第三十五話 目的地
結構な旅をしてきた。
のんびり進んだとは言え、およそ二か月。
馬車の生活にもだいぶ慣れた。
カスミもようやく獲物の捌き方を覚えた。
未だに血を見るのは怖いらしいが、そればかりは仕方ない。
「王子。どうやら見えてきたようだ」
「そうだね。そして先客がいるようだね」
そう、目的地としていた場所。
水辺、湿地、平原、ある程度の森。
獲物がとれる。
海からあまり遠くない。
この条件を満たす場所。
サスケさんの話では誰もいなかったはずなんだがな。
「サスケさん、どうする?」
「どうするもこうするも、ここに拠点を構えるか他にするか、決めてくれ」
「そうだな。とりあえずはどんな奴が住んでいるかだけでも確認しよう」
「わかった。旅の行商ということにしておくぞ」
「嘘はついてないな。了解」
どうやらあちらさんも俺たちに気づいたようだ。
柵の補修をしていた男が声をかけてくる。
「お前たちは?」
「俺たちは旅の行商だ。いるもんがあれば売るぞ?」
「ちょっとまってろ。長老を呼んでくる」
盗賊ではなさそうだが……
長老ということはある程度の秩序なり、ルールがある集落か。
「待たせたね。私はこの集落の長。といっても一番の年寄りというだけだ」
「そうか。こっちも代表者と話してくれ。ツルミ」
「私はツルミといいます。失礼ですがお名前をうかがっても?」
「こいつは失礼した。お坊様に先に名乗らせてしまいましたな。私はジェコブと言います」
ジェコブ? ジェイコブが訛ったのか。
となるとヤコブ?
中東系なのかな。
「皆さんはいつからここに? 御者の話では以前来た時は無人だったとか」
「ああ、私らはここ一年ぐらいですかね。街の代官が税を高くしたので、逃げ出してきました」
「そうでしたか。それは大変でしたね」
「お坊様方は?」
「僕たちは修行をしながら、旅の行商をしています。ですが、そろそろ腰を据えて学びの時を過ごそうと考え、ここに来た次第です」
やたら遠回しな言い方だな。
正直にここに住みに来たと言えばいいじゃないか。
まあ、鶴見のやりたいようにやらせるが。
「そうでしたか。別にここいらは私らの場所というわけではありません」
「今はどれくらいの人数がいらっしゃるのですか?」
「二十名足らずです。ほとんどが農の者です。ボロ家などは皆で協力して建てました」
「ご苦労なさいましたね」
さて、ここからどうもっていくか。
「一応、私たちもここを目標に移動してきましたので、出来たらこの水辺の近くに拠点を構えたいと思っておりますが、お邪魔じゃないでしょうか」
「邪魔だなんてそんな。賑やかになるのは大歓迎です」
「お世辞は要りませんよ?」
「世辞など申しません。正直なところ我々だけでは生活をしていくのがギリギリでしたので、人手が欲しかったところです」
いいように使われるのは困るが……
ハゲリンはどう考えているやら。
「私たちは基本的には学びのための拠点ですので、皆さんのお手伝いが出来るとも限りません。もちろんお邪魔になるようなことは致しませんけどね」
「正直なところ、畑を切り開くのも人力です。もし叶うなら馬車を曳いている馬たちを貸していただけるとありがたいのです」
「サスケさんどうだい?」
「酷使しなければ開墾ぐらいはできるだろう。だが、怪我をさせるわけにはいかんのでな。馬だけを貸し出すのは難しい」
まあ、拠点を構えるとなると、馬たちの扱いも困る。遊ばせておくにもエサが必要だからな。
サスケさんの言うとおり、適度な運動を兼ねて農作業の手伝いぐらいはいけるんだろう。
そして、馬の扱いに慣れていない素人に貸し出すのは俺も反対だな。
「できれば御者さんごとお手伝いいただければありがたいのですが、如何せん私たちが食べるのがやっとの生活ですので……」
「まあ、今ここで決めるのも早計でしょう。私たちもお手伝いが出来るなら喜ばしいことですが、学びが疎かになっては困りますのでね」
「そうですな。そちらはそちらのやるべきことがある。それは皆さんの仰る通りです」
「というわけで、暫くの間、近くで野営させていただいて、その間話し合いを持ちませんか?」
その辺が着地点か。
後はスマイルを使うんだろうな。
「こんな話をするのは失礼とは思いますが、皆さんは街の役人などではないですよね? 私たちを追ってきたり、税の徴収に来たわけでは……」
「ははは、それは誤解です。見れば集落の中で生活が完結しているではないですか」
「ええ、皆で助け合って生活していますので」
「そこに外部から金が入ることも、余分な生産を生み出すのも難しいのではないですか?」
「ええ、着の身着のまま必要最低限の荷物と、農作業用の道具だけでここに来ました。まだ開墾したばかりのところが多く、収穫も多くは見込めません」
「まあ、その辺を含めてこれからお話ししていきましょう」
「そうですね。皆さん、お疲れのことでしょうから、今日のところは野営の用意をした方がよいですね」
「もう長いこと馬車に揺られて来ましたのでね。ようやく落ち着いて寝られそうです」
そんな感じで今日のところはおしまいにした。
* * *
「ねえ、カスミ」
「なに? リョウちゃん」
「あっちには子どももいるのかな?」
「どうだろうね。馬車の中からはよくわからなかったね」
「うん」
税が払えないで街を出たと言ってた。
長老というおじいさんも、見た目は普通の人だったし、今にも壊れそうな柵のところにいた男の人も痩せていた。
あまり計画性のある人たちには見えないんだけどなあ。
一緒に暮らしていって大丈夫なのかな?
「まあ、二十人ぐらいいるって言ってたからね。数人はいてもおかしくはないんじゃない?」
「でもさ、こんなに大変な場所で集落を開くのに、子どもがいても役に立たないよね?」
リョウちゃんに言われて気づいた。
そうなると、子どもは私たちだけになる。
あ、こっちの世界では私は大人扱いなんだっけ。
それならリョウちゃんだけか。
「リョウ、うちの国の昔話だがな」
「なに? ワタヌキ。うその話?」
「違う違う。本当にあった歴史の話だ」
「歴史?」
「そうだ。北の方の大きな島に、移住するのが奨励された時代があったんだ」
「強制じゃなくて?」
「ああ、あくまでも奨励だな。割とうちの国の歴史では、他の土地や国に人を送り込むことが多かったんだよ」
「へえ。何か意味があるの?」
「あるんだろうな」
多分、北海道とかブラジルの話かな?
ハワイなんかもそうだった気がする。
歴史の先生がおじいちゃんだったから、良く話していた。
「でだ、北の島は本当に過酷でな。大の大人でも音を上げるくらい大変な場所だったんだ」
「へえ。じゃあ子どもはいなかったの?」
「いたんだよ。割と多くな」
「大人でも大変な場所に?」
「ああ、そうだ。将来の事を考えると、開墾してから子どもを作って、成長を待っていては人手は増えていかない」
「うん?」
「だから、家族での移住も多かったらしい」
「へえ。大変だったろうね」
「俺にはわからんが、大変だったろうな」
なんかそんな動画を学校で見せられた気がするなあ。
忘れちゃったけど。
「だから、あの集落に子ども達がいるなら、多少の可能性はある」
「多少なの?」
「どちらともとれるからな」
「どちらともって?」
「全く無計画に移住してきたのか、先を見越して、将来の働き手を育てながら開墾しているのか、のどちらかだって言えるんだ」
そうかな?
たまたま居たとは考えないのかな?
「じゃあ、子ども達がいなかったら?」
「あまり利口なやり方じゃないな。こっちの平均寿命がどれくらいかわからんが、百歳まで生きるのが当たり前じゃないだろう?」
「うーん、よくわかんない。サスケさんわかる?」
「そうだな、四十になれば引退することが多いな。あとはどうなるか、そいつ次第だが」
サスケさんは大人だからいろんな人を見てるんだね。
「長老を除いた他の人たちが何歳ぐらいなのか。若手が多いなら可能性はある。だがそうじゃないと厳しいだろうな」
「大抵の村づくりは若い夫婦が選ばれるからな。だが計画的じゃないってのは良くないな」
税が払えないからって言ってたもんね。
大丈夫かな? あの人たち。
「まあ、あまり期待しないでおこう。別にあの人たちを助けることが目的じゃないからな」
「いや、とりあえずあの人たちを助けることにする」
鶴見さん?
なんで?
「よほど状況が悪くなければ、こちらも人手が欲しい。それに二十人ぐらいなら僕に考えがある」
「どんな人間かわからんのだぞ? ツルミは長老と話したが、他の奴とは話していまい?」
「ああ、だが女性などの存在も感じた。あれは僕たちからかくまっていたね」
「よくわかったな?」
「話し声が聞こえてたからね。だいぶ不安になっているようだった」
そうか。鶴見さんは耳がいいんだっけ。
「子どもがいなくても女性がいるなら、なんとかなる。男ばかりじゃリョウやカスミが危険だからね」
確かに。
いつ襲われるかわからないのは勘弁して欲しい。
* * *
「俺からはやつらがどこの街から逃げて来たか。それが一番気になる」
「その理由は?」
「まあ、領主や代官はがめつい奴が多いが、それでも逃げ出すほどじゃない」
「サスケさん……お父さんもお母さんも税が払えなくて二級市民になるからって引っ越ししたんだ」
「そうだったのか。気遣いが足りず済まなかった。あいつも俺に相談してくれれば良かったのに……いや止めよう」
リョウの痛いところをついてしまったな。
あの夫婦の話は、これ以上やめておくか。
「まあ、いろんな事情があるにせよ、二十人もまとめてとなると、事業の失敗か不作の影響かなんだが、昨年もその前も大きな不作はなかった」
「じゃあどういうことなんだろうね?」
「リョウ、その辺がわかれば話し合いもうまくいくと思わないか?」
まだ少し早いかも知れんが、俺とリョウの親父の本来の仕事を手伝わせてみるか?
「いくとは思うけど、ボクは邪魔にならないようにするよ」
「ん? それはどうして?」
「うまく言えないけど、ツルミ様には考えがあるみたいだし、ボクが何かをするよりは任せた方がいい気がするんだ」
ふむ。
間違いではないが、それでも情報は必要だがな。
下手に動かない方がいいか?
「サスケさん。今はおとなしくしておこう。こちらが嗅ぎまわっていると気づかれたら、あちらも嫌な気持ちになるだろう?」
「それはそうだな」
「わずか二十人しかいないんだ。誰か一人が不満を漏らせば、すぐに全員が共有するかも知れない」
「たしかに」
俺は街や少し大きめの集落の方が動きやすいからな。
二十人では何もしないのが正解か。
「というわけで、皆にはそれぞれやってもらいたい事もあるが、今日のところは休もうよ」
「そうだな。まだ安心できるわけじゃないから、夜番も続ける必要があるしな」
「順番はこれまで通りでいい?」
「俺は構わない。ワタヌキは?」
「俺もいいぞ。暇な時に鳴子もどきも作っておいたので、設置しておく」
用意がいいな。
これまでの野営で使わなかったのは意味があるのか?
わからんな。




