(12) エドルバラの戦い <4>
左翼のツァラダン族、右翼のガイヘク族共に、ドイェターンの部隊と互角の戦いを続けていた。
だが、中央のバジャンク族が完全な潰走状態に陥ると、両翼からもその惨状が明らかに見える。
隊長が叱咤激励するが、兵士はどうしても浮き足立つようになった。
また、ガイヘク族長のサヴェリーはバジャンク族長ゲラーシムの勢威を恐れて、追従するように参陣していた。
頼りにしていたバジャンク族の部隊が崩壊したとなると、彼自身もまた戦々恐々となるのは自明の理というものだ。
ツァラダン族長のダヴィートも同様だが、彼はゲラーシムを恐れているのではなく、やむなく従っていた。
彼はバジャンク族の動向に注意を払っていたが、バジャンク族の部隊が崩壊したという知らせを受けると、撤退を決断する。
バジャンク族が出兵をもちかけておいて、この有様であった。
彼にしてみれば、危険を冒してまで戦い続ける必要はないのだ。
彼らが相手しているのは歩兵部隊であり、撤退は難しくないはずであった。
しかし、ツァラダン族が撤退しはじめた時に、ラドヴァンの騎兵部隊が横から突撃を開始する。
兵士がひるみ始めて、撤退すべく背を向けた時に横合いから攻撃をくらったのだ。
ほぼ最悪に近いタイミングだった。
疲労を士気の高揚で覆い隠したラドヴァン達は、ハギリが陣頭にたって、ツァラダン族の部隊に熾烈な攻撃をしかける。
ハギリはなんら疲れをみせず、まさに無双の働きで、ツァラダン兵を斬り倒していく。
ラドヴァン、ジャネッタ、カリーヌもハギリに負けないよう、獅子奮迅の働きだ。
彼らに続く兵士達も、手柄をたてるべく、力いっぱい戦っていた。
隊長のみならず、王子であるラドヴァンが身を賭して先陣で参加しているのは、兵士達にとってやはり好印象を与えた。
それに、ルミール建国王以外で、『究極の戦士』の召喚に初めて成功して、勝利をもたらそうとしているのだ。
彼らも闇雲に戦っているわけではない。
生きていくためにどうすべきか常に考えている。
帝国の来襲に怯えていたが、逃げるあてもない。
逃散した民の生存率は高くない。いや、はっきりいうとかなり低い。
彼らとて、その選択肢はなるべく選びたくないのだ。
そんな中、ラドヴァンは彼らに希望を与えた。
また、お飾りではなく、生死を共にした仲間にもなったのだ。
彼らの士気はすこぶる高くなるが、それがさらに高まろうとしていた。
ラドヴァンの部隊に所属する兵士の一人ホンザは勝ち戦となり、調子に乗っていた。
ホンザは逃げるツァラダン族の兵士を槍で突き落として、落馬させた。
その兵士にとどめをさすべく、彼は槍を振るおうとする。
彼はもう敵の兵士は逃げていくだけだと思い込んで、周りを確かめず倒れた兵士だけを見ていた。
そんな彼から仲間を救うべく、別の敵兵が彼の右腕を槍で突く。
槍は刺さりまではしなかったが、腕の肉を切り裂き、血が流れ出す。
それでバランスを崩したホンザは、槍を手放し、もんどり打って馬から落ちた。
落馬した彼は痛みにもだえながら、顔を上げると、敵兵が彼を槍で狙おうとしていた。
(もうダメだ!?)
彼は落馬の衝撃で身体がうまく動かず、観念しようとしたその時、敵兵が斬られるのが見えた。
「た、助かった! すまない、ありがとう!」
歓喜する彼は助けてくれた味方に礼を述べた。
顔を確かめようとしたら、返り血などを浴びていたが、立派な軍装であった。
彼も何回か顔を見ていた。ラドヴァンだ。
「動けるか?」
「は、はい、大丈夫であります!」
ホンザは慌てて無理やりにでも立ち上がろうとするが、痛みだけでなく慌ててるだけにうまく立ち上がれない。
ラドヴァンは馬から下りて、ホンザが起きるのを手伝った。
「きょ、恐縮であります、ラドヴァン殿下!」
「いや、いいんだよ。俺達は一緒に戦う仲間だ。そうだろう」
「仲間だなんて、恐れ多いであります!」
気さくに話しかけるラドヴァンに対して、ホンザは顔が強張り、もう何がなんだかわからない状態であった。
そんな二人をカリーヌやジャネッタ達が敵兵から守っていた。
「確か、ノグル村のホンザだったな」
「ど、どうして俺の名前なんかを!」
「せめて、騎兵部隊に所属する仲間の名前を覚えておきたかったんだ。まだ、戦えるか?」
「もちろん、戦えます!」
「わかった。もうじき、この戦いは終わる。先ほどみたいにならないよう、注意して戦うんだ。わかったな」
「はい、ラドヴァン殿下!」
ラドヴァンもホンザも騎乗して、再び戦うべく別れた。
そんな様子をジャネッタやカリーヌばかりでなく、近くにいた味方も敵も見ることになる。
ジャネッタがラドヴァンに話しかける。
「どうして、殿下がそこまでなされたのですか? 申し訳ありませんが、あの兵士は一兵士にすぎません。他の者に助けるよう命令すればいいのではないかと」
「助けたかったからだよ。下馬していた間、支援してくれて助かった。ありがとう。後一歩だ、戦いを続けよう」
ラドヴァンは部下を一人でも助けたいという気持ちを持っていた。
それは紛れもない本心だ。
しかし、王子である自分が戦場で身体を張って一兵士を助けたという事実が、美談として使えるだろうとも計算していた。
おそらく、あのホンザという若者は名前を覚えてくれていた自分に、悪い気持ちを持たないだろう。
この戦いに生き残れば、周りの者に触れ回ってくれるに違いない。
もちろん、ラドヴァンはそれを望んでいるのだ。
そこまで考えたところで、ラドヴァンはそんな小細工をする自分を嘲笑いたくなる。
(小賢しすぎるではないか、俺は)
表情が軽くゆがんだラドヴァンに対して、カリーヌが明るく話しかける。
「さすが殿下ですね! あの兵士は少なくとも、この戦いではもう死にませんよ。勝ち戦ですしね!」
「……ああ、そうであってもらいたいな」
ラドヴァンは苦笑した。
カリーヌの言葉で彼は思い直した。
ホンザというあの兵士が生き残ってくれれば、偽善だろうが何だろうが、部下の命を救えたのは間違いないということだ。
苦笑するラドヴァンに顔を向けるカリーヌは、いつものように楽天的で春陽のような表情をしていた。
ツァラダン族の部隊はバジャンク族と同じように、潰走状態に陥った。
ラドヴァン達は追撃戦で、できる限り叩いておく。
今後のためにセドリアンというよりも、ラドヴァンに刃向かえばどうなるかを教えるために。
ハギリの戦いぶりはツァラダン族の眼にも焼き付いた。
彼女と究極の戦士の名前はツァラダン族にも鳴り響くことになる。
こうなれば、右翼のガイヘク族は戦いにならない。
族長のサヴェリーは撤収を指示して、撤退していった。
さすがにラドヴァン達もガイヘク族の後尾を叩くだけの余裕はなかった。
対峙している歩兵部隊だけでは彼らに痛撃を与えるのは難しい。
三部族の中で、彼らは被害が最も少なくてすむ。
彼らが賢明であったからではなく、幸運に恵まれていたからだ。
かくして、エドルバラの戦いは終わった。
エドルバラに残ったのは、勝者であるラドヴァンの部隊のみとなる。
勝者の権利として、三部族が残していった馬、武具など使えそうなものを回収する作業に入った。
降伏した者も何人かおり、捕虜として連れ帰ることになる。
それらの作業が終わって、ラドヴァンは部隊を集めて訓示を行う。
ラドヴァン、ベネシュ、ハギリ、ジャネッタ、カリーヌが部隊の前に立っていた。
「今日はよく戦ってくれた! 今日の勝利は皆の力で勝ち取った勝利だ! これで周辺の部族はおとなしくなるだろう。また、近隣の味方部隊も我々を頼りにするに違いない。そういった意味で極めて価値が高い勝利なのだ!」
ラドヴァンの声は完全に枯れていた。しかし、部隊は私語一つなく、彼の声が届いていく。
彼は兵士の士気を維持するべく、この勝利の意義を強調する。
嘘偽りでなく、事実を述べているだけに、彼の言葉は滑らかであった。
「だが、ムラーディス帝国による侵略は引き続き行われている。帝国本軍は王都方面に立ち去った。だが、分遣隊が派遣される可能性は極めて高い。俺達の次の戦いはかなりの確率で分遣隊相手になるだろう」
高い士気が傲慢に結びつかないよう、ラドヴァンは新たな危険性を指し示しておく。
「ゆえに、今後、俺は周辺部隊を糾合し、諸侯を集めて、戦いを勝利に導くべく努力する! そして、だ!」
ラドヴァンは隣にいたハギリの手をとり、持ち上げた。
ハギリはラドヴァンを見やって、軽く笑むも、やや恥ずかしげだ。
「『究極の戦士』であるハギリがまた、陣頭にたってくれるだろう。それに甘えることなく、俺もお前達も全力で戦おう! そうすれば、必ず勝てる! セドリアン万歳!」
「セドリアン万歳! ラドヴァン殿下万歳!」
ラドヴァンの声に兵士達は唱和した。
ベネシュもジャネッタもカリーヌも。
ラドヴァンが助けた兵士ホンザもそこにいた。輝かしい表情で。
そして、小さな声であったが、
「ハギリ様万歳!」
という声もあがっていた。
ラドヴァンはハギリの手を離して、彼女と視線を合わせる。
彼は彼女の自分勝手な行動について注意すべきか迷っていた。
だが、ハギリの姿はあまりにも凄愴であった。
プレートは元の色よりも血の色のが目立つほどだ。
赤を通り越して、黒に近くなっている。
顔にも汚れがついていた。
もしかしたら、あれは血痕かもしれない。
艶やかな黒髪にまで、血がついているのだから。
恐らく、斬り殺した敵のものだろう。
ハギリの表情は大功をあげた戦士としては、晴れがましさにほど遠い。
悲しみとまではいかないが、また少し憂いの翳りをラドヴァンは見てとれた。
自分が何を言おうとしているか、ハギリはわかっているのだろうか。
だから、そういう表情をしているのか。
ラドヴァンは彼女の心を推測するも、何を考えているかわからずどうすべきかしばし迷う。
だが、ラドヴァンは彼女の姿と表情を今一度みて、心がかたまった。
彼は持っていたタオルを水筒の水で濡らして、タオルでハギリの顔と髪についている汚れや血を落としていく。
ハギリは近づいてきたラドヴァンに一瞬驚くが、髪をふかれると表情をゆるめて、ラドヴァンのするがままに任せた。
「……殿下、ありがとうございます」
「……いや、血が完全にはとれなかった。固まっているようだな。帰ったら、湯浴みをするといい。用意させる」
「それは、うれしいですね」
ハギリの顔がほころんだ。
「落ち着いてから、話をしたい」
「わかりました」
ハギリは神妙に頷く。
ラドヴァンは二人きりで話すことにした。
この雰囲気に水を差したくないし、深い話ができていいだろう、と彼は思った。
「今日の勝利はハギリのおかげだ! 俺は本当にうれしい!」
一転、ハギリの肩に手を置いて、ラドヴァンは大きく笑う。
ハギリに皆に見せるように。
ハギリはそれにこたえた。
「召喚していただいた殿下のために戦えて、ハギリもまたうれしく思います」
ラドヴァンとハギリの言葉を聞いた兵士達はまたいっそう盛り上がった。
ラドヴァン達はエドルバラを発ち、ドイェターンに帰還した。
二千八百人が戦い、戦死者は百人に満たなかった。
それに対して、三部族の戦死者は数百人以上だろう。
ラドヴァンが率いるドイェターン駐留部隊の完全勝利であり、ラドヴァンの武名は近隣に鳴り響く。
やがて、宰相ビルトゥス公爵がクーデターを起こした事件の一報が、セドリアン南東部そしてドイェターンにもたらされ、事態が揺れ動く。
その際、ラドヴァンが武名を高めていたのは極めて重要なこととなる。




