はやや俯いて、瞑目した。
「ベイガル子爵、どう思う?」
エドゥアルドはベイガル子爵に視線を移す。
「…………」
ベイガル子爵は答えたくなかった。
エドゥアルドの存念と違っていれば、面倒だ。
従兄弟のラディムを躊躇なく殺したことといい、先ほどの愛人の件といい、畏怖に近い感情を抱きつつあった。
「どうしたのかな?」
エドゥアルドに促され、ベイガル子爵はやむなく口を開いた。
「なかなか難しい問題ですな。戦力は間違いなく帝国のが上ですが、正統性はラドヴァン殿下がお持ちです。判断に困りますな」
「そう、お二方はどうかな」
ネルディフ子爵はアントシュ伯爵を見やるが、伯爵は瞑目したままだった。
「ベイガル殿と同じで判断に悩みますな」
「わかったよ。伯爵は?」
ここでようやく、アントシュ伯爵は目を開いた。
「殿下の兵力は増強されたようですな。また、『究極の戦士』の召喚に成功したとか」
「さすがは伯爵だ。よく調べてるね」
「いえ、皆、ご存知でしょう」
「殿下の兵力は知ってるかい?」
「五千以上とは聞いていますが」
「どうやら、六千の大台にのったようだよ。それに、僭王の非を打ち鳴らして、自分の下に集まるよう書状を南東部の各諸侯にばらまいてるようだ」
「何ですとっ!?」
分家当主達は皆、驚きの表情を顔に浮かべた。
「こちらにも、もうじき書状が届くと思うよ。ドイェターンの近くから先に到着するだろうしね」
「……情報がお早いですな」
「執事長のお陰だよ」
「エドゥアルド様の差配に従ったまでです」
執事長は軽く一礼した。
「殿下に賛同する諸侯が何人かあらわれそうだよ。我々が態度を決める前にね。エドルバラの勝利は殿下にとって大きかったね」
「しかし、それは面白くありませんな」
ベイガル子爵が少し渋い表情になる。
南東部の諸侯達は、ベドナジーク一門の動向を見てから動くのが習いであった。
それが、崩れようとしているのだ。不愉快であった。
「そろそろ、エドゥアルド様のご存念を御明かし願いたい。腹案をお持ちと思われますが」
アントシュ伯爵がエドゥアルドを見つめた。
「そうだね。僕はラドヴァン殿下につこうと思う。理由が気になるだろうから、言わせてもらうよ。殿下は正統性をお持ちでなおかつ、『究極の戦士』まで召喚された。ガセじゃないのは調べたからね。まさに人間離れした強さだそうだよ。つまり、帝国の兵力に対する対抗手段ができたことになる。ルミール建国王は少数で多数を幾度も打ち破っているからね。ここまではどうだい?」
「それでも、クリストフ征服帝はいささか強すぎると思われますが」
ネルディフ子爵は不安そうに言った。
「全くだね! あれは反則に近いよ。だから、僭王には精々がんばってもらわないとね。皇帝と共倒れになってくれたら最高だよ!」
「ハハ、まさに」
ベイガル子爵だけでなく、他の二人も頷く。
それだけ、常勝不敗の皇帝が率いる十万以上の帝国本軍は恐ろしかった。
「確かにクリストフ征服帝は恐ろしい。だから、帝国につくのも考えたよ。でも、ダメだ。帝国では外様諸侯なんて何年存続できるかわからない。譜代の大貴族はそれなりの処遇のようだけどね。我々ベドナジーク一門は大貴族だよ。だから、潰されるさ。クリストフ帝の次の皇帝になっても、帝国中枢にいる高官の考えは変わらない。彼らの利権を増やすためにも、中央集権をすすめるためにも、外様諸侯を徐々につぶしてまわるのさ。こちらに落ち度がなくても、難癖をつけてね」
エドゥアルドの言葉に三人は沈黙した。
帝国では皇帝の直轄地が約八割だ。
現実がエドゥアルドの言葉を肯定していた。
「どうかな?」
「……ラドヴァン殿下につくしかないようですな。しかし、殿下は我々を粗略に扱わないでしょうか?」
アントシュ伯爵は、ラドヴァンとその母親にしてきたことを知っていただけに気重な表情でそう言った。
他の二人も伯爵と似たような表情であった。
「僕の手は汚れてないんだけどね。おじい様達もひどいことをしたもんだよ。殿下の母君は絶世の美人だったそうじゃないか。美人はいじめるものじゃなくて、愛でるものさ」
「……それはまぁ」
ネルディフ子爵も、本家がしてきた所業を手伝ってきただけに、歯切れが悪かった。
「まぁ、そのあたりは確かに懸念材料だよね。した方は忘れてもされた方は死ぬまで覚えてるだろうしさ。だから、僕に考えがあるんだ」
エドゥアルドは執事長の方を見やった。
執事長は退室してしばらくしてから、一人の少女を伴い、入室する。
「紹介するよ。僕の腹違いの妹、ネステルだ」
「ネステルです。よろしくお願いします」
少女はやや茶色がかかった金髪を綺麗に肩で切りそろえ、琥珀に近い色の瞳だった。
顔立ちは整い、健康的な美少女だ。
「かわいいだろう。父上はいい妹を残してくれたよ。血がつながってなければ、僕のものにしたいくらいだ」
「……まさか、殿下に?」
「やっぱり、伯爵は話が早いね。ネステルなら殿下も満足するよ。ベドナジーク一門はラドヴァン新王のもと、繁栄を取り戻そうじゃないか」
分家当主達はエドゥアルドに賛同した。
相談は形だけであったが、本家当主にふさわしい見識を確認できて、一門がとれる最良と思われる道筋を示してくれた。
彼らは概ね、満足することができた。
自分達分家は単独だと、一伯爵、一子爵にすぎない。
一門として行動することで、権威を保ち、利権なども手に入れることができる。
彼らはそれをよく理解していた。
ラドヴァンは間もなく、このエドゥアルドと対面することになる。




