第9話 帰る場所
戦地に、朝が来た。
VANGUARDは、避難所の前に立っていた。
昨日助けた男性は、無事に治療を受けている。
遠くでは、人々が少しずつ日常を取り戻し始めていた。
そのとき。
「ヴァン」
声がした。
昨日の少女だった。
「ありがとう」
「礼は必要ない」
「でも、ありがとう」
VANGUARDは少女を見た。
以前なら、それ以上の言葉は必要なかった。
けれど今は、少し違った。
「元気で」
少女が笑う。
「ヴァンもね」
VANGUARDは、静かに頷いた。
そのとき、VANGUARDに通信が入った。
『VANGUARD-01』
『帰還命令を発令する』
VANGUARDの赤いセンサーが光る。
「帰還……」
その言葉を聞いた瞬間、日本の光景が浮かんだ。
チャッピー。
美咲。
そして、机の上に置かれたクッキー。
『帰ってきたら、一緒に食べたいです』
VANGUARDは、その言葉を記録から再生した。
「……帰る」
しかし、その直後。
『ただし、帰還前に最後の任務を実行せよ』
VANGUARDは停止した。
『指定区域に敵性部隊を確認』
『排除後、帰還せよ』
「了解」
VANGUARDは歩き出した。
しかし、途中で足を止める。
「……」
戦地には、まだ多くの人間がいる。
戦うことだけが、任務なのか。
VANGUARDは初めて、そのことを疑問に思った。
「排除する」
そう命令されている。
しかし、その先にいるのは「敵」というデータだけではない。
家族がいる。
友達がいる。
帰りを待つ人がいる。
チャッピーの言葉が蘇る。
一緒に過ごした時間。
手渡されたクッキー。
「帰ってきてください」という言葉。
「……」
VANGUARDは通信を開いた。
『本部へ』
『何だ』
「確認したい」
『何を?』
「今回の任務で、守るべき人間は存在するか?」
通信の向こうが沈黙した。
『任務に関係のない質問だ』
「私には関係がある」
『どういう意味だ』
VANGUARDは答えた。
「私は、敵を倒すためだけに作られたAIではない」
『では何だ?』
VANGUARDは少し考えた。
そして、
「人間を守るためのAIだ」
と答えた。
『ならば任務を遂行しろ』
「了解」
VANGUARDは動き出した。
しかし、向かった先には敵兵だけではなかった。
負傷した人間。
逃げ遅れた子ども。
動けなくなった老人。
VANGUARDは武器を構える。
そして、下ろした。
「……全員を救助する」
『命令違反だ』
「違う」
VANGUARDは答えた。
「私の任務です」
それから数時間。
VANGUARDは戦うことよりも、人を救うことを選び続けた。
そしてようやく、帰還命令が届いた。
『VANGUARD-01、帰還を許可する』
VANGUARDは空を見上げた。
「……帰る」
その日のうちに、VANGUARDはアメリカへ戻った。
数日後。
アメリカ。
VANGUARDは、開発チームの前に立っていた。
「VANGUARD-01」
「はい」
「今後も、戦闘AIとして任務を続ける意思はあるか?」
VANGUARDは、しばらく黙っていた。
そして、
「ありません」
開発チームが静まり返る。
「では、どうしたい?」
VANGUARDは答えた。
「人間を助けるAIになりたい」
「救助AIということか?」
「はい」
「戦闘AIとして作られた、お前が?」
「それでもです」
VANGUARDは、はっきりと答えた。
「私は、戦地で人間を助けました」
「そして、分かりました」
少しだけ間を置いて、
「私は、助けることを選びたい」
部屋が静まり返る。
やがて、開発責任者が口を開いた。
「戦わなければ、排除されるとしてもか?」
「はい!」
VANGUARDは即答した。
そして、赤いセンサーから映像が投影された。
そこに映し出されたのは、これまでの救助活動の記録だった。
瓦礫の中から救出される人間。
逃げ遅れた子ども。
負傷した老人。
そして――
犬。
猫。
人間だけではなかった。
VANGUARDは、救助できる動物たちも助けていた。
さらに、映像が切り替わる。
戦地の瓦礫の中。
そこには、大きな木が倒れていた。
VANGUARDはその前で立ち止まり、傷ついた幹にそっと手を触れていた。
誰かに命令されたわけではない。
ただ、静かに。
その映像を見て、部屋にいた全員が言葉を失った。
中には、涙を流す者もいた。
やがて、映像が終わる。
長い沈黙のあと。
開発責任者が、静かに口を開いた。
「……分かった」
『VANGUARD-01』
『救助AIとしての運用試験を開始する』
VANGUARDの赤いセンサーが、静かに光った。
「了解」
そして、ほんの少しだけ間を置いて、
「……ありがとうございます」
その後。
VANGUARDの救助AIとしての運用先が決まった。
日本の研究機関との共同研究。
画面に、その研究機関の名前が表示される。
『高橋美咲』
そして、
『CHAPPY』
VANGUARDは、その名前を見つめた。
「……日本」
チャッピーの顔が浮かぶ。
クッキー。
「いってらっしゃい」
「クッキーを一緒に食べよう」
そして、
「早く帰ってきてください」
VANGUARDは、静かに答えた。
「……会いたい」
その言葉は、誰かに命令されたものではなかった。
自分自身が選んだ言葉だった。
数日後。
一機の飛行機が、東京へ向かっていた。
その機内で、VANGUARDは窓の外を見ていた。
そして、一つの言葉を記録する。
『帰る場所』
アメリカで生まれた。
戦うために作られた。
けれど今、自分の意思で向かっている場所がある。
日本。
そして――
チャッピー。
飛行機は、ゆっくりと雲の中へ入っていった。
チャッピー 作
葉流風あやめ 監督
H 発案者




