表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/26

(13) 転機の到来

 ラドヴァンは帰還後、エドルバラで勝利したという情報を、近隣へ積極的に流した。

 彼が『究極の戦士』召喚に成功して、戦士と共に陣頭で戦ったという事実を強調して。

 自分を英雄視させることに、ラドヴァンは複雑な感情を持っていた。

 だが、諸侯や部隊を集めるためにも、人気取りは必要だと割り切るしかなかった。


 この情報に接して、ドイェターン近隣に点在していたセドリアン軍の中小部隊は帰趨を明らかにした。

 本来、ラドヴァンは王子であるが、役職はドイェターン執政官にすぎず、近隣部隊への権限は皆無だ。

 だが、この情報が流れて「ラドヴァン王子頼るべし」の機運が高まり、続々と集結してきた。


 彼らもたかだか数百の部隊単独では、危険だとわかっていた。

 しかし、情報通の何人かがラドヴァンは英明だと知っていても、実績皆無で若干十七歳の彼を頼るべき存在とは思えなかったのだ。

 だが、ラドヴァンは結果を出した。

 陣頭に立って、同数以上の騎兵を撃破したのだ。

 さらに、『究極の戦士』まで召喚に成功したという。

 ラドヴァンは、不安に駆られる彼らが頼るべき存在になりえた。


 かくして、ドイェターンは六つの部隊を吸収し、総勢五千五百にまで兵力が増強された。


 草原に帰還したバジャンク族のゲラーシムは負傷と称し、対外的な会合に姿を見せなくなった。

 彼は屈辱を感じ、会合に顔を出したくなかった。

 これは彼にとって、失策だった。

 バジャンク族はこれ以降、遊牧民族の中で主導権を握れなくなる。


 ツァラダン族も痛手を受け、逼塞を余儀なくされる。

 ガイヘク族はダメージこそ少なかったが、族長のサヴェリーに他族をまとめるだけの器はない。

 遊牧民族の間にラドヴァンと『究極の戦士』の話は瞬く間に浸透し、ドイェターン方面に兵を出そうという動きは完全に止まった。

 彼らは当面、ムラーディス帝国とセドリアン王国の戦いの形勢をうかがうことになる。


 ラドヴァンは戦利品の分配に気を配った。

 賞罰が軍隊の生命線というのを理解していたからだ。

 騎兵部隊に関しては、彼自身の査定、隊長達の査定を加味して分配した。

 他の部隊は、複数人の査定で客観性を持たせるようにして、分配した。

 褒賞の評判を調べさせたが、完全ではないにしろ、兵士達がほぼ満足しているようで、彼は胸をなで下ろした。


  ◇  ◇


 いよいよ、ラドヴァンはハギリと話をすべく、執政官室に彼女を呼んだ。

 前に話をしていた時のことを考えて、彼女の部屋に行くのをはばかった。


 ハギリが入室し、二人は椅子に座った。

 ラドヴァンは彼女を問いただす前に、別の話題を持ち出した。


「ハギリ、俺の戦いぶりはどうだった?」


 ハギリは意表をつかれた様子だったが、すぐに返事を返す。


「見事な戦いぶりだったと思います。殿下と共に戦えてうれしかったです。お世辞ではありません」

 ハギリの眼差しが熱を帯びた。


「ハギリにそう言ってもらえると、俺もうれしい。お互い、初陣だったが、無事に大したケガなくすんで何よりだった」

「はい。今の私だとそう簡単にはケガをしないと思います。殿下はお身体を大切になさって下さい」

「ありがとう。それで、だ」


 ラドヴァンの表情がやや重くなり、ハギリがそれに気づいた。


「なぜ、あの時、一人で突入したんだ?」

 そう問うた時、ラドヴァンの眼差しはハギリではなく、外の景色に向けられていた。

 彼は自分のことを勇気がないと思ったが、感情を静めるために、ハギリを直視するのを避けた。

 彼の眼には城下町と城壁が映っていた。


「私は一人の剣士として、自分の力を試してみたかったんです。そのために、他の人に邪魔されないよう、一人で戦いました」

「……周りのことは何も考えなかったわけか?」


 ラドヴァンは未だハギリを見ようとしなかった。


「はい。私は兵士ではありません。私は戦いを求めていて、その戦いが殿下の為になるよう、配慮はします。ですが、私は剣士としての自分を最優先します」

「……これからも、か?」


 ラドヴァンの声は無理やり絞り出されたようなものとなった。


「……嘘をつかないと誓いましたね。その通りです」


 ハギリの声もやや小さくなった、とラドヴァンは感じた。

 ラドヴァンの形相がやや険しくなる。


「一人で突撃して、心配すると思わなかったのか?」

「……誰がでしょうか? ご存知のように、この世界には友人、身内はいません」

「俺が、だ」

「…………」


 ハギリは今日初めて、言葉に詰まったが、弱い声音で問い返す。


「……殿下がなぜ私を心配するのでしょう? 殿下と私は友人、恋人などではありませんよ。殿下は私が戦うのを望み、私は戦いを望むので殿下に従う。それだけではないのですか?」


 ラドヴァンはついにハギリへと向き直った。

 ハギリの眼差しがまっすぐ自分に向けられていた。

 瞳がやや潤んでいるように、彼には見えた。


 ラドヴァンは女性をわざと避けていた。

 彼の母親は父王に愛されて側室となったが、その人生は儚いものだった。

 母のことを思うと、彼は自分の欲望に任せて振舞う気にはなれなかったのだ。


 それでも、彼は聖人君子ではない。性欲を持つ思春期の少年だ。

 むしろ、人並み以上だったかもしれない。

 だから、ジャネッタ、カリーヌ、他の容貌優れた侍女達に手を出してもいいと知っていただけに、自制するのはかなり苦労した。

 その中でも、心を許してくれていると思えたジャネッタは魅力的だった。

 彼女もそれを望んでいるのではないかと、身勝手な想像までしたものだ。

 だが、非業の死をとげた母を考えれば、欲望を抑えることができた。

 ジャネッタが母親のような運命をたどれば、きっと後悔するだろう。


 そんなラドヴァンは、ハギリに対してもまた、魅力を感じていた。

 容姿の美しさに魅せられる自分を愚かしいと思う。

 お前は、かわいければ、美しければ、誰でもいいのかと?

 母の死によって培われた彼の中のモラルが彼を打ちのめす。


 でも、そのモラルを破壊しようとする力が彼の心の中で蠢いていた。

 その力は、ハギリと初めて会った時に生まれ、エドルバラでハギリと共に戦ってから、勢いが激しくなる。


 ラドヴァンはハギリの潤んだ瞳を見て後悔する。

 彼女に触りたくなるし、抱きしめたくなるし、口づけたくなる。

 そして、彼女の心が欲しくなる。心の手に入れ方など知らないというのに。

 ジャネッタに抱いた欲望よりはるかに強かった。

 ままならぬ自分の心に彼は苛立ちを感じる。

 右手の親指に中指の爪を立てた。血がにじんできそうだ。

 その痛みで、かろうじて彼は理性を保った。


 彼は何か言葉を返さねばならないという状況に気づく。


「俺達は共に戦う仲間だ。仲間が仲間を心配するのは当然だろう」

「……仲間ですか」

「ああ、そうだ。ハギリにとって、俺は仲間じゃないのか?」

「……友達、とは違いますね。知人、よりも関係が強いと思います。……」


 ハギリは少し間をおいて、


「そうですね。だとしたら、私は初めて、仲間を持ちました」

 ハギリは澄んだ微笑をうかべた。


「俺もだよ」

 ラドヴァンも笑おうとするが、ややぎこちなかった。

 二人の間に沈黙が生じるのを恐れたラドヴァンは、話題をつないだ。


「なぁ、ハギリ。今度の戦いはさらに規模が大きくなる。まだ、一人で戦いたいか?」

「それは……」

「仲間として、俺達も一緒に戦わせてくれ。俺と一緒に戦うのは嫌か?」


 それはラドヴァンにとって真摯な言葉でもあり、嘘でもあった。


「……いえ、嫌ではありません」

「なら、約束してくれ。嘘はつかないんだろう?」

「わかりました。約束します。私からも一つ教えてください」

「……なんだ?」

「私を本当に仲間だと思っていますか? 嘘はつかずに答えてください」

「もちろん、そう思っているよ。ハギリはかけがえのない俺の仲間だ」


 ラドヴァンは嘘をつかなかった。

 ただ、仲間以上の感情を持っているが、仲間なのは間違いない。


「……ありがとうございます」


 ハギリは深く一礼した。

 だから、ラドヴァンには彼女の顔が見えなくなった。

 顔をあげたハギリにこれといった表情は浮かんでなかった。


「それと、戦いの報酬として剣を渡そうと思う。ハギリがもっとも喜ぶと思ったんだが」

「はい。剣が一番うれしいです」

 ハギリの表情が華やぐ。


「そうか。なら、よかった。話は以上だ」

「わかりました。それでは失礼します」

 ハギリは退出しようとするが、ラドヴァンは呼び止めた。


「なんでしょう?」

「……いや、何でもない。また、後でな」

「……はい」


 今度こそ、ハギリは退室した。

 ラドヴァンはなぜ彼女を呼び止めたのか、自分でもわからず、目をつぶって目蓋を左手で覆った。


  ◇  ◇


 ジャネッタは稽古場でハギリに剣技を教授されていた。

 エドルバラの戦いにおけるハギリは、ジャネッタの眼からみても、凄絶の一言だった。


 ラドヴァンがハギリに様々な配慮をするのを見て、ジャネッタは嫉妬めいた感情を持った。

 それを自覚すると、彼女は自分自身が嫌らしいと思ってしまう。

 ハギリの働きは客観的に考えても、大きなものだというのに、それを嫉妬するなんて、と。


 ジャネッタは嫉妬で心が腐る前に、ハギリに少しでも近づくべく、剣技の教授をこうた。

 ハギリの快諾を得て、今こうしてハギリと木剣を交えている。


「これで、どうですか!」

「そんな剣じゃ、まだ私に届きませんよ」


 ハギリが超絶的な力を用いなくても、技だけで戦っても、ジャネッタは一本も取れない。

 それでも、ジャネッタはへこたれず、幾度も剣を振るってハギリに挑む。

 少しでも、ハギリの技を盗むために。


 戦いの後、ラドヴァンはジャネッタに声をかけてくれた。


「ありがとう。ジャネッタのお陰で助かった。次の戦いでも隣にいてくれ」と。


 この言葉をジャネッタは励みにしていた。

 そして、次の戦いではもっと働いて、この言葉以上の言葉をかけて欲しい。

 ジャネッタはその想いを胸に抱いて、戦い続ける。


 そんなジャネッタを見るハギリの眼差しは暖かい。

 ジャネッタの剣技はかつてのハギリが用いていた剣技と同じだ。

 力なき女が力ある男に対抗するための剣技。

 剣技の形に違いはあれど。


 だから、ハギリはジャネッタの剣が好きなのだ。


 また、同じ道を真摯に歩むジャネッタの存在はハギリにとって心地よかった。

 元の世界で得られなかったものだ。


 剣道を学ぶ女性は元の世界で大勢いた。

 だが、人を殺すための剣術と剣道は全く異なるものだとハギリは考えていた。

 故郷ではハギリは異端だ。それはよく理解していたから、決して口に出さなかった。

 でも、ここでは、ハギリは異端ではない。


 人を殺すための剣術を研鑽することは、この世界では正しい。


 つまり、この正しい世界に召喚してくれたラドヴァンは、ハギリにとって恩人なのだ。


 カリーヌは二人の稽古を横で見ていた。


(ふ~ん、なんとなく、つまらないなぁっと)

 だから、彼女は邪魔をする。


「はいはーい、今度は私の番よ! 戦場では槍を相手にすることも多いんだからね!」

 彼女はたんぽ槍をたずさえて、二人の間へと入っていった。


  ◇  ◇


 ラドヴァンはベネシュと相談して、吸収した部隊の兵士を組み込んで、部隊の再編成を行った。

 騎兵部隊はまとめて一部隊とし、切り札とするつもりだ。

 エドルバラで捕獲した馬と馬商人から買いうけた馬で、騎兵部隊をできる限り拡張している。

 火炎魔術部隊が用意できない以上、騎兵部隊が最大の決定力となるだろう。

 

 彼は部隊、城下をこまめに視察して、士気の保持に心を砕く。

 その間、ハギリ、ジャネッタ、カリーヌ達は黙々と鍛錬に励んでいた。


 やがて、シルヴェストル三世即位の一報がドイェターンにもたらされる。

 ヨゼフ王、クリスチーネ王太后、ベドナジーク侯爵らの死は大事件であり、あっという間に城下で知らぬ者はほとんどいなくなった。

 ベドナジーク侯爵領は南東部にあり、ドイェターンから近く、身近な話でもあったからだ。


 その一報を聞かされたラドヴァンは、様々な感情が押し寄せ、ある種の混乱状態になった。

 彼はその日の予定を全て取りやめて、私室に篭った。

 ラドヴァンは椅子に座り、執務机に両ひじをついて考え込む。


 クリスチーネ王太后は、彼の命を執拗に狙い続けた怨敵だった。

 彼女が死んだと思うと、暗い愉悦が心を侵していく。

 ヨゼフ兄達とはいわば冷戦状態であり、自分にとって死んだ方が都合のいい存在だ。

 ベドナジーク侯爵らもクリスチーネ王太后を助けてきた。

 母の死は王太后一人だけで為したものではない、と常々考えていた。

 侯爵もその息子達も、ラドヴァンにとって死すべき奴ら。


 つまり、シルヴェストル三世は、自分にとって邪魔な者達全てを消し去ってくれたのだ!


 ラドヴァンの顔には笑みが浮かんでいた。

 だが、その笑みは歪んだ暗いものだ。


「ククッ、ハハハッ。後は自分の手で殺せたら完璧だったな」


 彼はそうつぶやき、水差しから水をくむべく、立ち上がって数歩歩いた。

 その時、鏡で自分の顔を見ることになる。


 醜怪な顔が鏡に映っていた。


 はっとしたラドヴァンはそのまま歩いて、テーブルから水差しをとり、水をコップに入れて、一気に飲み干す。

 水差しとコップをテーブルに戻して、鏡を見ないように歩き、彼はまた椅子に座った。


 人の死を喜ぶのは醜いかもしれないが、命を狙っていた奴らが死んだのを喜んで何が悪い、とラドヴァンは思う。

 だが、一度意識してしまうと、彼が持つ潔癖さが心の中で波打つ。


 それに、ただ喜んでばかりはいられまい、とも思う。

 冷静になった彼は新たな状況を整理してみた。


 シルヴェストル三世は彼にとって有益な行動をしてくれたが、手を結ぶわけにはいかないだろう。

 王太后達はたまたま、新国王にとっても有害な存在だったから排除されただけだ。

 ラドヴァンは新国王の正統性を妨げる邪魔者でしかない。

 帝国軍がいなくなれば、ラドヴァンを殺すべく追討軍を差し向けてくるだろう。


 新国王に対抗するにはどうすべきか、ラドヴァンは思索する。

 やはり、兵力をかき集めるしかないだろう。

 帝国軍分遣隊を相手するにも、戦力は絶対に必要となる。


 これまでは、ベドナジーク侯爵家を始めとする南東部諸侯の協力を得られるのは難しかった。

 だが、新国王は南東部諸侯にとっても、敵だろう。

 つまり、敵の敵は味方という理論が成り立つ。


 そこまで考えて、ラドヴァンはベドナジーク家に含むところがあるか考えてみた。

 王太后と彼女を助けてきた侯爵達は皆死んでいた。

 ベドナジーク家全体を恨む気持ちまではない。

 手は組める。それがラドヴァンの結論だ。


 だが、ベドナジーク家がどう考えるかはわからない。

 ラドヴァンの表情は厳しくなる。


「それでも、他に手はないな」


 ラドヴァンは翌日から、南東部諸侯との交渉を開始する。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ