呪歌への備え
アイネが呪歌作りに没頭し始めた頃、俺はドヴェルグの星系軍に呼び出された。王国が使う呪歌への対策を売ったのだが、使い方などをレクチャーしてくれと頼まれたのだ。
日当としてはさほど高い給金ではなかったが、海賊の住処が見つかるまで派手な稼ぎもできない状況。研究開発費などが出れば、上乗せもありうるので引き受けた。
ドヴェルグ星系軍は、主に首都星や鉱石を掘り出す小惑星帯の警備を行っている。拠点防衛に重きを置いた軍で、機動力を持って海賊を倒すのは傭兵に任せていた。
もちろん海賊側から見たら敢えて強固な守りのある場所は狙わない。どうしたって警備が手薄になってしまう輸送航路が標的とされる。
そのため星系軍は長く実戦から遠ざかっていた。シミュレーターなどもあり、模擬戦などで戦闘訓練自体は行われており、実戦がないから人員の不足もなく、経験を積んだ兵士は多い。
されど実戦経験が乏しいというのは中々に致命的かもしれなかった。王国が侵攻してくる可能性があり、そこに呪歌が使われるとなった時に、どう攻めてくるのかという想像が難しいようだ。
こちらから提供した資料には、帝国が首都星を奪還する際に行った戦闘のデータも含まれていたが、それだけで今後の防衛策を練るのは不安らしい。
「まずは呪歌の効果を知ってもらいましょう」
レクチャーするのは兵士の2個小隊80人だ。魔導騎士乗りではなく一般の兵士で、戦闘としては戦艦などに乗って砲座担当だったり、白兵戦部隊だったりが役割となる。
それを半分に割って、まずは40人に呪歌を聞かせ、その様子を残り40人に歌の聞こえない状態で見てもらう。
歌姫の呪歌はポップミュージックで、帝国などで流れていても不自然ではない曲調だ。サンバ系のドヴェルグ音楽からすると耳馴染みはないかもしれないが、不愉快に思うこともないだろう。
元々音楽自体には馴染みがあるようで、しばらくすると体を揺らしたり、足先でリズムを取る者が出始める。
しかし、1分もしないうちに、膝から崩れ落ちる者が出始めた。緩衝マットを敷いているので、転倒して怪我をする事はないが、膝に力が入らずろくな受け身も取らないままに倒れる姿は、別室で見守っている兵士達を動揺させた。
2分も過ぎれば立っている者はいなくなり、俺は各兵士に付けさせていた解呪用の魔道具を起動させる。手首に付けられたそれは、本人でも魔力を流せば使用できる作りだったが、それすらできずに倒れていた。
「体内魔力を魔法陣に持っていかれているから、魔力による起動はできなかったようですね」
解呪の術式自体は大した魔力を必要としないので、軽く術式回路に魔力を流せば解呪できたはずだ。
しかし、魔術師ではない者は体内の魔力を制御するということを知らないので、呪歌で作られた魔法陣へと流れる魔力から、腕に撒いた回路へと誘導する事ができなかったようだ。
魔力の流れを制御するにはそれなりの修行が必要で、俺も研究所で生まれてから1年ほどはその辺の感覚を掴むのに必死だった。まあ、前世は魔法の世界がない世界だったからで、他の転生者はすぐにできてたようだが。
「回路に魔石を付けて、スイッチで起動する様にした方がいいですが、コストは上がります」
「それは仕方ないでしょう、自分で動けなくなるよりは良いです」
星系軍の技術士官と相談する。回路を焼き付けるだけなら3Dプリンターの様な生産用魔道具でも可能だが、魔石を作ることはできないので調達してくる必要があった。
まあ軍であれば銃火器に使用する魔石のストックとかもあるか。
「しかし、解呪できているのですか? 誰も動きませんけど……」
「一般生活で魔力が枯渇する様な事態は起こらないので、魔力不足を起こしているのでしょう」
この世界で魔術師以外が魔力を使うのは、魔道具のスイッチを入れるといった極僅かな信号を送る程度。実際に術式を起動させるのは、魔道具に付けられた魔石であったり魔送線で送り込まれる魔力だ。
体内に流れる魔力を感じる事もなければ、それを大量に消費することもないので、呪歌により体内魔力が消費されると動けなくなる。
風邪などで体がだるくなるのが極まってくると、動くことができなくなる様な感覚だ。即座に死を意識するほどではないが、立つこともままならない。
短時間で解呪したので枯渇までは至っていないが、それでもフルマラソンを走った後の様な疲労感に襲われているだろう。
「残り40人もやっていきますか」
「……この死屍累々状態を見て平然と言ってくれますね」
「安全に体験できる時にやっておかないと、本番で死にますよ」
部隊長が引きつった顔で文句を言ってくるが、一度でも体験しておけば心構えも変わってくる。何事も経験は大事なのだ。
初日としては隊員に呪歌を体験してもらって終了。解呪用のリストバンドについては技術士官に改良を依頼した。
2日目は呪歌への対抗策だ。呪歌のメリットは術者の魔力を必要とせず、録音した音声でも発動が可能ということだ。
デメリットとしては歌に混ぜられた術式によって体内に魔法陣を形成するので、それなりの時間を必要とした。
「だから音を聞かなければ防げる……なら簡単なんだがそうでもない」
音というのは空気の振動だ。つまり呪歌というのは音で伝えているが、最終的には振動によって術式を発動させている。そして振動と言うのは耳だけでなく、全身の触覚で感じているため音のある環境にいれば伝わってしまう。
更に先の戦争では映像に信号を混ぜるなんて手法も使ってきていた。聴覚だけでなく、触覚、視覚を通して術式を発動させてくる。もはや呪歌とは呼べないかも知れないな。コンサートで歌を聞き、光などの演出を見せられ、重低音とリズムで全身を震わせる、その場に居ることで全身で受け取る情報が、術式となる感じだ。
「宇宙船の外殻を振動させる事で内部へと音を届けるなんて荒業をやってのける相手だ。これらを遮断するというのは不可能と思った方がいい」
「そのために解呪の術式と言うわけですね」
「ただそれも万全にはできない」
呪歌にアレンジが加えられると作られる魔法陣の形が変わって解呪が上手くいかない可能性がある。魔力を浪費させるのが目的なので、魔法陣自体が大雑把なのだ。
魔法陣に対して変化を加えて、維持できなくして破壊するのが解呪の術式だが、魔法陣を描く線を消していくのは相応の魔力が必要となるので、線の位置に干渉して断線を起こさせ魔力の供給を断つことで意味のない魔法陣とするのが今の解呪だった。
しかし魔力線を動かしたとして別の回路へ接続し、途中でショートしたとしてもそこで魔力が消費させたら呪歌の狙いとは成功となる。
ショートさせた結果によっては発熱したり、水属性が強くなって汗が吹き出てきたり、風属性でくしゃみが出るようになる可能性なんかもある。
「今のままでも解呪可能かも知れませんし、調整が必要になるかもしれません」
それは相手の歌次第なので、先んじて対応は難しい。
「予防策として、通信にフィルターを掛けて曲がそのまま聞こえないようにしたり、画面に歪みを付けて視覚からの呪歌を防ぐとかですね」
「その辺は頂いた術式をインストールしてあります」
「先ほども言ったようにそれで万全ではないので、過信しすぎない様にお願いします」
効果がなかったと文句を言われても困るのだ。
「本格的に対応するなら、それぞれで魔力の流れを制御できるように訓練していくしかないですね」
「魔導騎士用のカリキュラムがあるので、そちらを試してみます」
魔導騎士の操縦には魔力の制御が必要だ。自ら術式を起動できるほどは必要ないが、身体の延長として動かすには魔力の繊細な制御ができるほど上手くなっていく。
ただ魔導騎士であっても呪歌の影響はあった。それは呪歌がどういうものか分かっておらず、体内魔力の制御が奪われているのに気づけなかったからかもしれない。
「1つずつ試していくしかないですね」




