エピローグ
水の中を泳いでいる。
姉と寝る度にそんな錯覚を覚える。
掴みどころのない姉の躯を押さつけ、獲物を逃がさないようにしっかりと捕らえる。
苦悶と快楽に苦しむ姉。
ひやりとした肌は水のように滑らかなくせに、姉の中は熱い。
迎え入れ、引き込む海に飲み込まれる。
捕らえられる。
姉から離れられない。
俺を愛していないだろうに。それでも俺を受け入れる姉が哀れで可愛くて。
言葉も笑顔もいらない。
ただわかるのは。
この女は誰にも渡したくないということだけ。
「里歩ちゃん」
額に張り付いた髪を指先で撫でる。
姉はされるがままに俺の腕の中にたゆたっている。
そっと耳元に唇をはわせる。
「里歩ちゃんは俺のものだよ」
姉の睫毛が震えた。荒い息遣いの残滓は何度にも及ぶ行為でかすれていて弱々しい。
「誰にも渡さない」
姉の背筋をなぞってゆく。脊柱を一つ一つ確かめるように。
「…んっ…」
姉の唇から声が漏れる。
「誰にも渡せない。里歩ちゃんを誰かに盗られるぐらいなら」
俺は姉の耳朶を甘噛みした。
「…っ」
びくりと動く肩を抱きしめる。
「…誰かに渡すくらいなら」
いつか。
この高ぶる胸の熱は俺自身を焼き尽くすのだろうか。
※※※※
桜の花は嫌いだ。
あの庭に咲き誇る花を見る度に、嫌でも自分の立場を思い知らされたから。
周囲は温かく何も不自由はなかった。
母を亡くした可哀相なこども。
日本にいる忙しい父とは時折会うだけだった。
それが当たり前の環境だったから自分を憐れむこともなく、普通だと思っていた。
突き動かすのは、満開の桜。
日本では卒業や入学の時期に当たるという春に、咲く花。
桜の下で人々が笑い、嘆き、別れを惜しみ、出会いを喜びあう。
俺はただ桜を見上げることしか出来ない。
おまえには。
待っている人はいるのかと泰然と嗤う、桜。
ねえ里歩ちゃん。
俺にはもう里歩ちゃんしかいない。
君だけが俺の……
君は知らない。
俺たちが本当は、血の繋がった姉弟だということを。
知ったら君はそれでも、俺といてくれるだろうか。
俺とともに、この深い水底で、たゆたっていてくれるのだろうか―――
長編を書く筆力がなくまた短編となりました。
また続きを書ければと思います。
つたない文章を最後まで読んで下さりありがとうございました。