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黎明と踊る  作者: 野良丸
夜の章
17/23

2

――明日、貴方はどこの警備を?

――街中の巡回です。

――そう。残念だわ。せっかくの誕生日なのに。

――たとえ会場の警備だったとしても、言葉を交わすことも、護衛につくことも出来ませんよ。

――分かっています。婚約者を不快にさせるようなことはいたしません。でも、毎年一緒だったじゃない。貴方は寂しくないの?

――もう遅い時間です。そろそろお眠りになったほうが。

――嫌よ。起きたら、また、いなくなってるんでしょう?




 いつもの街並みに屋台や露天が加わった大通りを歩く。いつも以上に人通りが多く、活気に溢れている。それでも人の匂いが薄いのは、他の匂いに掻き消されているからだろう。

「フラット、小休止としよう」

 その匂いの一つに目を向ける。

「小腹がすいたな。あれでも食べよう」

 ジャンクフードの屋台。見た目は若いとはいえ、隊長も一月後に退官を控えるほどの歳だ。大丈夫なのだろうか、と思ったが、口には出さなかった。万が一、これで寿命が縮まったとしても、それは彼の選択だから。

 頷き、短い列に並んだ。一人で十分だったけど、隊長も隣に立った。前に並んでいるのは、僕と同い年くらいの男女と、小さな子供を連れた親子の二組。

 屋台の男性の声が聞こえてくる。作り置きがなくなったため、少し時間がかかりそうだった。

 沈黙。周囲が喧騒に包まれているため、隔離されたような気がした。それを、少しだけ、心地よく思った。

「心配か?」

 その沈黙を、彼はそう受け取ったらしかった。否定する。

「そうか」とだけ彼は言って、また沈黙。今度は心地悪かった。

 ジャンクフードを買って、空いていたベンチに腰掛ける。普段、軍服なんかで街を歩くと随分と注目されるものだが、今日は違った。多くの人が仮装しているから、僕達も溶け込んでいるのかもしれない。あるいは、せっかくの楽しい一時に、軍人なんて無粋なものを視界にいれたくないのかもしれない。

 姫様が公の場に初めて姿を見せたのは、今から二時間ほど前。正午のことだった。姫様は、事前に言われた通り終始笑顔で、三分程度のスピーチをつつがなく終えた。参列した他国の代表の中には隣国の王子もいた。

 今頃は、城内の会場で挨拶回りだろうか。それとも、既に終えて、適当な相手と、たとえば隣国の王子と話でもしているのかもしれない。

 味の濃いものを食べたせいか、喉が乾いていた。ポケットから小さな水筒を取り出して、口をつける。カイロ代わりにするためいれていたお湯はすっかり冷えて、ただの水になっていた。

「すまないな」

 唐突に、隊長が言った。なんのことか分からないまま顔を向ける。

「君や姫様のことは最後まで面倒を見るつもりだったのだが、如何せん、自分が思っていた以上に、体力の衰えは激しいものだな」

「隊長には今まで十分過ぎるほどお世話になりました」

 隊長は笑った。困ったような笑顔だった。


 警備が終わったのは、深夜に近い時間になってからだった。自宅へ帰る隊長と別れ、一人で帰路につく。なんとなくアリスの顔が浮かんだ。行ってみようか。昨日の今日で、しかもこんな時間に行けば、それは驚くだろう。

 そんなことを考えて、一度足を止めた。でも踵を返さずにまた歩き出す。

 月が大分上った頃に城に着いた。門番をしている兵士と軽く挨拶をしてから門扉を通る。

 城を見上げた。いくつかの部屋に灯りが見える。その中に食堂もあった。早めに夕食を済ましたせいか、それとも歩き回ったせいか、小腹が空いていた。多分、同じ理由で兵士が溜まっているのだと思う。それなら何か食べるものもあるのだろう。

 静かな廊下を歩く。電灯が点いているのは部屋の前くらいで、ここのようなドア一つない廊下は、窓から差し込む月明かりだけが頼りだった。

 ふと、前方に灯りが見えた。食堂だ。ドアを開くと、目を細めるくらいに眩しい光が漏れてきた。

 二十メートルはあるであろう二脚のテーブルには、それぞれ兵士と給仕が、綺麗に思えるくらい別れて座っていた。

 カウンターには、食器と数種類の料理が並べられていた。パンを一つ、他にスープとサラダをよそって、トレイに乗せた。

 適当に空いている席を探していると、固まって座っている給仕の中にアルフィンを見つけた。彼女はとっくに僕に気付いていたらしく、目が合うと頭を下げた。片手をあげて顔を前へ戻す。隅の席が空いていた。

 サラダを一口食べたとき、向かいの席に誰かが座った。アルフィンだった。食べかけの料理が乗ったトレイ。

「ご一緒してもいいですか?」

 咀嚼中だったため頷く。

「今まで外の警備を?」

「うん。君も今までずっと?」

「はい。お疲れ様です」

「お互いにね」

 笑みを交わしてから料理に手をつける。十分くらい、黙って食事をしていた。何か話そうかと考えなかったわけじゃない。ただなにも思い付かなかっただけだった。

 先に食事を終えた彼女と目が合う。相変わらず綺麗な目だった。でも、以前と比べるとくすんだ気がした。その分が姫様に移ったのかもしれない。

「姫様のこと、気になりませんか?」

「何かやらかした?」

「いえ」

「なら、それでいいよ」

「そうですか」

 それだけ交わして、再び食事を進めた。彼女はなにもせずに座っていた。顔は僕に向いているけど、瞳にはなにも映ってないような気がした。

 次に口を開いたのは、僕が食事を終えたときだった。

「明日も警備ですか?」

「休みだよ。城にいないことが条件の」

「ご一緒しても?」

 今度は頷くことはできなかった。子首をかしげる。

「君も休みなの?」

「はい。今日一日も、姫様に付いていたわけではありません」

「どうして?」

「ノエリア様のお付きだった私とは顔が合わせづらいだろうという王のお心遣いです」

「なるほど」

 王は是が非でも隣国との縁談を不意にしたくないらしい。戦争になれば負けるのは目に見えているから友好関係を保っておきたいのだろう。風の噂でしかないが、前の姫様が死んだときに関係が崩れかけたとも聞いたことがある。どうでもいいことだから詳しくは知らないし、真偽にも興味はないけど。

 そんなことを考えながら視線を前に戻すと、彼女と目があった。一秒くらい見つめ合って、問いに答えていないことに気付いた。

「朝早いけど、それでもいいなら」

 彼女は分かっていたように頷いた。集合時刻と場所を手短に決める。行き先は話さなかった。

 話がまとまると、彼女はトレイを持って立ち上がり、小さく礼をしてから離れていった。その姿を、トレイに食器を乗せながら横目に見る。トレイをカウンターに置いて、元の席に戻った。同僚の給仕に何か訊かれたのだろうか。口許に微笑みを浮かべて、首を横に振った。



――パーティーはどうでしたか?

――人がたくさんいて、しかもみんな私に話し掛けてくるから、とても疲れたわ。

――そうですか。

――そんなことより、スピーチ、見に来てくれた?

――申し訳ありません。仕事で忙しく。

――そうなの。残念。とても上手くできたのに。見ていたら、きっと貴方も驚いたわ。




 カーテンの隙間から朝日が差し込んだ。ベッドから出ようとすると、服を引っ張られた。

 起きていたのか。そう思ったけど、違ったみたいだった。姫様は空いている手で寝惚け眼を擦りながら起き上がった。

「起こしてしまいましたか。申し訳ありません」

 首を横に振る。目は半開きだった。そのまま笑みを浮かべる。無意識に、僅かに後ずさった。でも、服をつかんだ手が許さなかった。

「来年は、一緒に過ごせたらいいですね」

 柔らかい言葉。優しい声。それなのに、まるで、ナイフで刺されたみたいだった。昔の彼女も、こんな気持ちだったのだろうか。

「それはきっと難しいでしょう。今回のように、また大々的に――」

「分かっています。だから、過ごせたらいいと言ったんです」

 また笑う。子供に言い聞かせるように。

「貴方は、そう思いませんか?」

 僕も笑う。そして、この朝の会話を、彼女が忘れてくれることを願った。

「僕には、分かりません」


 その時に話した通りに時は過ぎた。翌年も、姫様の誕生日は盛大に祝われた。姫様は、来年は一緒に、と同じ事を言った。僕も同じように返した。

 それを否定できたのは、姫様が十五になった時だった。柔らかい笑顔が強張って、俯いた。手を離してくれるまで、僕はずっと、それを見ていた。

 罪悪感はなかった。何も感じなかったという方が正しいかもしれない。ここ一年は、ただ機械的に身体を重ねるだけ。それ以外の時に会うこともない。今さら何かを感じたりはしない。

 その日の昼に、姫様の様子がおかしいと、アルフィンが部屋を訪ねてきた。今朝のことを話すと、少し怒ったような表情をした。でも、なにも言わなかった。彼女の目は、二年前よりも、少しだけくすんでいた。でも、やっぱり、綺麗だと思った。

 その二日後の夕方も、いつも通り、貧民街へ行った。店にはいると、店長が新聞から顔を上げた。

「悪いな。今日は、アリスは休みだ」

「休み?」

「高熱だして寝込んでる」

「そっか」

 カウンターに貼られている写真を見る。知らない顔ばかり。

「他の奴にするのか?」

「うん。せっかく来たんだし」

「ならこいつでいいんじゃないか? 少し大人びて見えるがアリスと同い年だ」

「歳はどうでもいいよ」

「そうか」鼻で笑う。僕は笑わなかった。

 結局、その子を指名して、いつも通り、二時間後に店を出た。よければまた指名してと言われたけど、貧民街を出る頃には名前も顔もはっきりしなくなっていた。でも、歳は十五歳。それだけは覚えていて、店長みたいに鼻で笑った。

 いつもと違ったことなんて、それくらいだった。

 何が原因かは、いくら考えても分からない。

 分かるのは、姫様を泣かせてしまったのが僕であるということだけ。

 いつも通りの筈だった。それなのに、姫様の裸を見た途端、たがが外れた。恐怖にひきつる顔も、胸を押し返す手の感触も、悲鳴のような声だって、ちゃんと認識できていた。それすらも、ただ、欲望をたぎらせるだけだった。

 いつだったかアリスが、客のことを獣だと言っていたことがあった。きっと、その時の僕は、それそのものだっただろう。姫様に向けた欲望の中には、確かに殺意が混じっていた。僕は彼女を、殺そうとしていた。抵抗が止んでいたら、殺していたのかもしれない。

 これでいいんだ。

 空っぽの頭に、そんな言葉が浮かんだ。途端に、埋め尽くそうとする。これでいい、これでいい、これでいい。だって、彼女は泣いている。乱暴されて笑っていた彼女が、正常に泣いているんだ。僕がやってきたことが間違っていなかったっていう最大の証明だ。

 ベッドから出る。啜り泣く声に背を向けて服を着る。

 腰ベルトに装着していた銃が、重たい音を立てた。

 銃を抜いて、ベッドによった。顔を覆っている彼女の両手を強引にとった。泣き顔が露になる。涙がこぼれる。その手に、銃を握らせた。

「撃っていいよ」

 銃口を眉間に当てた。冷たくて硬い感触。涙も呼吸も止めて茫然とする彼女に言う。

「これは悪いことじゃない。正当防衛だ。君は自分の身を守っただけ。誰にも責められることはない。当然、罪にもならない」

 止まっていた涙が、また流れた。撒き散らすように首を振る。何度も、何度も。子供のように。否定の言葉を口にしながら。

 手を離すと、彼女の手は銃とともに力なくベッドの上に落ちた。何も言葉が出なかった。言葉にならなかった。裸のまま涙を流す彼女の前に頭を垂れた。何もない。もう、何も。

「頼むよ」

 ようやく言葉が出た。

「僕を、殺してくれ」




 三日後に店へいった時、アリスは出勤していた。

 ベッドの上。貪る。人のまま。

 僕は、彼女に、何を求めているのだろう。綺麗な言葉と汚い言葉がいくつか浮かんだけど、どれも当てはまらなかった。

 身体を重ねたまま、繋がったまま、髪を撫でた。さらさらの髪は、汗でべとついていた。彼女が笑う。少しだけ、強く抱き締めた。

 いつもと同じ時間に店を出た。数分歩いた時、道端に転がる小さな人影を見つけた。ポケットから懐中電灯を取り出して照らすと子供だった。十歳かそこら。布切れみたいな服に身を包んで両目を閉じている。顔を照らしても、反応しない。中性的な顔立ちで、性別は分からなかった。

 近付くと異臭がした。死体の匂いだった。

 彼女も、僕が見つけなければこうなっていたのかもしれない。踵を返しながら思った。

 いつもより少しだけ遅い時間に城に着いた。姫様の部屋に直行する。部屋の前にアルフィンが立っていた。僕をみて、どこか安心したような表情を浮かべて駆け寄ってきた。

「よかったです。いらっしゃらないのではないかと思っていました」

「どうして?」

「もしかしたら来ないかもしれないと姫様が仰られていたので」

「そっか」

 その方がよかったのかもしれない。姫様のためにも、僕のためにも。じゃあどうして僕は、いつもと同じようにここに来たのだろう。

 まだ、離れたくないのだろうか。もう五年以上一緒にいるのに、まだ。

 どうしてだろう。いつになったら離れたいと思うのだろう。

 空に浮いているような疑問は、答えを吐き出さないまま風に流されていった。

 ノック。ドアを開く。姫様はベッドの上に座っていた。目が合うと笑った。初めて見る顔だった。彼女はこんな風に笑うこともできるようになったらしい。

「来てくれないかと思いました」

 ドアを閉めて、その場に立ったまま答えた。

「私は、来ても、追い返されるかもしれないと思っていました」

「そんなことしないわ」

「何故ですか。私は――」

「貴方が私にしてくれたことと同じよ。私が何をしても、貴方はそばにいてくれた。優しさと、愛の、本当の意味を教えてくれた。だから私も、貴方を受け入れます。貴方が私を嫌っているとしても、そのままの貴方を」

 優しい声。優しい言葉。きっと、僕が吐くものよりも、ずっと本物だ。

 ベッドに片膝を乗せて、頬に手を伸ばした。彼女の両肩が小さく震えて、身体が硬直したのが分かった。それでも笑みを浮かべていた。

 笑みを返した。

 彼女はキスをせがむように目を閉じたけど、見なかったふりをして、抱き締めながらベッドに倒した。

 優しさは、返しちゃいけない。姫様が言ったみたいに、優しさは似ているから。優しいだけの人なんていないから、きっと、求めてしまう。

 夜が明ける前にベッドから出て服を着た。

 彼女がよく眠っているのを見てから、頬にキスをした。

 部屋を出て廊下を歩く。

 唇には、背徳感だけが残っていた。


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