第16話 絶望
「…しっとりした生地に濃厚な生クリームだな」
「それはサラッシアというお店で、最近王都に進出してきた店なんですよ」
1口食べて、幸せそうな雰囲気を醸し出す(表情も少しは緩んでいけど)ロキの一言に、嬉しそうにラキは店情報などを言っていた。お茶会を重ねる毎に、ロキもラキも甘い物好き、特にロキはアップルパイ好き、ラキはケーキ好きであることがわかった。
今回は格闘競技場を招いてしまったお詫び…少し期間は開きすぎてしまったがロキの好物であるアップルパイを持ってきたのだ。せっかくだからと思い、有名所から先程のサラッシアのような新規の注目株まで取り寄せて1カットずつ持ってきたのだった。
流石に1ホールを持ってくると、私とロキ殿下の腹が壊れる運命しか見えないと思い辞めた。
「あと…数回ですかね。このお茶会も」
アップルパイを食べ合いながら会話していく内に、ラキがポツリと言葉を発した。逃げ出したくても逃げ出せなくて始まったお茶会も、何時しか指折り楽しみにしていた自分がいた。それぐらいに、この場所や空間はラキにとって心地の良い所になっていた。
「…そうだな。ラキ嬢、君には感謝している」
本当に穏やかな表情で感謝を述べてくるロキにラキは少し心が踊った。ロキの表情も嬉しいときは口角上がったり、悲しいときは眉毛が下がったりなど少しではあるが出てくるようになっていた。ロキが無事に王太子になったときにはラキとの婚約は解消となる。
ロキが自分ではない誰かに微笑んでいる姿を思い浮かべると…少し胸が苦しなる。これが寂しいということなのだろう。手塩かけて可愛がったペットに手を噛まれたようなところと似ているだろうか。違うと何となくわかっているが、これ以上は自分の気持ちに検索することはしないようにした。で、なければきっと…私は。ラキは目の前に座るロキに目線を映す。
ラキと目が合うと、ロキは少し口角を上げた。
ラキも微笑む。これでいい。これがいい。彼の中で良い忠臣、良き戦友となっているならそれでいい。
今にでも湧き上がるこの気持ちに、名など付けない。
気持ちを振り切るように、別の話題を振る。
「今度エルのところに伺う予定なんです」
「エル…シトマ伯爵家のご令嬢という君の友人の?」
「はい、彼女の好きなシリーズの最新作が入ったようで一緒に読みたい…というか意見交換したいからと」
先日、ラクから渡された手紙の内容を思い出し思わず苦笑する。文章の流れから2日3日程は語り明かすつもりだろう。実際に前回の似たような集まりでは、ご飯や睡眠時間以外は殆ど語り合っていた。
「エルたちが管理している領地内ではリンゴの名産地で知られているシースという町もあるようなんです」
「リンゴの?」
「ええ、そこのアップルパイはとても美味だとか」
「…美味」
面白いくらいに食らいついてくるなと思いながら、心中で笑みを浮かべていた。エルの家は偶に遊び行っていたのだが、リンゴの名産地があると知ったのはつい最近のことであった。リンゴの名産地ならと調べると、案の定アップルパイで有名な店もあったのだ。
「エルのところに行くついでに買ってきますから、今度のお茶会のときに一緒に食べましょうよ?」
「いいのか、ありがたい…しかし、こちらがもらってばかりだな…そうだ、ラキ嬢はケーキの中だったらショートケーキが好きだったよな?」
「はい、そうです」
「だったら、シフトのショートケーキを今度お茶会で用意しよう。それなら公平だ」
「え!良いのですか!」
シフトとは隣国の人気のケーキ屋である。隣国にあることもあり、ラキ自身も食べることは少し諦めていたのだ。それがまさか…王族、万々歳である。
「あぁ、勿論だ。」
「約束ですよ!…ってこれは失礼しました。」
「いや、構わない。約束だ」
「はい!」
キラキラと目も髪も輝く彼女に少し苦笑しながら、ロキはラキと約束を交わした。
_これが彼女と、最後になるなんて知らずに。
「…ラパオ。それは誠か?」
「現場の地方隊が実際に調査した結果報告書です。こちらとしての事実確認をしているところですが…恐らくは…事実だと考えられます」
そうか、ロキの弱々しい声が執務室に響く。
側近のラパオは悔しそうに下唇を噛んでいた。
彼は見慣れた己の部屋の天井を見る。何も無い…目を閉じても思い浮かぶは、最後に約束を結んだ嬉しそうな彼女の笑みだった。信じられない。先程、ラパオから聞いた言葉を再度頭で反復してしまう。
_エマという友人宅から帰りに、彼女の乗っていた馬車が崖から転落し、崖の根元にあった激流の川に川下まで流されたようだ。生死は不明。
ラパオから渡された調書には、下流付近では崩壊した馬車の欠片が発見されたようだ。その前後でラキが乗っていた場所とも一致することからも彼女たちが川に落とされた可能性が高いと地方隊は見ている。馬車が損傷大き過ぎて事故か事件かも分からなようだ。
「君は簡単にはくたばらないと、言ったではないか」
それに…チラリとロキは目の前にあるショートケーキを見る。今しがた届けられたものである。私は…まだ何も返せてはいないではないか。今は思えば、いやずっと思っていたが、貰い続けてばっかだった。弱虫でそんな自分は情けなくて…不甲斐なくて…そんな劣等感の塊であった私をすくい上げてくれたのは…いつも彼女だった。情けない言葉でも、最後まで耳を傾けて最終的には「どうにでもなります」と笑って言っていた。不思議と彼女の言葉には本当にどうにかしてまうような雰囲気や力があるように感じられたのだ。
彼女が死んだかもしれないなんて言葉が信じられ過ぎて、いつものお茶会のところに座っていた。座っていたら、ひょっこりと彼女が顔を出してくれそうな気がした。ふと「ロキ殿下」と声が聞えた気がして、思っきり顔を上げても…そこには誰もいなかった。肩を思っきり下げ、空虚な花畑を見つめた。
_何時間待っても結局彼女が現れることはなかった。
「殿下、もうそろそろ」
「…わかっている」
ラパオの声に思わず八つ当たりような声を上げてしまう。きっと…彼女は。心の中でも呟くことはできなかった。それを認めてしまうと、全て嫌になってしまいそうになるから。…きっと私は君を。そこまで至ったときにロキの景色はぼやけて見えてくる。涙が流れる予兆だ。本当に手にしたいものはそこにあったのに。彼は手のひらを朧気に見つめた。




