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16、誰人形(怖さレベル:低)

 私が小学校を卒業するまで住んでいた古い家は、平屋の日本家屋であった。

今回もその家であった不思議な話をしようと思う。


 当時、まだ小一だった私は弟と二人で人形遊びをしていた。

場所はL字型になっている廊下の曲がり角に置かれた大鏡の前である。

この廊下は昼間でも戸の大半が閉められていた為、常に薄暗かった。


 鏡は大人の全身が写るサイズのもので、土台は左右に一本ずつ、ガッシリとした逆T字の足がついていた。

鏡の真下は十数センチから二十数センチ程の空間があり、鏡のすぐ裏は壁である。


 幼い弟は何故かこの鏡を怖がっていたので、鏡に自身が映らないような位置に座ってクマのぬいぐるみを可愛がっていた。


 私は鏡の前で弟と向き合う形で座り込み、弟そっちのけでアンパン男の人形とワニのぬいぐるみでお姫様ごっこというカオスな遊びを繰り広げていた。


 この一人遊びは白熱し、やがて敵役にしていたバイ菌男の指人形が吹っ飛んだ。


 コンコロリンと転がるバイ菌男の指人形。

それは勢いよく鏡の下へと入り込んでしまった。


 私は咄嗟に床に顔をつけて鏡の下を覗き込んだ。


「わ!?」


 バイ菌男の人形は思いの外近くに落ちていた。

私が驚いたのは、そのすぐ後ろにあった人形のせいである。


 おかっぱ頭の日本人形が、まるで私を覗き込むようにジッと横たわっていたのだ。


 赤みがかった橙色の着物に、黄色いイチョウの葉の模様が描かれていたのを覚えている。


 思いっきり目が合った事であまりにも驚いた私は、反射的にパッと顔を上げてしまう。

そしてまだバイ菌男の人形を救出していない事に気付き、ドキドキしながら再び鏡の下を覗き込んだ。


 しかしそこには何かが入れられた黒いビニール袋が置かれているだけで、先程見た日本人形の姿はどこにも見当たらず。

訳が分からない。

とりあえずバイ菌男の人形は拾っておいた。


 すぐに弟に「ねぇ、この下見てよ」と言ってみたのだが、普通に「ヤダ」と断られた。何故だ。


 ハテナマークが消えない私は遊びを中断して母のいる台所へと向かう。

弟は鏡の近くに置き去りにされるのを嫌ったのか祖母の元へ。


「お母さん、廊下の鏡の下って何しまってるの?」


「鏡の下ぁ? 何だっけ、覚えてないよー」


「あのね、なんかお人形がいて、すごくビックリしたの」


 その私の言葉に、母は「あぁ!」と思い出したような声を上げた。


「あったあったー、お人形! たしかお父さんが会社の人からお土産で貰ってきたってやつ!」


「へー、そうなんだ。黒い袋に入ってるやつ?」


「黒い……? あーそうかも。確かにゴミ袋に入れてしまった覚えがあるわー」


 そんな人形があるとは知らなかった。

「きっと何かの拍子に袋から出ちゃったんだね」と話し合ってその場は終わった。

それで完全に納得したのだから子供というのは単純である。


 それから年月は経ち──私が小学校高学年に上がった頃。

離れの家を全て取り壊し、そこに新居を建てるという話が持ち上がった。


 引っ越し後には今住んでいる家も取り壊す事が決まり、必然的に要る物、要らない物の話が出るようになる。

大鏡は邪魔だから捨てようという話が上がり、私はふと日本人形の事を思い出した。


「鏡の下の人形はどうするの? 日本人形って高そうだけど、私人形って苦手なんだよねー」


 捨てたら呪われそうだし、という言葉は飲み込む。

あの時の驚きはまだ生々しく覚えていた。

ところが私の両親は怪訝な顔で首を傾げるばかりである。


「日本人形? そんなのあったか?」


「えー、知らないけど……」


 忘れっぽい両親に呆れつつ、私は母に「ほら昔、鏡の下に人形があって驚いたって話したでしょ!」と当時の話を丁寧に説明した。


 ところが──


「あー、そんな話をしたかも。でも人形って、外国のお人形さんだよ?」


「え?」


「あぁ、あったなぁ! 確か□□(同僚)さんが『ドイツ行ったお土産に』ってくれたクルミ割り人形!」


「ねー、外国のお人形だよねー?」


 懐かしーい☆ と笑い合う呑気な両親を前に、私はただただ唖然とする。


 確かに当時の私は言葉足らずで「人形」としか言わなかったかもしれない。

そのせいで母と認識の違いが生じてしまったのも理解は出来る。


 じゃあ私が見た日本人形は一体──?


 何度両親に確認しても埒は明かず。

しつこい私を納得させるべく、両親は実際に確認しようと言い出した。


「うわ埃凄いな……お。ほら見ろ、やっぱりクルミ割り人形だ」


「高いんだろうけど、あんまり可愛くないからしまってたのよねぇ」


 ガサゴソと鏡の下から引っ張り出された黒いビニール袋からは、両親の言う通り箱に入れられたクルミ割り人形(男性)しか入っていなかった。


 マジでか──

これ以上は考えても無意味だろう。

きっと白昼夢を見たのだ。


 なんとなく気恥ずかしくなった私は、それ以降両親に鏡の下で見た人形について語るのを止めたのだった。

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