第十七話 最初の目的地
「ご迷惑をかけちまってすいません」
御者が目覚めた。
まだ、荷台に横になっている。
「痛みは? 気分が悪かったりしないかい?」
「へえ、おかげさんで。腹は減ってますが、矢傷も痛みません。ですが、お坊様、これって」
「余計な気遣いはしなくていいんだ。修行の身だから完全じゃないかも知れないし」
「いいえ、そうは言っても祝福をいただいたらお支払いしないと、罰があたりますぜ」
この世界の宗教家が強欲なのか、それともただ単に御者の信仰心が篤いのか。
いずれにせよ、祝福したことは誤魔化さなきゃならない。
「わかった。それなら、あなたが都合の良い時でよいので、誰かに施しをしてください」
「いやいや。それではお坊様へのお返しにはなりません」
「構いません。それに言ったでしょ? 完全に治っているかはわからない。なので、あなたが治ったと思うまでは様子を見てください」
「はあ」
「残念なことに、あなたが完治するかどうかまでは一緒にいられない。なので、誰でもいい。施しをしてください。私はそれでいいのです」
なんとか聞き入れて欲しいところだ。
「わかりました。お坊様はここいらの教会とは違うところの方なんですね?」
「なぜそう思うのですか?」
「ここいらの坊主どもは、すぐに金をせびります。こんな命に係わる祝福なんてしてもらった暁にゃあ、一生かけても払いきれないほど要求されます」
それはひどいね。
なるほどね。それで払うと言ってきかなかったのか。
「それならこの祝福も話してはいけないよ? 彼らは私の祝福にも、勝手に金を要求するかも知れない」
「たしかに。わかりました。では、せめて皆さんの馬車代はお返しさせてください。それぐらいはお願いします」
「いいでしょう。ではありがたく」
なんとか丸く収まった。
「もういいか? 御者」
「へい」
「とりあえず今夜はお前は休め。この先まで俺と坊主でゆっくり進む。野営できそうな場所を見つけたらそこで一晩過ごすことにする」
「そうですね。いくらもいかないで野営場所はあります。水場がないので不便ですが、そうも言ってられません」
ヌタさんとも話し合いを進めないとね。
「食事などは俺たちがやる。できれば明日から馬の扱いを教えて欲しい」
「へい、すいません。世話になります」
「いいんだ。気にするな。あとそこの布は開けるなよ?」
「首ですね。わかってます。交易の街についたら見てもらいましょう。証言もしますんで」
「頼む」
さあ、野営地まであと少しだけ我慢してもらおう。
* * *
「リョウ、このスープを御者さんに持っていって」
「はい」
ツルピカシェフも板についてきたな。
役割分担、大いに結構。
「ヌタさん、いいかな?」
「ああ、交易の街の後だろ?」
「うん。どうするのが良いかね」
どうするもこうするもないだろう。
まずは地図が欲しい。
あとは移動手段だな。
買い揃えなきゃいけない物も多い。
あとはリョウをどうするか。
「御者さんに渡してきました」
「ありがとう。リョウ。君も食事にしなさい」
「はい」
リョウは今日の出来事も気にせず、食事をとっている。
「なあ、リョウ」
「はい」
「俺たちは領主の街に向かおうと思っていたんだが、目的地を変えるかも知れん」
「そうですか……ボクは次の街でお払い箱ですか?」
そんな切ない顔をするなよ。
見捨てたりはしない。
王子様も許さないだろう。
「王子よ、どうするんだ?」
「そうだね。リョウとは約束したからね。だが、君が選ぶといいよ」
「ボクが選ぶ?」
十一の子どもに将来を決めさせるのか。
割とドライだな。
「私たちは次の街でしばらく滞在する。必要なものが揃ったら、領主の街ではなく違う地域へ行くかもしれない」
「はい……」
「だが、君が修行できるように、猟師さんを探してみよう」
「交易の街で?」
その口ぶりでは、期待できないということか。
「いや、交易の街じゃなくてもいい。私たちの目的地の途中でもいい」
「……」
「私たちについてくるのが不安なら、お金を残そう。君が一年暮らせるだけのお金だ」
おいおい、そんな約束して大丈夫か?
俺たちの方が金に困ってるのに。
「それは、今決めなきゃだめですか?」
「そうだね。君がどうしたいか決めてもらわないと、この先の旅の用意も違ってくる。それに……」
「それに?」
「君には話していない秘密があるからね。それを打ち明けるか、何も言わずさよならするか、きめなければならないんだよ」
リョウ、一瞬俺の方を見たよな?
「知ってます。お二人の正体」
「知ってる? 正体? 言ってみろ」
「ツルミ様は天使様ですよね。ワタヌキは悪神。どうして一緒にいるかわからないけど、二人は天から来たのですよね?」
そうか。俺は悪神だったのか。
思わず鶴見と顔を見合わせてしまう。
王子も吹き出す寸前だ。
よほどツボに入ったらしい。
「ヌタさん、悪神だったんだ。そうか、それで意地悪なんだね?」
「俺がいつ意地悪をした? リョウ、俺の顔を見て悪神と言ったなら、間違いだからな?」
「え? え?」
「ほら、戸惑ってるよ。リョウ、僕たちは人間だよ。天使でも神でもない。ましてや悪神なんてもんじゃない」
「でも、話、聞こえちゃったんです。お二人の……」
俺たちの話?
ああ、さっきの話のことか?
「まあ、秘密にも関係するけど、僕たちは決して天から来たわけじゃない。違うところからは来たけどね」
「それに、ツルミ様はお坊様なのにお金にがめつくないです。そんなのは天使様だけです」
「俺は? どうして俺が悪神なんだよ」
くそう。ハゲ司祭め。笑っていやがる。
「ワタヌキは野盗をすごい魔法を使って倒したよね?」
「魔法って言ったか?」
「うん、魔法。魔法が使えるのは悪魔と悪神だけだよ。だからワタヌキは悪神だと思ったんだ」
現場を見ただけで判断したのか。
ただ単に重量級のバイクが人間にぶつかっただけなのにな。
「そうか、君には魔法と思えたんだね」
「はい。悪魔でもないんですか?」
「違うよ。ワタヌキは普通じゃないかも知れないけど、人間だよ。あ、それも怪しくなったっけ」
「お前、これ以上リョウが混乱するようなことは言うなよ」
魔法が悪魔か悪神だけのものなら、王子様だってそっちになるだろう。
それとも知らぬ間に悪の手先になったのか?
とりあえず笑っておくか。
わっはっは。
* * *
どうしよう。
ツルミ様はボクに選べという。
だが、ボクはわかってる。
交易の街だろうが、領主の街だろうが、ボクは放り出された途端に大人の食い物になる。
お金を持ってるなら尚更だ。
頼れる親類もいない。
元の街には知り合いはいたが、あいつらは父さんも母さんも助けてはくれなかった。
どうせ食い物にされるぐらいなら、ツルミ様について行った方がいい気がする。
痛いことはしないと思うし。
ワタヌキはまだ安心できないけど。
「ボク、ツルミ様についていきます」
「それでいいのかい? 僕たちはこの辺の知識がない。君に頼ることになる」
「ボクの知ってることが役に立つなら、何でもします」
「そう簡単に何でもなんて言うもんじゃないよ。君には君にしか出来ないことがあるし、まだまだ子どもだ」
ツルミ様から見れば子どもだ。
来年になるまでは大人扱いはされない。
でも、お父さんに教わった技術、多分役に立つと思う。
まだ内緒にしておいた方がいい気がするから言わないでおこう。
今余計なことを言うと、捨てられるかも知れないから。
「ボクは邪魔ですか?」
「邪魔ではない。君は年齢の割にはよく学んでいる。物事を冷静に見ようと努めている」
「そうだな。俺がお前ぐらいの歳だったら女子のスカートめくっていじめてた」
スカート?
なんだろう?
「それはヌタさんぐらいだよ。僕も嫌いではないが、そういうのは自慢するもんじゃない」
「別に自慢してるわけじゃないけどな。むしろ反省しているんだ」
よくわからない。
でも、多分ツルミ様はとても勉強をしてきたんだろう。
ワタヌキは遊んでばかりいたんだ。
「まあ、下手な大人を雇うよりはこの子の方がいい」
「そうだな。すれてないしな。かかる金だって、大人よりは安く済むだろう」
宿屋などは大人も子どもも関係ない。
ただ食べる分は少なくて済む。
荷物はあまり運べない。
盗賊が出ても役には立たない。
ダメだ。悪いところばかり目立っちゃう。
「まあ、メリットもデメリットもあるが、私たちも今更他の大人を雇うのもな」
「メリット? デメリット?」
「ああ、そうか。大人なら荷物を多く運べる反面、食事にも費用がかかるだろ?」
「はい、そのことがメリット、デメリットと言うんですか?」
多分、ツルミ様の国の言葉なんだろう。
「まあ、そうだ。良い点もあれば悪い点もあるということだね」
「わかりました」
「まあ、今日のところは休もう。明日も色々やらなきゃならないからね」
「そうですね。では先に休ませてもらいます」
二人についていくのは間違いないと思う。
ワタヌキが悪魔じゃなければ。




