15、日替わり人形(怖さレベル:低)
私が小学校を卒業するまで住んでいた家は古い平屋の日本家屋であった。
今回はその家であった不思議な話をしようと思う。
その家の玄関は無駄に広い土間となっていた。
靴を脱いだ正面には四畳半程の畳の間があり、その左側一角には大量の荷物が積まれていた。
地震対策もへったくれもない、母の背丈を楽に超える箱の山である。
後に知った話だが、正面左側には壁に埋め込まれる形の大きな金庫があり、それを隠す目的もあって荷物を積み上げていたようだ。
ちなみに荷物の大半はお歳暮やお中元、挨拶回りや来客の手土産なんかで貰ったものばかりであったと記憶している。
その荷物の山の奥。
金庫の天井付近に備え付けられた棚(?)に、その日本人形はあった。
よくあるおかっぱ頭の女児人形ではない。
高い頭身に結い上げられた日本髪。
扇子を手にして振り返るような姿勢でしなを作っている舞妓のような人形であった。
天井スレスレに飾られたその人形は、誰も手が届かない(そもそも金庫の前まで辿り着けない)為、十数年レベルの埃を被っていた。
母が嫁入りした頃には既にその状態だったという。
埃に加え、幾重にも重なった綱のようなクモの巣も張っていたのだから潔癖症や虫嫌いなら発狂ものである。
どう考えても不衛生極まりないのだが、この家で育った私は「あの一角はそういうもの」だと認識していたので気にも止めていなかった。
そんな私ですら「いや、ちょっと待てよ?」と思う事が起きた。
きっかけは覚えていない。
ただある日、小学校から帰宅した私は靴を脱いだ瞬間に人形を見上げて違和感を覚えたのだ。
(あれ? あの人形、右向いてる?)
いつもは正面に顔を向けて体は左を向いているポーズの筈が、その日は違った。
なんと顔は右側を向き、体が正面を向く角度で置かれていたのだ。
天井から人形の頭にかけて繋がる極太のクモの巣に変化は見られない。
しかし私は子供だった為、変化に気付いたは良いもののそれ以上は疑問に思わなかった。
「そんな日もあるんだなぁ」程度の認識である。嘘だろ。
その数日後、またもや帰宅した私は更なる変化に気付いてしまった。
(後ろ向いてる……)
人形の顔は完全に後ろを向いてしまっており、体は右側を向いていたのだ。
私は元々ぬいぐるみ以外の人形全般が好きではなかったので、顔が見えなくなった事に内心で安堵した。
それで良いのか、当時の私。
その後も何度となく人形の角度は代わり、すっかり慣れてしまった私は「後ろを向いている日はラッキー」位の気持ちになっていた。
数か月後、私は玄関の間で新聞を立ち読みしていた祖母に人形について聞いてみた。
「ねぇ、あの人形動かしてるのっておばぁば?」
「はぁ? あんな汚い人形、触るわけない」
「それもそっか。じゃあお母さんかなぁ?」
祖母は超が付く程の潔癖症であった。
風呂に入る際は毎回床にアルミホイルを敷いて浴槽を熱湯消毒していた位である。
「あんな所、もし○○さん(母)が触ったんなら飯なんて作らせないよ。汚ならしい」
「えぇ……?」
「それに○○さんが掃除なんてする筈ないじゃないか」
「それもそっか」
私の両親は病的なまでに掃除、片付け下手なのだ。
外面が良いので周りにはバレなかったが、テレビで取り上げられるゴミ屋敷の主と変わらないレベルである。
※祖母の生活スペース(台所と個室、祖母専用風呂トイレ)のみ綺麗だった。
余談だが、この地獄の汚部屋暮らしは私が中学生になるまで続く事となる。
「じゃあ誰があの人形動かしてるの?」
「? 何の事だんべ」
私は初めて「日によって人形の角度が変わっている」と祖母に伝えた。
新聞から目を離さず聞き流していた祖母だったが、チラと人形を見上げると、ただでさえ厳しい顔を更に険しくした。
「私ゃ知らないよ。そんな事もあんだろ」
「うーん、やっぱお母さんなのかなぁ?」
「気にしなけりゃいい」
その時の人形は私達の方に顔を向けており、明らかに正面を向いていなかった。
どうにも祖母の話に納得いかず、私はその足で台所へと向かう。
「ねぇお母さん。今おばぁばと話してたんだけど、玄関の人形って動かしてる?」
「人形?……あぁ、そんなのもあったっけ。触った事もないけど、何で?」
私は祖母に話したように、母にも「日替わりで人形の角度が変わる」と伝える。
しかし答えは当然ノーであった。
「大体手が届かないでしょー。変な事言わないで」
「え、でも……今だって横向いてて」
「最初からその角度だったんじゃないの? 気のせいだってー」
まるで本気にして貰えない。解せぬ。
弟やイトコばかり優遇する祖母の事は少し苦手だったのだが、そうも言ってられない。
私はすぐさま玄関の間へ戻り、祖母の元へと駆け寄った。
「ねぇおばぁば。やっぱりお母さんも知らないって」
「……そっかい」
「気のせいって言われちゃったんだけど、気のせいじゃないよね?……おばぁば?」
祖母は新聞を畳んで、ただジッと人形を見上げていた。
「ねぇ、おばぁば……」
「……そんな事もあんだ」
そう吐き捨てて、祖母はいつもと変わらない仏頂面のまま──
何故か私の頭を一撫でして部屋に引っ込んでしまったのだ。
あまりにも珍しかったので、とても衝撃的だったのを覚えている。
何故あの祖母が私を撫でたのか──今となっては知りようもない。
ただ、もしあの時の祖母に「不思議体験を共有した仲間意識」があったのだとしたら、少し嬉しい気がする。
ちなみにその人形は私が中学に上がる頃に引っ越しをした際、普通にゴミとして処分された(無慈悲)




