呪歌の開発
呪歌というのは聞いた者の体内に魔法陣を形成する術式だ。歌姫が使うものは無駄に魔力を浪費させて行動を阻害する呪歌だが、魔法陣を作る以上色々な効果を発揮する事もできる。
戦闘においては恐怖心を抑え込み集中力を高めて、反射神経を高めるようなバフを掛ける事も可能だ。それを極めていくと、狂戦士となり前のめりに戦闘に入り込むようになっていく。
精神の作用などはプラスとマイナスが表裏一体の部分があるので、バフなのかデバフなのかの判断は難しいが、そこに魔力の消費は必須。帝国の旗艦へと特攻を掛けてきた部隊は、驚異的な反応速度を見せつつ、恐怖心もないままに攻撃を仕掛けてきた。
その回避行動は冷静さも持ち合わせていたはずで強力な呪歌だった。その代償として支払われる魔力は膨大なはずで、1人の人間で賄えた気はしない。
命ごと絞り出すような術式を組んだのだろうか。そこまでの魔法陣を呪歌だけで発動させるのは無理だと思える。あれは周囲に撒き散らした呪歌ではなかったので原曲が分からず、施された敵は脅威の塊で生け捕りなどもできなかったので魔導騎士は破壊され解析も進んでいない。
何よりあの時は俺自身が捕縛されて魔法陣を解析できなかった。
ただ先の帝国による王国侵攻時には使ってくる素振りがなかった所を考えれば、かなりのリスクがある呪歌だったはずだ。使い捨てにする兵力にしか使えない代物だろう。
「どの道、俺が目指すべきはあんなキワモノじゃなくて、平和利用できるものです」
「具体的には?」
「集中力を高めつつ、指先の感覚の鋭敏さを増したり、少し筋力を補助したりといった作業用の魔法陣にできればと」
職人の星系であるドヴェルグに売り込める呪歌を開発したい。
「帝国時代に確認したサンプルデータがこちらです」
帝国の首都を脱出する際に受けた呪歌で、体内に魔法陣が刻まれ昏睡状態に陥った患者のサンプルは押さえている。しかし、今回ドヴェルグで使われた分は分かっていない。多少のアレンジ程度ならこちらが提供した解呪術式から調整して使用できただろう。
ただそちらに関しては今回はタッチする気はない。
あくまで耳から入った音の連続で体内に魔法陣を刻む術式を解析して、それを利用できる形に修正したいのだ。
「研究所時代のデータもあるので、再構築は可能でしょう」
アイネの脳裏には研究所で得られた研究結果の最終記録が刷り込まれている。その中には歌姫が使用していた呪歌も存在した。
「ただあの子の歌は戦闘に偏り過ぎているので、生産職用に再構築するのは手間ですね」
「そうですか……」
「でも不可能ではありません。まずはベースとなる楽曲を探し、そこから呪歌を組み込む方法を検討します」
「!? では、ニクルムにドヴェルグの歌を貰ってきます」
思いの外、アイネが乗り気になってくれたのを感じて、俺は準備を整える事にした。
記憶を失ったアイネは、性格的には生前というか俺とウルバーン星で暮らしていた頃に近いと思っていた。
それは厳しいながらも親身に被保護者を鍛える事を楽しめる人柄と。
ただ未知のモノを探したいという欲求に、今回の魔法陣改造への意欲を見るに、根幹にあるのは研究気質なのかもしれない。
そういう観点から思い起こすと、様々なバリエーションで訓練を施されたのも、新たな課題をどうこなしていくかを観察するのが楽しかったのかもと思える。
「単に新しい土地を巡れば満足……という事ではなさそうだな」
ドヴェルグを出てどこへ行くか、それもまた考えるべき事柄だった。
ニクルムの工房に行ってドヴェルグで流行ってたり、耳馴染みのある音楽を聞く。以前流れてきたサンバっぽいリズム感のある音楽がよく聞かれているものらしい。
その他、鍛冶の作業中に口ずさむ作業歌というのもあるようだ。ただ昔というか刀鍛冶などでは相槌のリズムを合わせる為に自然と歌われていたが、最近の整備工では各々の作業によってペースが違うため、あまりそういった習慣はなくなっているらしい。
「ま、BGMを流して作業とかはやってるから、そこに呪歌を混ぜるってのは面白いかもな」
ニクルムは俺の提案に乗ってくれそうな雰囲気だ。
「魔剣を作る術式に干渉しないか?」
「どうだろうな……体内の魔力を使って身体強化を施す感じなんだろ? なら大丈夫だとは思うが、最終的にはやってみてだな」
魔剣を打つ際に身体強化を施す事は割とあるらしい。筋力強化というよりは疲労軽減の方が需要はあるそうだ。やはり強化を施されると感触が変わって感覚とズレる可能性があるとの事。
「作業に集中しやすいように情報を絞れたらいいんだがな」
集中できている時は周囲の雑音も気にならなくなり、鉱物と対話するように槌音が良く聞こえるようになるらしい。
それを逆に周囲の音を遮る事で、作業に集中する環境を作れないかと提案された。
「周囲を遮音すると呪歌も届かなくなるからなぁ」
「そりゃそうだな」
可聴域を外す、腹に響く重低音でリズムを作るといった方法もなくはないが、それで呪歌の効果を出せるのか、体に響いている時点で作業への影響が出るのではないかと、危惧は出てくる。
「他には作業のオンオフを切り替えられる音楽って線もあるな」
極度に集中していると本人に自覚がないままに疲労が蓄積し、一線を越えた途端に倒れるなんてのは研究員や職人にはあるあるだそうで、ちゃんと休む時に休める様な呪歌があれば、時間で鳴らして中断させるのに良いかも知れないと提案があった。
職人のニーズを聞き取り、幾つかの音源を持ってアイネの下へと戻る。
呪歌の解析は研究所でも行われていた。元々研究所では、前世を持つ子供を作ってそこから未知の技術を得ようという目的もあったのだ。
その点で魔法のない世界から転生した俺は評価が低かった訳だが。それでも魔法のない世界の考え方という観点から色々テストされていた。
ニクルムの魔剣やセディナの呪歌などこの世界では廃れていたり、未発見の技術というのは解析されていた。
アイネにはその解析結果も刻まれている。
特に魔法陣に関しての情報が多いのは、呪歌によって生成される体内魔法陣や、魔剣に刻まれる魔力を通すための回路などといったテーマが多かったからだ。
他にも符術とかお札に魔力を込める方法だとか、力ある物の配置で効果を出す風水的な呪術など、文字や方位を簡易の魔法陣として利用する技術があった。
「この世界の魔法技術は人の意思を形にする方法としての術式がベース。それを魔法陣として利用した歴史から、現在の魔導回路へと進歩してきている」
呪歌はその逆、魔法陣により人の意思へと干渉する術式がベース。とはいえ仕組みとしては割と解析がしやすい方だった。
風水などは地形やら地脈やら術式に転用するため、人の意思が絡みにくくなぜその配置でこの効果に繋がるのかという部分の解析が難しいようだ。
そこから地形、惑星にも意思があり、そこへ働きかける事で術式を起動しているのではないかというガイア理論的な解釈も考えられていた。
アイネはそうした研究所の考察データを語りながら呪歌の構築を進めていく。歌声や楽器の音により、人の深層心理に働きかけて魔力の流れに干渉するのが基本。
ただ魔力の流れというのは人の意思と密接に絡みついているので、それを制御しようとすると人の持つ防衛本能によって抵抗されやすい。
この世界の精神操作系の術式なら魔力をぶつけて怯ませ、上書きするようにして相手を支配するため、ぶつける魔力が相手の防衛魔力を上回らないと効果が出ない。
呪歌は防衛機構が敵対行動とは思わない方向で干渉を始め、自らの体内にあるものとして魔法陣を起動するため、相手の魔力に影響されにくい性質を持つ。
「ただ人の体内魔力の流れは千差万別。そこに同じ効果を持つ影響を与えられるのが不可思議」
魔法陣の構成は緻密で、歪みがあれば効果を発揮しない。魔力で上書きする場合は、相手の魔力を無視して押し付けるので、支配できるのは分かる。
しかし相手の魔力を利用しようとすれば、相手の魔力を個別に解析しないと思ったように動かすのは無理。
そんな事を呪歌はやってのけており、なぜそうなるのかを解明できないと新たな呪歌は作れない。
「だからこそ面白い」
アイネの瞳に宿る光は好敵手を見つけた狩人を思わせた。




