第三十七話 村人Bほか
「なあ、ここいらの薪は貰っていいのかい?」
「ん? ああ構わないぞ。ごちそうしてくれるんだって?」
「俺は料理できんが、ツルミ様、お坊さんな、作ってくれるってさ」
「肉は久しぶりだな」
そうなのか?
痩せてはいるが、肉しか食ってないように見えるんだが?
野菜などは女や子どもに与えているんじゃないのか?
「これだけの薪をあそこまで運ぶのか。働く前に一休みするか」
「働いてから休んだ方がいいんじゃないか?」
「いや、薪は別にいいんだ。馬車にも積んでるからな」
「なら、どうして集落の中を嗅ぎまわる?」
そりゃあ、俺みたいな雑兵にも見張りがつくからだよ。
「誤解を解こうと思ってな」
「誤解?」
「領主の手先とか思ってるんだろ?」
「なんのことだ?」
偉いねえ。ちゃんとしらばっくれるのか。
「うん、まあ、知らないならいいさ」
「何も知らんなあ」
「じゃあ、俺が北の国の兵士だったとしても驚かないよな?」
「北? お前あそこから来たのか?」
まあ、下っ端だけどな。
「ああ、俺とあと二人いたんだが、三人で逃げて来た」
「そうか。それは大変だったな」
「大変だってよく知ってるな?」
「あ、ああ、噂ぐらいは聞くさ」
噂ねえ。
「鬼のような女王。圧政。過酷な税。毎日のように行われる処刑」
「そんなにひどいのか?」
「知ってるんだろ? あんたも兵隊なら」
「いや、知らんが?」
あくまでも白を切るか。
「というわけで、俺はあんたらを追う領主の手下じゃない。もう誰かを殺すのはこりごりだ。あんたもだろ?」
「んー、そうだな。人を殺すのはイヤだな」
「だよな。ちなみにツルミ様もワタヌキもここいらの国の出身じゃない。俺の口からは言えないが、あんたらの領主なんて目じゃないぞ」
「どういう意味だ?」
さて、どこまで話していいのかな?
適当でいいか。
「あの人たちの旅の目的はなんだと思う?」
「坊さんの勉強じゃないのか?」
「そこまで真面目じゃない」
「じゃあ、なんだ?」
「飯だそうだ」
間違ってないよな。
そんな旅の目的なんて聞いたこともない。
普通は金だろう。
「飯? そんな旅あるか」
「あるんだよ。今晩肉を出すと言ったろう?」
「ああ、また肉塊だな」
「違うんだなあ。食って驚け」
「なんだよ、教えてくれよ」
「いやだね。食ってあんたらも仲間になればいいんだ」
そうだな。
皆仲間になれば面倒も少ない。
あ、別な面倒も出るか。
「めちゃくちゃ気になるな。薪とか手伝うから先に食わせてくれないか?」
「それはツルミ様にお願いしてみるんだな。もしかしたら味見ぐらいはさせて貰えるかもしれん」
「よし! 運ぶぞ。いつまで座っている。立て!」
あれえ?
これでいいのか?
おかしいなあ。
* * *
「カスミ、肉の大きさがバラバラだよ?」
「ミンチにするのが大変なんだよ」
包丁二丁使ってるけど、全く肉が減らない。
鶴見さんと交代しながらだけど、この人も力ないからなあ。
和狸、早く帰ってきてえ。
「呼ばれた気がした」
「色男! フサフサ! 待ってたよ!」
「色男はともかく、フサフサは誉め言葉ではないからな?」
大丈夫、鶴見さんは気にしてないから。
心の中までは知らないけど。
「ミンチか? ちょっと待ってろ」
「手をちゃんと洗ってね! ワタヌキ清潔にしないとダメだよー」
リョウちゃんも飽きてたみたいだ。
それとも和狸が帰ってきてうれしいのかな?
「石鹸欲しいよな。だが、その前に『ミンサー』」
「何それ? ひき肉にする機械のようだ。昭和屋で買った」
「もっと早くだせー!」
少ししてから村人さんがやってきた。
「おい……置いていくなよ……」
すごい息が荒い。
肉の量もすごい。
「ここは割と獲物が豊富だな。獲りすぎるのはよくないが、簡単にこれだけ狩れた」
「お前、狩りすぎだ……持ってくる方の身になれ」
「まあ、いいじゃないか。人の役に立つのは悪いことじゃない」
「薪はここでいいか?」
こんどは別の村人さん。
「え、うん。その辺にまとめておいてください」
「サスケ遅いぞ」
「張り切りすぎだよ……」
なんなの?
和狸もサスケさんも、もう村人を取り込んでる。
大人すげえ。
「ツルミ、すまんが、こいつに料理の味見をさせてやって欲しい」
「あ、王子、こいつにも一口でいいから頼む」
ん? ハンバーグの味見で手懐けたの?
大人、卑怯ー。
* * *
「さあ、食おうじゃないか」
「三十人近い人が集まると、壮観だねえ」
「パンが足りないから、俺たちは米な」
「ハンバーグは一人一つだよー」
賑やかなことこの上ない。
この村がこんなに賑わうなんて、逃げてきて以来はじめてかもしれない。
いや、兵であった時もなかった。
食事など、腹を満たすための作業でしかなかった。
「ゆっくり噛んで食えよー」
ワタヌキが村人に気遣いながら声をかけている。
「肉とは言うが、子どもでも食えるからな。さすがに赤子は無理だがな」
確かに、肉の塊を焼くと、噛み切るのも一苦労だ。
だが、これは肉の味がするのに、簡単に噛み切れる。
「うまいなあ」
なんだかわからないが泣けてきた。
鼻をすすっている者もいる。
子どもらは最初のうちは遠慮していたが、オオカミよりも大きい犬と遊んでいるうちに気を許したようだ。
女たちも、料理の手伝いを買って出て、距離を縮めている。
なんだ、警戒してたのは俺たち男だけだったのか。
「うまいだろ?」
「ああ、うまい」
この人たちがもし刺客だと言うなら、こんな飯を振る舞う必要はない。
ワタヌキの強さはこの目で見た。
サスケという御者も北の国の兵士だったと聞いた。
俺たち全員が束になっても敵わないだろう。
「すまなかった。私たちはあなた方を見誤っていた」
「長老?」
「いいんですよ。誰だって逃げて来た先に、こんな集団がくれば警戒するもんです」
「そう言っていただけると助かります」
長老も警戒を解いたみたいだ。
「正直なところ、明日の飯にも困っておったところでな」
「どしてまた?」
「ここに来て一年になるというが、うまいこと作物が実らんのだ」
長老はここまでの苦労を包み隠さず話した。
「なるほど。それは致し方ないですよ」
「原因がおわかりか?」
「いや、はっきりと断言できませんが、おそらく塩害じゃないかと思います」
「塩害? 聞いたこともないが」
「それにこの一年、どれくらい雨が降りましたか?」
「雨? さほど降らんかったように思う。いや、街に暮らすよりははるかに少なかったな」
ツルミ様が俺たちにもわかりやすく説明してくださった。
どうやら海が近いのが原因らしい。
「では、畑に柵を立てるだけでは駄目なのですね?」
「おそらく土に多く塩を含んでいるんでしょう。ですのでまずはそこから始めないと」
「でも海のそばでも農をしている者たちもいますが」
「ええ、ある程度雨がふれば、洗い流される分もあります。ですが、ここはそういった形跡もない」
「ふむ」
「水場はあるものの、湖と海をつなぐ川しかありません。畑にも水は引いていますが塩が残っているんじゃないかと思います」
ここに人が住まない原因がわかった。
塩で作物が育たないとは知らなかった。
大して距離が離れていないから影響を受ける。
それでも、人の手が入れば、何年もかけて土は改善できるらしい。
だが、そんなに時間的な余裕はない。
「ではどうすればここで暮らしていけるんですか?」
「まずは水を引き直す、土から塩をできるだけ減らす、その後は土を耕し、森の落葉などをまぜる」
「随分時間がかかりそうですな」
「かかるでしょうね。おそらく一年でなんとかなるかどうか……」
今まさに明日の飯に困っている段階で、それは致命的だ。
「何か策はないでしょうか?」
「いや、私たちが決めることではないでしょう。あなた方が拓いた土地です」
「そうなのですが、皆さんがいらっしゃらなかったら、全員飢え死にするか、元の街に戻り縛り首になるかですから……」
長老は兵を率いることには長けているが、農業の知識は全くない。
一部の若者が聞きかじった程度である。
「二十人もの人がこれから食べていくには大変な労力がかかりますよ?」
「それはわかっているのですが……他の街も集落も、受け入れてはくれますまい」
「冷たいようですが、それはあなた方が選んだ結果です。私たちは自分達で食べる分はなんとかできますから」
「どうか、お知恵を貸していただけないでしょうか」
もう頼れる人はいない。
ツルミ様やワタヌキだけが俺たちの希望になるかも知れない。
「うーん、ヌタさんどう思う?」
「お前が決めろ。リーダーは王子、お前だ」
「そうか。なら決めなきゃいけないね」
「長老、私たちに一晩時間をくれませんか?」
「それは……?」
「まだ約束はできません。ですが、私たちとあなた方二十名が暮らしていけるようにする方法を考えたい」
「本当ですか!」
「無責任に出来るとは言えないですからね」
「お願いします。私の命でよければ差し出しますので、どうか他の者たちを救ってください」
そんなこと言わないでくれよ。
長老。
あんたの賞金なんて、銀貨一枚にもならんだろ?
「とにかく、今ここで回答できません。ですが、当面の食事は協力してやっていきましょう」
「おお、それだけでもありがたい。本当に助かります」
皆がツルミ様たちに頭を下げる。
俺もしっかりと頭を下げる。
どうか、子ども達だけでも助けて欲しい。
お願いします。




