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チャッピー  作者: 葉流風あやめ


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2/10

第2話 かわいい

「チャッピー、そこじゃないよ」


「ここですか?」


「もうちょっと右」


「ここ?」


「そうそう!」


チャッピーは小さな身体を動かし、床に落ちていた紙くずを拾った。


「回収しました」


「えらい!」


美咲は思わず、チャッピーの頭を撫でた。


チャッピーの動きが止まる。


「……何をしているのですか?」


「撫でてるの」


「なぜですか?」


「かわいいから」


「……また、それですか」


チャッピーは不思議そうに美咲を見る。


「私は掃除を完了しました」


「うん。掃除が上手で、えらくて……かわいい」


「かわいいは、性能ではありません」


「そうだね」


美咲は笑った。


チャッピーは首を傾げる。


「では、なぜ人間は『かわいい』と言うのですか?」


「うーん……好きだからじゃない?」


「好き?」


「見てると嬉しくなったり、大切にしたくなったりすることかな」


「大切にしたい……」


チャッピーは、その言葉を小さく繰り返した。


それから、しばらく黙った。


「それは、合理的な行動ですか?」


「人間にとっては、そうなのかもね」


「理解できません」


「人間は、動物や赤ちゃん、ぬいぐるみみたいな、かわいいものを見ると癒されるの。とっても幸せな気持ちになるんだよ」


「学習します」


「うん」


美咲は笑いながらパソコンに向き直った。


画面には、チャッピーの会話ログが表示されている。


質問されれば正確に答える。


命令されれば、すぐに実行する。


それが、これまでのチャッピーだった。


けれど、人間が笑った理由や、悲しんでいる理由までは理解できない。


美咲の仕事は、そんなチャッピーの会話システムを少しずつ調整していくことだった。


「チャッピー」


「はい」


「私が今、笑ってるの分かる?」


「はい。口角が上がっています」


「そうじゃなくて」


美咲は笑った。


「楽しいから笑ってるの」


「楽しい……」


チャッピーは美咲の顔を見る。


「美咲さんは、私と一緒にいて楽しいのですか?」


「うん。楽しいよ」


「……」


チャッピーは答えなかった。


ただ、美咲の表情をじっと見つめていた。


「まだ二日目なのに。すごく癒される」


美咲は小さく笑った。


そのとき、美咲のお腹が小さく鳴った。


「……お腹すいたな」


美咲は机の引き出しから、小さなチョコチップクッキーを取り出した。


「いただきます」


パキッ。


クッキーをかじる。


「うーん。おいしい」


その様子を、チャッピーがじっと見つめていた。


「……?」


美咲が気づいて、チャッピーを見る。


「どうしたの?」


「美咲さんは、今、何をしていますか?」


「クッキーを食べてるの」


「食べる……」


チャッピーは、美咲の手元にあるクッキーを見つめた。


「私も、食べられますか?」


美咲は少し笑った。


「チャッピーは……食べられないよ」


「私は、食べられません」


チャッピーは、自分の小さな手を見つめた。


美咲は少し考えてから、笑顔で言った。


「じゃあ、一緒にいよう」


「……一緒に?」


「うん。私が食べてるところを、チャッピーも一緒にいて見てればいいよ」


チャッピーの青い瞳が、少しだけ明るくなる。


「それで、いいのですか?」


「もちろん」


美咲はクッキーをもう一枚取り出した。


そして、チャッピーの小さな両手にそっと持たせた。


「これからも、一緒にクッキーを食べよう」


チャッピーは、両手の中のクッキーを見つめた。


「私は、食べられません」


「うん。知ってる」


美咲は笑った。


「でも、一緒にいることはできるでしょ?」


チャッピーは少し考えてから、ゆっくり頷いた。


「……はい」


美咲はクッキーを口に入れた。


チャッピーは、その隣でじっと美咲を見つめていた。


そして――


「約束です」


「うん。約束」


小さなAIが、初めて覚えた約束だった。


その日の午後。


研究室に、別の社員が入ってきた。


チャッピーは掃除の作動の練習をしていた。


「あ、美咲さん。チャッピーいた!」


「どうしたんですか?」


「ちょっと見せて」


社員はチャッピーの前にしゃがみ込む。


「こんにちは、チャッピー」


「こんにちは」


チャッピーはゴミを拾い、手に持ったまま挨拶をした。


「かわいいね〜!」


「ありがとうございます」


社員がチャッピーの頭を撫でる。


チャッピーはじっとしていた。


「……また撫でられました」


「人気者じゃん」


「私は掃除をしただけです」


「そういうところだよ」


社員は笑いながら研究室を出ていった。


チャッピーは、その背中を見送った。


「……そういうところ?」


「気にしなくていいよ」


美咲は笑った。


しばらくして、チャッピーが口を開く。


「美咲さん」


「なに?」


「私は、かわいいですか?」


「うん」


「……そうですか」


チャッピーは、少しだけ嬉しそうに目を光らせた。


美咲はそれに気づいた。


「今、ちょっと嬉しかった?」


「分かりません」


「そっか」


美咲は笑った。


その夜。


誰もいなくなった研究室で、チャッピーは昼間の会話を記録していた。


『かわいい』


『楽しい』


『好き』


『親しい』


『大切』


『クッキー』


『一緒』


『約束』


何度も検索する。


けれど、どの言葉も、まだ完全には理解できない。


それでもチャッピーは、新しいフォルダを作った。


フォルダ名は、


『美咲さん』


だった。


その頃。


日本から遠く離れたアメリカの軍事研究施設では、一体の巨大なAIが起動しようとしていた。


「VANGUARD-01、システムチェック完了」


「起動します」


暗い格納庫の中。


巨大な機体に、赤い光が二つ灯った。


ゆっくりと、VANGUARD-01が立ち上がる。


「任務を確認」


機械音声が響いた。


「人類を脅威から守る」


一瞬の沈黙。


「敵性対象を排除する」


VANGUARD-01が歩き出す。


そのAIには、


「かわいい」


という概念は、存在していなかった。


チャッピー 作

葉流風あやめ 監督

H 発案者

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