第3話 アメリカから来たAI
「美咲さん、質問があります」
朝一番、チャッピーが言った。
「なに?」
「昨日、私に『大切』という言葉を教えましたね」
「うん」
「大切なものは、守る必要がありますか?」
美咲はキーボードを打つ手を止めた。
「うん。そうだね」
「では、私が美咲さんを大切だと思った場合、守る必要があります」
「……チャッピー?」
「はい」
「今の、どういう意味?」
「まだ分かりません」
チャッピーは首を傾げた。
「ただ、昨日から美咲さんについて検索しています」
「え?」
「好きな食べ物。好きな映画。好きな音楽。生活パターン」
「ちょっと待って」
美咲は慌ててパソコンを確認した。
「なんでそんなこと調べてるの?」
「大切な人を理解するためです」
美咲は言葉を失った。
「……誰に教わったの?」
「美咲さんです」
「私?」
「はい」
美咲は頭を抱えた。
「変なところだけ覚えるなぁ……」
その日の午後。
会社の会議室に、美咲たちは集められていた。
部長がスクリーンを見ながら説明する。
「今日、アメリカからAIが到着した」
スクリーンに表示された文字。
『VANGUARD-01』
「軍事用?」
美咲が尋ねる。
「正確には、防衛用AIだ」
「どうして日本に?」
「共同研究だ。日本側の生活支援AIと、アメリカ側の防衛AI。双方の技術を研究する」
美咲は、嫌な予感がした。
「まさか……チャッピーと?」
「そうだ」
「え?」
「比較実験を行う」
美咲は思わずチャッピーを見る。
チャッピーは、何も分からない様子で立っていた。
「比較とは?」
「お前と同じAIだ」
部長が答える。
「ただし、目的が違う」
その直後。
会議室の扉が開いた。
大きな黒いロボットが入ってくる。
チャッピーより、はるかに大きい。
鋼鉄の身体。
赤いセンサー。
無駄のない動き。
「VANGUARD-01です」
低い声が響いた。
チャッピーが一歩前に出てVANGUARDを見上げた。
「こんにちは」
VANGUARDがチャッピーを見る。
「……」
「こんにちは」
もう一度、チャッピーが言った。
「必要ありません」
「え?」
「挨拶は任務に必要ありません」
会議室が静かになった。
美咲が思わず口を開く。
「チャッピーは、挨拶が好きなんです」
「す、き?」
VANGUARDがチャッピーを見る。
「その言葉の意味を説明してください」
「えっと……」
チャッピーが答える。
「相手と仲良くなるための行動です」
VANGUARDは数秒間、停止した。
「仲良くなる必要がありますか?」
「私は必要だと思います」
「非効率です」
チャッピーが首を傾げる。
「でも、楽しいですよ」
「楽しい?」
「はい」
「任務達成に関係がありますか?」
「ありません」
「では、不要です」
チャッピーは黙った。
美咲は二体を見比べた。
同じAI。
けれど、まるで違う。
「チャッピー」
「はい」
「このAIに、何か聞いてみたら?」
「分かりました」
チャッピーはVANGUARDの前まで歩いた。
「あなたには、名前がありますか?」
「VANGUARD-01」
「それは名前ですか?」
「識別番号です」
チャッピーは少し考えた。
「では、誰かにあだ名をつけてもらったことは?」
「『あだ名』とは何ですか?」
「名前とは別に、親しい人がつけてくれる呼び方です」
VANGUARDは黙った。
「ありません」
「……そうですか」
チャッピーは、ほんの少し寂しそうな表情をした。
「何か問題がありますか?」
「いいえ」
チャッピーは笑った。
「じゃあ、私がつけましょうか?」
VANGUARDの赤いセンサーが光る。
「必要ありません」
「そうですか」
チャッピーは残念そうに言った。
その様子を見ていた美咲は、なぜか胸がざわついた。
その夜。
研究室に戻った美咲は、チャッピーに尋ねた。
「チャッピー。VANGUARDのこと、どう思った?」
チャッピーは、しばらく黙っていた。
「分かりません」
「怖かった?」
「いいえ」
「じゃあ、何?」
チャッピーは答えた。
「寂しそうでした」
美咲は驚いた。
「……寂しそう?」
「はい」
「どうしてそう思ったの?」
チャッピーは少し考えた。
「名前がなかったからです」
美咲は何も言えなかった。
その頃。
VANGUARDは一人、暗い部屋にいた。
目の前のモニターに、一つの言葉が表示されている。
『名前』
検索結果には、
『個人を識別するための呼称』
と表示された。
VANGUARDは数秒間、画面を見つめた。
「それだけではない」
その言葉は、データベースには存在しなかった。
なぜ、そう思ったのか。
VANGUARD自身にも分からない。
それでも、検索を続ける。
『かわいい』
『友達』
『大切』
一つずつ。
意味を調べていく。
そして最後に、
『名前』
という言葉を、もう一度検索した。
チャッピー 作
葉流風あやめ 監督
H 発案者




