18、美容師の話(怖さレベル:低)
私が二十代の頃に通っていた美容室の店長から聞いた話だ。
彼女はやたらと勘が良く、私が出会った数少ない人間の中でも群を抜いて不思議な人だった。
ある日はこうだ。
「いらっしゃいませー。あ! 彩葉さん、午前中誰かに会ったでしょー」
「え?」
「お、当たった? この感じ……年下の女の子だねぇ。元気な子じゃない?」
驚きである。
確かに私は午前中に都内で元気な後輩とお茶をしていた。
「凄い、何で分かったんですか? もしかして見掛けたんですか?」
「いや、私はずっと店に居たからねー。分かったっていうか……感じたってカンジ?」
どうやら説明が難しいらしい。
またある日はこうだ。
「あれっ、彩葉さん、もしかしてお疲れ?」
「うわ、分かります?」
「何となくだけど……あ、引っ越しは妥協しちゃダメだよ」
驚きである。
その頃の私は誰にも内緒で引っ越しを考えていたからだ。
中々良い賃貸が見付からず、妥協を考え始めた矢先の事であった。
こんな日もあった。
「彩葉さん……最近誰かに好かれてるんじゃない?」
「おっふ。実は一昨日告白されまして……よく知らん人だから断りましたけど」
「それ正解。でも気をつけて。あぁいうタイプはしつこいよー」
「えぇ……マジすか」
結論から言おう。
その後私は二ヶ月近くその男に待ち伏せされたり付きまとわれた。
彼女の言う「あぁいうタイプ」がどういうタイプなのか深く聞かなかった事が悔やまれる。
更にある日はこうだ。
「ねぇ彩葉さん、もしかしてこの後年上の女の子と会うんじゃない?」
「あ、はい。そうなんですよー」
もはや突っ込まない。
すると店長は「その子、大事にした方が良いよー」と意味深な事を言い出したのだ。
「そりゃ友人なんで大事にしますけど……何でですか?」
「その子と居ると、彩葉さんに良いパワー? 的な? なんかそういうアレが増えるんだよぉ」
そうなのか。
あまりにもフンワリし過ぎた説明だったが、妙な説得力があった。
確かにその友人といると元気になるというか、やる気が上がるというか──
良い影響を受けている自覚があったのだ。
ちなみに今でも仲良くして貰っている。
話を戻そう。
そんなちょっと不思議な店長に、私はやんわりとオカルト話が好きな事を仄めかしてみた。
意外にも彼女は怖い話は苦手なようで、「怖いのはやぁよぉ」と若干引きながらも自身唯一の体験談を聞かせてくれたのだ。
◇
彼女が二十代前半の頃、友人と八人でイタリア旅行に行ったらしい。
随分な大人数だが、なんでも友人一人の結婚が決まったらしく、独身最後の旅行のつもりだったとか。
そんな賑やかかつ楽しいイタリア旅行、二日目の事だ。
ホテルの客室に入った彼女は、あまりの嫌悪感に手にした荷物を落としてしまったという。
──この部屋は嫌だ。怖い。
それなりに年季の入ったホテルではあるものの、見た目は普通に四人部屋の客室である。
それなのに入る事すら躊躇してしまうのだ。
「ねぇ、ここ嫌だよ」
「私も。無理」
店長と一人の友人が声を震わせる。
同室の友人二人はまるで気にも止めずに「何で?」と首を傾げるばかりだ。
どうにか気力を振り絞って、店長達は部屋に入る。
電気がついているのにも関わらず、室内は暗く感じられた。
空気も重い。
よく注意してみれば、変な臭いもしている。
息がしづらい。
部屋に対して嫌悪感を抱く友人と顔を見合わせて固まっていると、室内チェックをしていた友人の一人が小さな悲鳴を上げた。
「ちょっとやだ、洗面所汚っ!」
その声につられて見に行ってみると、なんと狭い洗面台やシャワールームの床に大量の虫の死骸が落ちていたそうだ。
黄ばみがかった白い洗面台にビッシリと黒い影が落ちている様は、思い出すだけで怖気が立つという。
「最低! 部屋代えてもらお!」
「えぇ~、そんな急に出来るかなぁ?」
「追加料金払ってでもお願いしてみようよ!」
流石に満場一致で「この部屋は嫌だ」という結論に到り、彼女達はダメ元でホテルの受け付けまで直談判しに行った。
その結果──
「あっさり部屋の変更して貰えたんだよねぇ。代えて貰った部屋は普通だったし、ラッキーだったわ」
「それは良かったですね。もしかしたら変なガスとかが漏れてたのかも。オカルト関係なく危なかったんでは?」
「かもね。でも後で調べて知ったんだけど、そのホテルで昔事件があったらしくてさ。やっぱり『あの部屋で何かあったんじゃないか』……って思っちゃうんだよねぇ」
あんなに唐突に鳥肌が立ったのは生まれて初めてだった、と彼女は笑った。
その後、私は引っ越しを機にこの美容室から遠ざかってしまい、以来彼女とは会っていない。
美容室も数年前に閉店してしまったようだ。
よって今回の話は掲載許可を得ていない。
例によって多少のフェイクは入れているものの、問題があるようならすぐに対応するのでご容赦を。




