19、ついてくる(怖さレベル:高)
以前、「磨りガラス越しに人影が見える」という友人一家の話を投稿した。
今回はその友人親子から聞いた話である。
体験者は彼女の父親。
ここでは分かりやすく「親父さん」と表記しよう。
事が起きたのは今から十数年前。
彼女の親父さんが仕事を終えて帰宅する途中であった。
すっかり夜の時間帯に最寄りの駅にてバスを待つ。
地元はさほど栄えておらず、帰宅者の数は少ない。
ちらほらと駅から出てくる人を見送り、バスを待つのは親父さんただ一人。
駅前店の明かりや街灯はあるものの、夜は夜。
暗がりの中、彼は秋めいてきた虫の音を聞きながらバスを待ち続ける。
ブロロロロ……
バスが来た。
いつもと変わらない市バスだ。
パッと見た所、煌々とした車内に乗客はいないようだ。
親父さんだけが乗るバスはまさに貸切状態でうら寂しい。
後ろ側の扉から乗車した親父さんは、はたと後部座席を見て息を飲んだという。
──なんだ、人がいたのか……
窓際の席に痩せた中年男性が座っていた。
何故すぐに気付かなかったのか。
そんなに疲れていたのかと思いつつ、親父さんは真ん中辺りの座席に腰を下ろした。
──早く帰ってゲームをしよう。
親父さんは当時、私のゲーム仲間でもあった。
帰宅した後の事をぼんやり考えながらウトウトしかけた彼は、酷く唐突に目が覚めたそうだ。
──待てよ? 今の客、何で駅で降りなかったんだ?
バスは先程の駅が終点の筈である。
もしかしたら降り過ごしてしまったのかもしれないが、少々気味が悪い。
何となく目を瞑る気になれず、親父さんは思い付く限りの楽しい事を考えるようにしたそうだ。
そうして遂に降車するバス停に差し掛かった所で、親父さんはベルを鳴らしがてらチラリと背後に目を向けてしまった。
「えっ?」
思わず漏れ出た驚きの声。
一番後ろの席にいる筈の乗客の姿はどこにもなかった。
──ウトウトした隙に降りたのか? いや、人が横を通ったのなら流石に気付く筈。じゃあ何で誰も居ないんだ!?
親父さんの認識が「少々気味が悪い」改め、「かなり気味が悪い」に更新される。
──まぁ見間違いか気のせいだろう。きっと自分でも知らない内に疲れが溜まっていたんだ。
すぐにバスが止まり、親父さんはすっくと立ち上がった。
この時、彼は妙に嫌な感じがしたそうだ。
見慣れた運転手に「ありがとうございます」と会釈をしてバスを降りる。
胸のざわつきは一向に治まらず、彼はプシューッと閉まる扉を振り返った。
それが間違いだった。
「!?」
左肩のすぐ後ろに見知らぬ男の顔があったのだ。
咄嗟に飛び退いた親父さんはすぐに男が普通ではない事を理解する。
男は首から下が何もなかった。
生首だと判断するより早く、彼は早足でその場を離れる。
しかし何度となくチラチラと左肩を振り返るも、生首はすぐ近くに浮かんだままであった。
これは走った所で振りきれなさそうだ──
そう考えた彼は足を止めずに家に電話をかけた。
──もしもし。
「おぉ、母さんか。悪いけど今から帰るから塩を用意してくれないか?」
──なんで? お葬式でもあったの?
「いや、そうじゃないけど」
──じゃあ何で?
納得いかない、説明しろと言い出す奥さんに苛立ち、親父さんは娘に代わってくれと早口で繰り返した。
怖いものがすぐ背後にいる状態で「それ」の実況解説をする気にはならなかったらしい。
──……何、お父さん。
「悪いが今から帰るから塩を用意してくれるか?」
──いーよ。かければ良いの?
「頼む。主に肩と背中に」
──おう、任せろ。
格好良すぎか。
納得いかない、放っておけと言い続ける母親を無視し、友人は台所から塩(袋ごと)を持ち出した。
玄関の前で待機する事数分。
親父さんが家の前に到着した瞬間、友人は遠慮なく塩を投げつけた。
さながら鬼に対する豆撒きのような状態だったらしい。
咄嗟に目を瞑る親父さん。
無言で塩をぶち撒ける友人。
不思議な事に友人は「肩と背中」としか聞いていなかったにも関わらず、主に左肩を重点的に狙って塩を撒いていたらしい。
その事に気付いた親父さんはガクブルとしながらもクルクルとその場で回りながら塩を全身に浴び続けたという。
友人はしこたま塩を投げつけて満足したのか「で、どうしたん?」と首を傾げた。
親父さんもいつの間にか嫌な感じが無くなっていた事に安堵して、家に入りながら「生首が付いてきた」とポツリと語る。
オカルト話を嫌う母親に気を遣い、その場は「そっか」の一言で済ませる友人。
格好良すぎか。
後日改めて事情を聞いた友人は、興奮気味に私に教えてくれたのだった。
◇
「生首は親父さんにしか見えなかったんだ?」
「そうだね」
「不思議だよなぁ。俺が家の前に着いた時も生首はチラチラ見えてたのに」
終始「何も見えなかった」と語る友人に、私は何故そこまで大量の塩を投げつけたのかと聞いてみた。
答えは「何となく」というシンプルさである。
「じゃあ何で左肩ばっかり狙えたの?」
「別に意識して狙った訳じゃないんだけどな。っつーかお父さんが怯える所初めて見たからビビったわー」
「話聞いた感じ全然ビビってないじゃん。超冷静じゃん」
「いやぁ、あの時の娘は本当に頼もしかったよぉ」
カチャカチャと携帯ゲーム機を操作しながら、親父さんは眉を下げて笑っていた。
ちなみにその後も同じバスを使い続けたそうだが、彼が生首を見たのはその一度だけだったそうだ。




